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  簒奪

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 宇佐美定満は越後の国衆地侍たちを回った。
「平三(景虎)どのは、亡き弾正(為景)どの譲りの中々の人物」
 それに対し、と笑みを浮かべ、定満は続ける。
「六郎(晴景)どのは、少しなんと言うか・・・・・」
 言わなくても皆、分かっている。
 確かに、と国衆たちは、定満に賛同していく。

 こうして守護代に景虎をという声を、少しづつ増やしていき、機運を高めていった。
 そして満を辞して、定実の元に向かう。

 国衆たちに言ったことを、定実にも告げる。
「如何でしょう?御屋形さま」
 うむ、と定実は呟く。
 晴景を見放していると言う意味ではある意味定実が、越後で一番、見放しているのかもしれない。
 それに定満には弱い。
 家臣ではあるが恐ろしいし、その言葉に逆らえないところもある。
「お前さんがそう言うなら・・・・・」
 定実にはそう言うことしか出来ない。
「それともう一つ・・・・・・」
 定満が微笑みながら続ける。



 家督の簒奪は成った。
 国衆たちが定実のところに詰め掛け、晴景の隠居を求めたのだ。
「その方らが、そこまで言うなら仕方なし」
 そう言って、定実は晴景に隠居を命じる。
 勿論全て、定満の書いた台本通りの芝居だ。



 景虎は春日山城に戻り、晴景から家督を譲られる。
 一応、晴景の養子に景虎がなり、その後、晴景が隠居すると言うことになった。

「・・・・・・好きにしろ」
 養子縁組の儀式の時、そう小さな声で晴景は景虎に言った。
 顔を青白く、目は血走っている。
「・・・・・・・」
 景虎は静かに兄を見た。
 嘗て、黒田秀忠を討ったことを責められたとき感じた、怒りと嫌悪は無くなっている。
 可愛そうな人なのだという、哀れみしかない。



「御屋形さまも、身勝手はお方でございますなぁ」
 簒奪の下準備がなった時、定満がそう景虎に告げた。
「亡き弾正どのが自分を蔑ろにするから隠居させ、気の弱い六郎どのを守護代にしたのに、今度は気が弱いからと隠居させなさる」
 その通りだと、景虎は思った。
 そしてそれは定実だけでなく、国衆地侍たちも同じである。
 為景が強権だから反発したのに、晴景が弱気だと、侮り従わない。
 人を治めると言うことは、簡単な事ではない。
 それを景虎に言いたかったのだろう。

「・・・・・・・」
 血走った目で自分を睨む晴景を、景虎は静かな目で見つめる。
 越後守護代は、まことに勤めにくい職だ。
 父も兄も、そして祖父も、全う出来なかった。
 強くても弱くても、慈悲深くても駄目だ。
 と同時に、強くなくても、慈悲深くなくても駄目だ。
 微妙な舵取りが、必要な職なのである。

 その越後の守護代に、長尾景虎はなるのだ。
 兄から家督を奪い。



 天文十七年、長尾景虎は十九歳で越後の守護代となる。








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