21 / 167
外なる敵
しおりを挟む
「何を企んでおられる?」
単刀直入に景虎は尋ねた。
くくっ、と苦笑し、
「それがしの望みは、越後が平穏であることです」
と定満は応える。
「それで管領さまを引き取れと?」
ええっ、と定満は頷く。
確かに関東管領上杉憲政を引き取ることは、景虎に権威を与え、越後を安定させる。
守護代である景虎は、あくまで国衆たちの盟主である。
盟主である以上、同格だ。
武士は格と筋目が重要である。
同格である以上、国衆たちが景虎に不満があれば、離れる事になる。
しかし憲政が居れば、関東管領という格上の存在が居れば、
「管領さまの命である」
と国衆たちに、命令することが出来る。
だが引き取る事には、対価もある。
越後に来た憲政に、景虎は立派な屋敷を建て、京から取り寄せた高価な調度品を揃え、多くの使用人も用意した。
貴人である憲政が住んでいるため、越後の者はその屋敷を、御館と呼ぶ様になった。
その御館から、毎日の様に使いがやって来る。
仕方なく景虎が伺候すると、言われることはいつも同じ。
いつ兵を率いて関東に攻め入るのだ。
そればかりだ。
憲政は三十路半ばの、色白の品の良い瓜実顔で、風貌も佇まいも、いかにも貴人という感じだ。
その品の良い憲政が、激しい口調で、どれほど北条が悪辣か言い立てる。
それはけしからんですなぁ、と景虎は相槌を打つが、正直兵を出す気は無い。
というより、家臣たちが付いてこないだろう。
国衆地侍にとって、一番大切な事は領地を守る事だ。
主君である守護の命で、国内、あるいは隣国ぐらいまで攻めるなら、まだ納得するが、遠い関東まで攻めると言っても、誰もついて来るまい。
取り敢えず御館の屋敷で、酒や女を与え骨抜きにするか、動かぬ景虎に失望して他国に行ってもらうか、それが景虎の目論見だ。
「関東に兵を出されたらよろしい」
定満がそう告げる。
「正気・・・・・ですか」
景虎は眉を寄せる。
「それがしが言った、越後の平穏とは管領さまの威を借りる事ではありませぬ」
ニヤリと定満は微笑む。
「・・・・・人はなぜ争うのか?」
定満の問いに、景虎は首を傾げる。
「他に敵がいないからですよ」
その定満の答えに、景虎は目を大きく開ける。
「他に敵がいれば、争わなくなります」
「それで関東を攻めろと?」
景虎の問いに、頷くこともなく、定満は微笑むだけだ。
確かに理屈は通る。
越後の国衆地侍たちの争いを沈めるため、外に目を向ける。
「それは・・・・そうですが」
景虎は顔をしかめる。
「上手くいきますかね」
「・・・・・もう一つ」
ゆっくり定満は、顎を撫でる。
「青苧の商いの事、神余小次郎は何と申しておりますか?」
単刀直入に景虎は尋ねた。
くくっ、と苦笑し、
「それがしの望みは、越後が平穏であることです」
と定満は応える。
「それで管領さまを引き取れと?」
ええっ、と定満は頷く。
確かに関東管領上杉憲政を引き取ることは、景虎に権威を与え、越後を安定させる。
守護代である景虎は、あくまで国衆たちの盟主である。
盟主である以上、同格だ。
武士は格と筋目が重要である。
同格である以上、国衆たちが景虎に不満があれば、離れる事になる。
しかし憲政が居れば、関東管領という格上の存在が居れば、
「管領さまの命である」
と国衆たちに、命令することが出来る。
だが引き取る事には、対価もある。
越後に来た憲政に、景虎は立派な屋敷を建て、京から取り寄せた高価な調度品を揃え、多くの使用人も用意した。
貴人である憲政が住んでいるため、越後の者はその屋敷を、御館と呼ぶ様になった。
その御館から、毎日の様に使いがやって来る。
仕方なく景虎が伺候すると、言われることはいつも同じ。
いつ兵を率いて関東に攻め入るのだ。
そればかりだ。
憲政は三十路半ばの、色白の品の良い瓜実顔で、風貌も佇まいも、いかにも貴人という感じだ。
その品の良い憲政が、激しい口調で、どれほど北条が悪辣か言い立てる。
それはけしからんですなぁ、と景虎は相槌を打つが、正直兵を出す気は無い。
というより、家臣たちが付いてこないだろう。
国衆地侍にとって、一番大切な事は領地を守る事だ。
主君である守護の命で、国内、あるいは隣国ぐらいまで攻めるなら、まだ納得するが、遠い関東まで攻めると言っても、誰もついて来るまい。
取り敢えず御館の屋敷で、酒や女を与え骨抜きにするか、動かぬ景虎に失望して他国に行ってもらうか、それが景虎の目論見だ。
「関東に兵を出されたらよろしい」
定満がそう告げる。
「正気・・・・・ですか」
景虎は眉を寄せる。
「それがしが言った、越後の平穏とは管領さまの威を借りる事ではありませぬ」
ニヤリと定満は微笑む。
「・・・・・人はなぜ争うのか?」
定満の問いに、景虎は首を傾げる。
「他に敵がいないからですよ」
その定満の答えに、景虎は目を大きく開ける。
「他に敵がいれば、争わなくなります」
「それで関東を攻めろと?」
景虎の問いに、頷くこともなく、定満は微笑むだけだ。
確かに理屈は通る。
越後の国衆地侍たちの争いを沈めるため、外に目を向ける。
「それは・・・・そうですが」
景虎は顔をしかめる。
「上手くいきますかね」
「・・・・・もう一つ」
ゆっくり定満は、顎を撫でる。
「青苧の商いの事、神余小次郎は何と申しておりますか?」
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
浮雲の譜
神尾 宥人
歴史・時代
時は天正。織田の侵攻によって落城した高遠城にて、武田家家臣・飯島善十郎は蔦と名乗る透波の手によって九死に一生を得る。主家を失って流浪の身となったふたりは、流れ着くように訪れた富山の城下で、ひょんなことから長瀬小太郎という若侍、そして尾上備前守氏綱という男と出会う。そして善十郎は氏綱の誘いにより、かの者の主家である飛州帰雲城主・内ヶ島兵庫頭氏理のもとに仕官することとする。
峻厳な山々に守られ、四代百二十年の歴史を築いてきた内ヶ島家。その元で善十郎は、若武者たちに槍を指南しながら、穏やかな日々を過ごす。しかしそんな辺境の小国にも、乱世の荒波はひたひたと忍び寄ってきていた……
楽毅 大鵬伝
松井暁彦
歴史・時代
舞台は中国戦国時代の最中。
誰よりも高い志を抱き、民衆を愛し、泰平の世の為、戦い続けた男がいる。
名は楽毅《がくき》。
祖国である、中山国を少年時代に、趙によって奪われ、
在野の士となった彼は、燕の昭王《しょうおう》と出逢い、武才を開花させる。
山東の強国、斉を圧倒的な軍略で滅亡寸前まで追い込み、
六か国合従軍の総帥として、斉を攻める楽毅。
そして、母国を守ろうと奔走する、田単《でんたん》の二人の視点から描いた英雄譚。
複雑な群像劇、中国戦国史が好きな方はぜひ!
イラスト提供 祥子様
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
妖戦刀義
和山忍
歴史・時代
時は日本の江戸時代初期。
とある農村で、風太は母の病気を治せる人もしくは妖怪をさがす旅に出た父の帰りを待っていた。
しかし、その父とは思わぬ形で再会することとなった。
そして、風太は人でありながら妖力を得て・・・・・・。
※この物語はフィクションであり、実際の史実と異なる部分があります。
そして、実在の人物、団体、事件、その他いろいろとは一切関係ありません。
織田信長に逆上された事も知らず。ノコノコ呼び出された場所に向かっていた所、徳川家康の家臣に連れ去られました。
俣彦
歴史・時代
織田信長より
「厚遇で迎え入れる。」
との誘いを保留し続けた結果、討伐の対象となってしまった依田信蕃。
この報を受け、急ぎ行動に移した徳川家康により助けられた依田信蕃が
その後勃発する本能寺の変から端を発した信濃争奪戦での活躍ぶりと
依田信蕃の最期を綴っていきます。
氷の沸点
藤岡 志眞子
歴史・時代
「狐に幸運、人に仇」の続編。
親戚同士で幼馴染の久尾屋の娘、千陽(ちはる)と、天野 夏以(なつい)は仲が良く初恋同士でもあった。
しかし、恋心が芽生える前から結婚はできないからね、とお互いの両親から言われ続けて年頃を迎える。
薬師見習いとして久尾屋に奉公に上がった夏以は、恋焦がれる千陽に婚約者がいる事を知る。
婚約者の遠原 和葉(とおはら かずは)、本名を天野 桂樹(あまの けいじゅ)。そして入れ替わったもうひとりの人物。
関わる者の過去、繋がりにより急展開していく四人の人生。(狐憑き)の呪いは続くのか。
遠原 和葉目線、天野 桂樹目線、祥庵目線(他、人物目線)と、様々な人物のストーリーが交錯していきます。
伏線回収系ストーリー
36話完結。
(※二十歳以下の登場人物の年齢に三歳足すと現代の感覚に近くなると思います。)
獅子の末裔
卯花月影
歴史・時代
未だ戦乱続く近江の国に生まれた蒲生氏郷。主家・六角氏を揺るがした六角家騒動がようやく落ち着いてきたころ、目の前に現れたのは天下を狙う織田信長だった。
和歌をこよなく愛する温厚で無力な少年は、信長にその非凡な才を見いだされ、戦国武将として成長し、開花していく。
前作「滝川家の人びと」の続編です。途中、エピソードの被りがありますが、蒲生氏郷視点で描かれます。
満州国馬賊討伐飛行隊
ゆみすけ
歴史・時代
満州国は、日本が作った対ソ連の干渉となる国であった。 未開の不毛の地であった。 無法の馬賊どもが闊歩する草原が広がる地だ。 そこに、農業開発開墾団が入植してくる。 とうぜん、馬賊と激しい勢力争いとなる。 馬賊は機動性を武器に、なかなか殲滅できなかった。 それで、入植者保護のため満州政府が宗主国である日本国へ馬賊討伐を要請したのである。 それに答えたのが馬賊専門の討伐飛行隊である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる