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  従う理由

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 本庄実乃の読み通りになった。
 和議の条件として、妻子を取り戻したら、再び黒田秀忠は謀叛を起こした。
「黒田和泉守は、気骨のある勇士です」
 実乃は淡々と告げる。
「ですから、寛容には従わぬのです」
 うむ、と景虎は頷く。
 晴景は妻子を渡し、秀忠に寛容を示した。
 しかし秀忠は、それを弱腰と見たのだ。
「勇士には、力を示さねばなりませぬ」
 そうだな、と景虎は答える。

 以前、実乃が自分を大将として認め始めた時、その事を金津義旧に告げた。
「武士と言うのは、認めた相手に従う者です」
 そう義旧は言った。

 実乃は景虎を認めた。
 その知略、意志の強さ、行動力。
 そう言ったものを、実乃は認めてくれたのだ。

 黒田秀忠は、景虎の父の為景に従っていた。
 為景が強い大将だったからだ。
 その強さに、気骨のある勇士の秀忠は、従ったのだ。

 晴景はそう言う意味で、裏目ばかりだ。
 はじめ秀忠が為景の葬儀に出たいと言えば、警戒して駄目だと言い。
 攻められて弟二人を殺されたのに、仇を討とうとしない。
 それに今度は、和議を結ぼうと、人質の妻子を返している。
 秀忠にすれば晴景は、為景に比べて情けない大将だというところだろう。
 仕える気にもならぬのであろう。



 秀忠は反旗を翻しした。
 しかし春日山の晴景のことは無視している。
 栃尾にいる景虎に、攻撃しようとしてるのだ。
 もはや秀忠にとって、晴景はどうでも良い相手なのだろう。

 景虎としても望むところ。受けて立つつもりだ。
 しかしいかんせん、兵力差がある。
 景虎に従うのは、本庄実乃の栃尾衆の三百だけ。
 対して秀忠に従う地侍は、千を超えるだろう。
 春日山の晴景の援軍は期待できない。

 どうしたものか・・・・。
 景虎が悩んでいると、
「おそらく大丈夫でしょう」
 と実乃が言った。
 なぜだ?と景虎が問うと、実乃が淡々と答える。
「侍は強い者、勢いのある者に従う者です」
 ジッと強い視線で、実乃は景虎を見る。

「平三さまは若いが、亡き弾正左衛門様譲りの勇猛果敢なお方であると、評判になっております」
 うむ、と景虎は頷く。弾正左衛門とは、父為景のことだ。
「対して和泉守は、その若い平三さまにしてやられております」
「武名が落ちると言うことか?」
 はい、と実乃が頷く。

 ふと、景虎は側に控える金津義旧に目をやると、義旧は頷き、廊下に控えている小島弥太郎貞興に顔を向ける。
 景虎も貞興に目を向ける。
 貞興は秀忠の居城黒滝城を攻める時に、義旧が春日山から連れて来た、越後一の猛者だ。
 年の頃は二十半ばの、大柄の武者である。
 背丈が高いだけではない、目も口も眉も、腕も脚も全てが大きい。

 景虎は春日山に戻って来いと言っている、晴景を無視している。
 本来であれば貞興は、景虎を無理やり春日山に連れて行くか、一人で帰るかするべきだ。
 なぜなら貞興の主君は、晴景だからだ。
 しかし貞興は、此処に、景虎のもとに残っている。
 景虎を認めて、従っていると言うことなのだろう。

 よし、と景虎は頷く。
「戦さの準備をしよう」
 強い口調で、景虎は宣言する。
「黒田和泉守と決着をつける」
 
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