8 / 167
亀裂
しおりを挟む
黒田秀忠の居城、黒滝城攻めは、あっさりするほど、簡単に成功した。
景虎の読み通り、稲刈りの時期に攻めて来ると、誰も思わなかったらしい。
腕利きの者、数十人で夜襲を掛けると、秀忠らは城から逃げ出した。
「逃したか・・・・・・」
報告を聞いて、景虎は顔をしかめる。
もう少し兵がいれば、逃げ道に置いていたのだが仕方がない。
「しかし妻子を捕らえました」
そう言って本庄実乃は、一人の婦人と子供を二人連れて来る。
子供は七つぐらいの息子と、四つぐらいの娘だ。
息子の方が、娘を背に庇い、グッと景虎を睨む。
良い目だ、
母親の方も、毅然としている。
秀忠は、景虎の父為景が可愛いがっていた、武勇の士。
その妻子も、気骨があるのだろう。
だがしかし・・・・。
「斬れ」
景虎は淡々と命じる。
可哀想だが、それでも武家の習い。
秀忠は兄たちの仇、その妻子も処刑せねばならない。
娘はさすがに赦してやって寺に入れても良いが、息子の方は駄目だ。
斬らねば、こちらがやられる。
「お待ちを」
実乃が止める。
「この者たちを餌に、和泉守をおびき出しましょう」
「上手くいくか?」
景虎は眉を寄せる。
「やってみる価値はあります」
うむ、と少し悩んだが、
「分かった、やってみろ」
と実乃に任せた。
「なんて事をしてくれたのです」
細長い顔をした、黒川清実が甲高い声を上げる。
「黒田和泉は兄上の仇だ」
「関係ありませぬ」
景虎を言葉を清実は一蹴する。
黒川備前守清実は、兄晴景の使者として春日山からやって来た。
「良いですか、平三どのの務めは、この栃尾に来て長尾平六郎を討つこと」
強い視線で清実は景虎を睨む。
「それが終われば、春日山に戻る、それが務めでござる」
それを・・・・と清実は顔を歪める。
「いつ迄、戻らず勝手に戦さをするなど・・・・・・」
「兄上たちの仇を討っ為だ」
「関係ないと申したはずです」
大きな声で景虎が言うと、更に大きな声で清実が返す。
まったく・・・・・と清実は呟く。
「和睦が進んでいたのに・・・・・」
「待て」
清実の呟きに、景虎が驚く。
「兄上は和睦をするつもりだったのか?黒田和泉守と?」
「ええ、そうです」
顔を顰めて清実は告げる。
「馬鹿な、我ら兄弟の仇ではないか」
「馬鹿とはなんですか」
妙な揚げ足を清実は取る。
「殿を馬鹿呼ばわりされるのですか」
「いや、そうではなく」
平三さま、と背後にいた金津義旧が宥める。
「黒田和泉は我ら兄弟の仇、兄上とて・・・・」
「平三どの」
冷めた声を清実は上げる。
「平三どのは殿の弟御ではございますが、家臣の一人であることは我らと変わりませぬ」
「・・・・・・・」
清実の言うことは正しい。正しいが言い方が腹が立つ。
「そして黒田和泉守も、亡くなられた二人の兄上もそれは変わりませぬ」
カッと景虎の頭に血が上る。
「ふざけるな」
「ふざけておりませぬ」
激昂する景虎に、淡々と清実は返す。
「殿は二人の弟どのの事は水に流し、黒田和泉守と和睦する事にしたのです」
グググッと景虎は唸る。
「そしてこれは、御屋形さまの命でもあるのです」
御屋形さまとは、越後の国主である上杉定実の事である。
晴景にしろ、清実にしろ、秀忠にしろ、皆、定実の家臣という事では同じだ。
勿論、景虎もである。
「和泉守の妻子は連れて行きます」
当然という様に、清実は告げる。
影虎は黙っているしかない。
「追って沙汰を申しつけます」
そう言い残すと、清実は広間を出ていく。
「・・・・・平三さま」
背後に控えていた本庄実乃が、静かに告げる。
「和睦の事、おそらく成らぬでしょう」
景虎の読み通り、稲刈りの時期に攻めて来ると、誰も思わなかったらしい。
腕利きの者、数十人で夜襲を掛けると、秀忠らは城から逃げ出した。
「逃したか・・・・・・」
報告を聞いて、景虎は顔をしかめる。
もう少し兵がいれば、逃げ道に置いていたのだが仕方がない。
「しかし妻子を捕らえました」
そう言って本庄実乃は、一人の婦人と子供を二人連れて来る。
子供は七つぐらいの息子と、四つぐらいの娘だ。
息子の方が、娘を背に庇い、グッと景虎を睨む。
良い目だ、
母親の方も、毅然としている。
秀忠は、景虎の父為景が可愛いがっていた、武勇の士。
その妻子も、気骨があるのだろう。
だがしかし・・・・。
「斬れ」
景虎は淡々と命じる。
可哀想だが、それでも武家の習い。
秀忠は兄たちの仇、その妻子も処刑せねばならない。
娘はさすがに赦してやって寺に入れても良いが、息子の方は駄目だ。
斬らねば、こちらがやられる。
「お待ちを」
実乃が止める。
「この者たちを餌に、和泉守をおびき出しましょう」
「上手くいくか?」
景虎は眉を寄せる。
「やってみる価値はあります」
うむ、と少し悩んだが、
「分かった、やってみろ」
と実乃に任せた。
「なんて事をしてくれたのです」
細長い顔をした、黒川清実が甲高い声を上げる。
「黒田和泉は兄上の仇だ」
「関係ありませぬ」
景虎を言葉を清実は一蹴する。
黒川備前守清実は、兄晴景の使者として春日山からやって来た。
「良いですか、平三どのの務めは、この栃尾に来て長尾平六郎を討つこと」
強い視線で清実は景虎を睨む。
「それが終われば、春日山に戻る、それが務めでござる」
それを・・・・と清実は顔を歪める。
「いつ迄、戻らず勝手に戦さをするなど・・・・・・」
「兄上たちの仇を討っ為だ」
「関係ないと申したはずです」
大きな声で景虎が言うと、更に大きな声で清実が返す。
まったく・・・・・と清実は呟く。
「和睦が進んでいたのに・・・・・」
「待て」
清実の呟きに、景虎が驚く。
「兄上は和睦をするつもりだったのか?黒田和泉守と?」
「ええ、そうです」
顔を顰めて清実は告げる。
「馬鹿な、我ら兄弟の仇ではないか」
「馬鹿とはなんですか」
妙な揚げ足を清実は取る。
「殿を馬鹿呼ばわりされるのですか」
「いや、そうではなく」
平三さま、と背後にいた金津義旧が宥める。
「黒田和泉は我ら兄弟の仇、兄上とて・・・・」
「平三どの」
冷めた声を清実は上げる。
「平三どのは殿の弟御ではございますが、家臣の一人であることは我らと変わりませぬ」
「・・・・・・・」
清実の言うことは正しい。正しいが言い方が腹が立つ。
「そして黒田和泉守も、亡くなられた二人の兄上もそれは変わりませぬ」
カッと景虎の頭に血が上る。
「ふざけるな」
「ふざけておりませぬ」
激昂する景虎に、淡々と清実は返す。
「殿は二人の弟どのの事は水に流し、黒田和泉守と和睦する事にしたのです」
グググッと景虎は唸る。
「そしてこれは、御屋形さまの命でもあるのです」
御屋形さまとは、越後の国主である上杉定実の事である。
晴景にしろ、清実にしろ、秀忠にしろ、皆、定実の家臣という事では同じだ。
勿論、景虎もである。
「和泉守の妻子は連れて行きます」
当然という様に、清実は告げる。
影虎は黙っているしかない。
「追って沙汰を申しつけます」
そう言い残すと、清実は広間を出ていく。
「・・・・・平三さま」
背後に控えていた本庄実乃が、静かに告げる。
「和睦の事、おそらく成らぬでしょう」
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜
かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。
徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。
堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる……
豊臣家に味方する者はいない。
西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。
しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。
全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
旧式戦艦はつせ
古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。
最終兵器陛下
城闕崇華研究所(呼称は「えねこ」でヨロ
歴史・時代
黒く漂う大海原・・・
世界大戦中の近現代
戦いに次ぐ戦い
赤い血しぶきに
助けを求める悲鳴
一人の大統領の死をきっかけに
今、この戦いは始まらない・・・
追記追伸
85/01/13,21:30付で解説と銘打った蛇足を追加。特に本文部分に支障の無い方は読まなくても構いません。
不屈の葵
ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む!
これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。
幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。
本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。
家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。
今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。
家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。
笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。
戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。
愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目!
歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』
ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!
16世紀のオデュッセイア
尾方佐羽
歴史・時代
【第12章を週1回程度更新します】世界の海が人と船で結ばれていく16世紀の遥かな旅の物語です。
12章では16世紀後半のヨーロッパが舞台になります。
※このお話は史実を参考にしたフィクションです。
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる