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  天文の乱

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 越後には、今ある問題が持ち上がっていた。
 守護の上杉定実に子がいないのである。それで養子をとる事になったのだ。
 定実には歳の離れた、腹違いの姉がおり、この姉が奥州の伊達家に嫁いでいる。
 その息子が伊達当主、稙宗である。
 定実と姉が、歳が離れているので。甥である稙宗は、定実と同じ五十過ぎ。
 それでそのを三男時宗丸を、養子に迎え様と言うのだ。

 この件を定実に言い出したのは、越後の国衆、揚北衆の中条藤資である。
 藤資は妹を稙宗に側室をして差し出しており、その妹が時宗丸を産んだのだ。
 要は自分の甥を、越後の国主にしようと言うのである。
 
 定実も始めは悩んだが、他に当てもない。
 それに稙宗は英傑だ。
 戦さや謀略、そして婚姻を結ぶ事により、奥州全域をその支配下におている。
 大した後ろ盾も無い定実には助かる。

 それで定実が許可して、この話は進む。

 しかし反対する者たちがいた。
 藤資と同じ、揚北衆の色部勝長、本庄房長らである。

 揚北衆は、阿賀野川の北岸を領地にする国衆たちで、頑固で武辺者が多い。
 守護や守護代に対しても従順ではなく、また身内同士でも激しく争う。
 勝長、房長らが反対したのも、時宗丸が守護になれば、藤資が権力を握る。
 そうなれば領地争いも、藤資が有利になる。
 それだけは絶対に避けねばならない。

 だから反対なのである。

 両者の対立は激しくなり、ついに戦さにまでなった。

「なんとかしろ」
 守護である定実は、守護代である長尾晴景に命じる。
 
 この場合の、なんとかしろ、は守護代として軍勢を率い、勝長、房長らを攻めろと言う事だ。
 既に養子の件は、時宗丸で良いと、定実が許可している。
 それなのに、勝長らが逆らうのは、定実に逆らう事だ。
 当然、討伐という事になる。

 しかし気弱で争いを好まない晴景は、そんな事できない。
 ではどうしたかといえば、本庄実乃が景虎に言った、晴景の優れているところを見せたのだ。

 藤資と勝長、房長らを呼び出し、話し合いで解決しようとしたのである。

 勿論、どうにかなるわけが無い。

「御屋形さまが決めた後継ぎの話を、家臣の分際で口出しするとは無礼千万」
 藤資がまずそう吠える。
「どの口が言うか」
 勝長らも黙っていない。
「御屋形さまと弾正左衛門尉(長尾為景)が争った時、お主、弾正に付いたではないか」
 事実である。
 定実と為景が争った時、藤資は為景の側に付いていた。
 ただ別に藤資に、為景への中義心があったわけでは無い。
 勝長らが定実に付いたので、為景に付いただけだ。
 
 そんな事から始まり、両者の言い合いは、
「あの時の遺恨、忘れたか」
「なにを言う、貴様こそ仇のくせに」
 などとかつての戦さの話になり、最期には、
「そもそもあの土地は、わしの領地じゃ」
 だとか
「今年も無断で、水を引きおって」
 と土地争い、水利争いの話になる。

「まぁ、双方とも、落ち着け」
 晴景は宥めるが、
「うるさい」
「黙れ」
 と聞く耳を持たない。

 結局、勝長らが席を立ち、話し合いは物別れに終わった。 
 
 仕方なく晴景は、勝長らに使者を送り、領地の件はいずれ話し合いをするので、養子の件は承知するようにと言った。
 勝長らも渋々承知する。
 本当のところを言えば、藤資の言う通り、守護である定実が既に許可を出しているのだ。国衆の勝長らが反対してもどうしようもない。
 それに代わりの当てがあるなら、反対のしようがあるのだが、勝長らに当てはない。
 結局受け容れるしかないのである。



 こうして話がまとまりかけたところで、事態は急変する。

 定実が養子にしようと思っていた時宗丸の父親、伊達稙宗が謀叛あったのである。
 それも実の息子、晴宗に起こされたのだ。
 戦さと謀略と婚姻で、奥州を一つにまとめ上げた奥州王伊達稙宗であったが、その強権に反発する国衆地侍も多い。
 その者立ちが嫡子晴宗を担いで、挙兵したのである。

 伊達晴宗という男、どうやら父譲りの闘将らしい。
 晴宗方が優勢だとい報せが、越後にも届く。


「急ぎ、援軍を陸奥に送りましょう」
 当然、藤資はそう定実に訴える。
「他所の事など、放っておけば良い」
 そしてこちらも当然、勝長らがそう訴える。

「なんとかいたせ」
 定実は晴景に命じる。
 このなんとかとは、勿論、守護代である晴景が、越後の国衆たちを説いて回って、その国衆らを率い、晴宗を攻めろという事である。
 しかし温厚で戦さが苦手な晴景に、出来るはずがない。
「行きたい者だけ、行かされば良いのでは・・・・・」
 小さな声で呟くその晴景の言葉に、定実は呆れる。
 行きたい者など、藤資以外いない。
 他の者は他所の国の当主が、誰になろうと関係ない。
 藤資だけが、甥が越後の守護になる為に、稙宗を助けたいのだ。
 
 それにそもそも戦さをしたい者が、勝手に戦さをして良いのなら、守護も守護代も要らない。
 晴景の言葉は、己を無能であるというより、不要であると言っているようなものだ。

「少しは親父の様に、しっかりいたせ」
 そう定実が晴景を叱る。
 しかし晴景は、ゲホゲホと咳をしながら、申し訳ございませぬ、と謝るだけで、結局なにもしない。

 この話が越後中に広まり、みな晴景に愛想を尽かす。

 晴景はこの養子の一件、反対も賛成もしていない。
 それなのに両派から、そしてそれ以外の者からも、見放されたのだ。

 何も決めていないのに、何もやっていないのに、あるいはだからこそ、晴景は声望を失ったのである。





 

 
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