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  上洛

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 景虎は関東と信濃に、一度つづ兵を出した。
 本格的に侵攻では無い。
 あくまで北条武田に対し、戦う意志がある事を示しただけだ。



 その後、上洛する。
 勿論、兵を率いてのものでは無い。
 上方にいる神余親綱に頼まれ、青苧の商いの客に、挨拶をして回る為だ。



「これが都か・・・・・・」
 初めて訪れた京に、景虎は言葉を失う。
 荒廃ぶりが、あまりにも酷かったからである。
 街に建物はなく、人もそれほどいない。
 人々は家に住んでおらず、六条の河原で身を寄せ合って生きている。
 長く続く戦さの為、京の町が荒れ果てているのは知っていたが、これほどとは思わなかった。

「どこに青苧を売っておるのだ?」
 惨状を見て景虎は、思わず親綱に尋ねる。
「延暦寺や、門徒の石山御坊に持って行って、売っております」
 坊主は儲かるらしい。
「あと、堺にも・・・・・」
 そう付け足す親綱に、なるほど、と頷く。

「あの・・・殿」
 親綱は丸顔で目が垂れ、およそ武士らしからぬ容貌をしている。
「天子さまへの拝謁が叶いました」
「・・・・・まことにか?」
 驚く景虎に、ええっ、と親綱が頷く。
 事前に書状で、拝謁できるかもしれないと報されていた、改めて驚く。

「帝に会えるのか・・・・・・」
「殿は守護代」
 親綱が淡々と告げる。
「従五位なので、殿上人でございます」
「まぁ、確かにそうだが・・・・」
 それでも田舎者の景虎には、帝など遠い存在だ。

「それに銭さえ積めば、なんということもありませぬ」
 親綱の言葉に、景虎は眉を寄せる。
「ありがたみも何もないなぁ」
 ハハハハッ、と親綱は笑う。
「羽振りが良ければ、銭の臭いを嗅ぎつけ、向こうからやってきますよ」
 景虎は呆れたが、都の荒廃を眺めれば、それも納得できる。
 とてもまともな人間の住んでいるところでは無い。

「当方にもよく、公家衆などから、官位はいらぬか、姫はいらぬかと、やって来ます」
 ふん、と景虎はため息を吐く。
「殿・・・・・・」
 親綱は近寄り、声を潜めて告げる。
「公家の姫さまがご入用でしたら、直ぐにでもご用意いたします」
 顔を顰めて、よい、と景虎は断る。
 犬の子や猫の子でもあるまいし、と景虎は不快になる。



 景虎はクベーラの力、銭の力が、戦さにおいて、国を治める事において、どれだけ重要か分かっているつもりだ。
 しかし世の中全てが、銭の力でどうにかなるという事には、やはり不快になってしまう。
 
 不快にはなるが、それでも銭を払って帝に拝謁した。
 帝(後奈良天皇)から、太刀と盃を下賜された。
「・・・・・・・」
 幾らの銭を払い、幾らぐらいの値の太刀と盃を貰ったのだろうと、要らぬことを考えてしまう。

 
 その後、高野山に向かい、金剛峯寺を詣でる。
 奥の院の手前に、墓が並ぶ。
 自分もいずれ、銭を出してここに墓を建てるのだろうと、また景虎は要らぬ事を考えてしまった。


 京に戻り、大徳寺も詣でる。
 寺を回っているが、信心の為ではない。
 座を仕切っている高僧に会い、青苧の商いが上手くいくように、頼んで回っているのだ。

 高僧たちは皆、きらびやかな袈裟を着て、丸々と太っている。
 寺の外で貧しき者が、河原で身を寄せ合って生きているのと、大違いだ。

「御仏は、貧しき者を救わぬのかねぇ」
 寺を出て、河原を眺めながら、思わず景虎は呟く。
「炊き出しをされる方も、いらっしゃいますよ」
 親綱がそう答える。
 或いは商いをしながら親綱も、この不条理に思うところがあるのかもしれない。
 そうか、とだけ、景虎は答えた。
 
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