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第6章 1
しおりを挟む目覚めてベッドの上で大きく伸びをした花奈実はその広さに気づいて飛び起きた。
キングサイズのベッドに、真っ白なリネン。自宅のワンルームの2倍以上ある部屋にはほとんどベッドと鏡台しかない。
スリッパを履いて立ち上がると毛足の長い絨毯に足が沈んだ。
「あ、そっか。昨日飲み過ぎて……」
ディナーの段階で相当飲んでいた記憶はあるのだが、そのあとバーに行ってからは何杯飲んだのか全く覚えていなかった。
ベッドには花奈実の分のぬくもりしか残っていない。
蜜也を探してドアを開けた花奈実は窓の外を見て息を呑んだ。
「すご……」
ほとんど壁一面が窓になっているメインルームには柔らかな朝日が差し込んでいる。昨晩見ていた夜景と同じくらいの高さの景色が目に飛び込んできて思わず窓に駆け寄った。
「こんなすごい部屋に泊まってたんだ……」
広々としたメインルームを振り返る。部屋の中は柔らかな色合いの家具で揃えられていた。
だが蜜也の姿はない。ジャグジーのついたバスルームやドレッシングルームにいちいち感嘆の声を上げながら蜜也を探していると部屋のチャイムが鳴った。
「はーい」
蜜也は外に出ていたのかと納得し扉を開けると、そこにいたのはホテルの制服を着た年配の男性だった。男性はワゴンを引いていた。
「失礼致します」
「あ、はい……」
ホテルマンはそのままワゴンを部屋の中へ引き入れると、ダイニングテーブルにワゴンに乗っていた食事を並べ始める。
「あの、これは……?」
「小野様から仰せつかっております」
「蜜也くんが……」
「それからこれを」
ホテルマンの男性は最後に、花奈実に小さなブーケを渡すと一礼して部屋を出て行った。
「かわいい……」
ダリアやミモザを中心にイエローの花がまとめられたブーケを花奈実はうっとりと見つめる。それにカードがついているのに気づいて、そっと中を開けた。
『花奈実へ
おはよう。
起きるの待っててやれなくてごめん。
急な仕事が入った。
お前は気にせずゆっくりしていきな。
ps,ここのオムレツは絶品だから絶対食えよ
蜜也』
直筆で書かれたメッセージを見て花奈実は小さく笑った。
「起こしてくれてもよかったのに……」
花奈実が寝ているのを見てそのまま仕事に行ってしまったのだろう。食事の手配までしてくれたその気遣いに胸が温かくなる。
花奈実は別の部屋にあったバーカウンターから細長いグラスを取ってくると、もらったミニブーケを包み紙のままそこに入れた。
部屋にはあらかじめ花が飾ってあったが、蜜也のくれた花を飾って食事を取りたかった。
ホテルマンが並べていってくれた朝食の中には勿論蜜也一押しのオムレツもある。
「ん、おいしい!」
半熟の卵がとろとろと溢れ出すオムレツは口に入れるとバターの香りがいっぱいに広がり、すぐに溶けてなくなってしまう。
蜜也が念を押すだけあって、格別においしい。
自家製のパンや手作りドレッシングのサラダ、生搾りのオレンジジュースなど朝食のメニューはどれもこだわり抜いてあってついつい食べ過ぎてしまった。
「蜜也くんもいればよかったな……」
花奈実は湯船につかりながらぽつりと呟いた。ジャグジーに備え付けの入浴剤は、入れると泡風呂になって最初はずいぶんはしゃいだが、落ち着いてみるとふと寂しくなる。
仕事だというのはわかっているが、美味しい朝食も初めての泡風呂も蜜也がいればもっと楽しかったに違いない。
ふーっと湯の表面に息を吹きかけると細かい泡が舞った。
「……帰ろっかな」
蜜也はゆっくりして行けと言っていたが、この広い部屋に一人でいると何だか寂しさのほうが勝ってしまいそうだった。
――サンドリヨンに行ったら会えるかな。
仕事、といってたので多分事務所にいるだろう。今日は花奈実が出る幕はないがこっそり行ってもいいだろうか。用事もないのに行ったらおかしいと思われるだろうか。
けれどとにかく、今は蜜也に会いたかった。
急いで髪を乾かし支度を済ませたところで、サイドボードにスケッチブックが乗っているのを見つける。
「これって……」
中をパラパラ開いてみると見慣れた絵のデザイン画が目に飛び込んできた。
「蜜也くんのだ」
出かけるときに慌てていたのだろうか。それは蜜也がいつも大事そうに抱えているスケッチブックだった。
――これ、大事なものだよね。すぐ必要だよね。
これを届けるという名目ならサンドリヨンに行ってもおかしくないだろう。
会う理由ができたことにホッとして口元が緩む。
足取りも軽く花奈実はホテルを後にした。
◇
「蜜也クン? 今日は見てないわよ」
サンドリヨンの事務所ではスタッフたちが今度トリをつとめる東京ブライダルショーについて話し合っているところだった。その中に蜜也の姿はない。スタッフたちを仕切っていたララがきょとんとして、勢い込んで入ってきた花奈実に答える。
「そ、そうですか。今日は仕事って聞いてたのでてっきり……」
「こっちにも今日は別の仕事だから行けないって連絡来てたのよ。田中チャン、知らない?」
「自分も聞いてないですね。急な仕事かと」
「わ、わかりました。邪魔してごめんなさい」
花奈実はがっかりして事務所から出た。
ここに来れば会えるとばかり思っていたので落胆が大きい。
――別に会ってなにを話すって訳じゃないけど、ただ、会いたいな……。
花奈実は階段を下りかけていた足を止める。そして振り返って階段を昇っていった。
事務所にいないならいるはずがない。そう思っていても、万が一がある。花奈実は最上階の蜜也の家を目指した。
蜜也の家の前に人影を見つけ、花奈実はうれしくなって思わず駆け寄る。
「ねえ――」
「うわっ」
扉に手をかけていた男性は花奈実の声に驚いたように、その場から駆け出す。階段を目指して走ってきた男性に花奈実は押しのけられ、尻餅をついた。手にしていたスケッチブックがその場にバサリと落ちて、ページがパラパラとめくれ上がった。
――蜜也くんじゃなかった……。
勘違いして恥ずかしいやら、打ったお尻は痛いやらで散々だ。
男性は階段を下りかけた足を止めて、じっとスケッチブックを見ている。
「す、すみません。知り合いかと思って声かけちゃいました」
落ちたスケッチブックを拾おうと手を伸ばすが、戻ってきた男性がさっとそれを拾い上げた。
「いえ、こちらこそすみません。……あれ、もしかしてモデルの花奈実さんですか」
「あ、そうです」
花奈実は腰をさすりながらのろのろと起き上がる。
専属モデルが尻餅なんかついてみっともないと思われただろうか。以前ネットサイトのライターに囲まれたときのことと思い出す。
だが目の前の若い男性はそんなことをみじんも感じさせない笑顔で爽やかに笑った。
「いやあ、やっぱり綺麗ですね。本当のモデルさんは」
「いえそんな……」
「僕、服飾の専門学校に通ってるんです。その中でファッションショーなんかもやるんですけどモデルも生徒たちでやるものだから、あんまり映えないんですよね。いつか僕も本当のモデルさんに着てもらいたいなあ」
褒められてなんだか照れくさいような申し訳ないような気になってしまう。
「あ、もしかして蜜也くんに用事でしたか。面接とか?」
以前から撮影やショーなどで人手が足りないときにはこういった専門学生をバイトで採用していることがあった。この男性も学生だと言っていたので、スタッフ希望なのかと思ったのだ。だが、男性は視線を逸らして言いよどんでしまう。
「いえそういうわけじゃ……。お時間取らせてすいません。では」
「あ……」
スケッチブックを花奈実に押し付けると男性は階段を駆け下りていった。
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✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます!
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○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。
(作品シェア以外での無断転載など固くお断りします)
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