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第二百七十三話 息子たち(中編)

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 私の名はトリスタン、ラングハイム家の長男だ。
 今年23になった所である。
 家督は弟であるヴィクトルが継いでいる。
 私が生まれた時から病弱で、原因不明の持病を抱えているせいだ。

 父は私が16歳の時に、『お前に家督を譲り、わしはお前の治療薬を探しに行く』と言った事がある。
 しかし、私はその時に父にこう言ったのだ。
『父上、家督は私ではなく、弟のヴィクトルが相応しく思います。私ではこの家を守っていける保障がありません』
 私がそう告げると父は顔を歪めた。
『そんな、事は……』
『父上、分かっておられるのでしょう?私の事を愛してくれているのは分かっております。ですが、弟もこの家を継ぐに足るだけの素晴らしい素質を持っているのも分かっておられるでしょう?』
『しかし、分かってはおるのだが、だが……』
 父が苦渋の顔をしている事に私は胸が苦しくなってしまう。
 私がこのような病気を持っていなければ、父にこのような辛い顔をさせる事も、母が発作のたびに辛そうな顔をする事も、そして弟にこのような重荷を背負わせる事もなかったであろうに。
『父上、私はヴィクトルを信頼しております。きっとヴィクトルは立派な当主となりますでしょう。私はそんな弟を出来るだけサポート出来ればそれでいいのです』

 そうして、父は私が18、弟が16になった時に、弟に家督を譲った。
 弟は当初はひどく反対していたが、しばらくして父上と何かを話し合ったのか、家督を継いでくれた。
 それでも弟はいずれ私が良くなったら家督を返すのだと、その準備をしている。

 弟は本来外で動くのが好きなのだ。
 家督を継ぐ前は、よく、『俺は兄さんの近衛隊の隊長になる』などと言って剣を振っていた。
 弟は剣の腕前もよく、指南役からはとても将来が楽しみだと言われていた。

 そんな弟の夢を取り上げ当主にしてしまった事にはとても申し訳なく思っている。
 それでも、弟には当主としての器もあるし、相応しいと私は思っている。
 私が病気などでなければ、私が家督を継いで弟には好きな事をさせてあげられたのになと思いはするが、こればかりは仕方のない事だ。
 暇を見つけては外で剣を振っている弟を眺め、私は少し自分の体を呪う。

 ここ最近は私の持病は悪化しており、痙攣の頻度が増えてきた。
 幼い頃から痙攣のたびにぶつけてあざを作らないようにと私には専属の侍従がついている。
 私が痙攣を起こした時、その体を抱きとめ、どこかにぶつけないようにしてくれるのだ。
 私が窓から離れ移動しようとした時、私の体が小刻みに震え始めた。
 その瞬間、侍従の一人がすぐに私に近づき私を抱きとめた。

「失礼致します」

 その直後、私の体は激しく痙攣を始めた。
 この時、侍従たちは二人係で私を抱きとめ発作によるケガを負わないようにしてくれる。
 私は激しい痙攣と吐き気に耐えながら痙攣が収まるのを歯を食いしばって耐えるしかない。

 この苦痛は私が命を落とすまで続くのだろうか。
 ふとそんな考えが頭をよぎってしまう。
 痙攣自体の時間は大体1分程でそう長くもないが、痙攣中の私は永遠に続くのではないかと思えてしまうのだ。

 痙攣が収まり侍従に感謝を告げて私は仕事部屋へ向かう。
 毎日ではないが、弟は重要な書類を私に任せる事があるのだ。
 きっといずれ私に家督を譲る気でいるからだろう。

 以前もうやめなさいと告げた時、弟は泣いてしまった事があった。
 その時から私は拒否する事をやめたのだ。
 いつも強い弟ではあるが、私の事となると弟は幼子に戻ったようになってしまう時がある。
 そんな弟なのだから、もし私がこの発作で死んでしまえばどうなるだろうか。
 心配でならないのだ。

 それに、弟はまだ結婚もしていない。もうすぐ21だと言うのにだ。
 私が結婚しないとしないと強情を張っているらしい。
 いつ死ぬかわからぬような男の元へ嫁いでくるには相手には失礼になるので、私が拒否しているのだが、どうしたものか。

 かつて学園に通っていた時は私にも恋仲になる相手がいたが、3歳年下のその方とも卒業を機に別れている。
 そんな一方的に私から別れを告げたにも関わらず、彼女は未だに私にまめに手紙を下さり、私を気にかけては下さっている。

 少し調べた所、彼女は他の方の求婚や見合い話しを悉く断っているらしい。
 未だ私を恋しく思っていてくれているようで、手紙からもそれは伝わってくる。
 私も彼女を未だ忘れられぬので、それを強く拒否も出来ていないのだ。
 とはいえ、彼女ももう20歳、世間的に言えば行き遅れと言える域になってきている。

 私は本当に自分に甘い男だと思う。
 弟に対しても、彼女に対しても何も強く言えないのだから。
 それでも時折考えてしまう。
 父上が特効薬を見つけて下さり、私の病が治るという、夢物語を。
 そんな都合のいい話しなどあるはずがないのにだ。

 そんなある夜、私が寝ていると私の枕元に何かがいる気配がした。
 人間ではない、小さな足音。
 目を開けたいのだが、なぜか開かない、いや眠たくて意識がどんどん落ちていく。

 気付けば私は暗闇の中にいた。
 暗闇の中で明かりはどこだと思うと、ぽっと私の周囲だけ明るくなった。
 なんだろうか、ここは。

 不思議に思っていると私の足元を小鳥がぴょんぴょん飛んでいた。
 私は小鳥を見て、ああ先程枕元にいたのはこれか、とそう思った。
 そんな風に私が思うと、小鳥は私を見上げた。
 小鳥と確かに目があった。

「君はどこから来たんだい?」

 思わず私は小鳥に話しかけてしまう。返事など返って来るはずもないのに。
 だが、予想外にも小鳥は口を開いた。
 そこから漏れ出たのは確かに人の言葉だった。
 少し高いような、低いような、なんとも不思議な声だ。

『僕は遠くからきた』
「何をしにここへ?」
『君の病を治す為だよ』
「はは。面白い事をいうね。私の病は原因が分からないから、小鳥である君には難しいと思うよ」
『そうかい? でも僕には君を治せるんだよ』
「本当にそうならとても嬉しいよ。私はね、本当に皆に迷惑をかけて生きているのだよ。その恩を返せるなら返したいのだ」
『そうか。僕が見て来た君の知り合いはみんな君を心から愛していたよ』
「それは分かっているさ。私だってみんな愛してる。それでも、この病気で迷惑をかけていないわけがないんだ」
『そうだね。でも迷惑だと考えているのはきっと君だけだよ。愛しているからこそ、病気すらも受け入れる事が出来るんだよ。誰も迷惑だなんて思ってはいないさ』
「……君は本当に痛い事を言うね」
『そうかな? 本当は君だって分かっているんだろう? だけど、迷惑をかけていると思わないと、自分がなんだか惨めに思えてしまうのだろう?』
「そうさ……ヴィクトルだって父上だって、彼女だって、皆が私の病気を何も言わない。むしろ支えてくれるんだ。なのに私はたびたび発作を起こして痙攣して、弟や父上、母上、それに彼女にだって涙を浮かべさせてしまう。だけど何も出来ない。何にもだ。これでどうして惨めじゃいられなくなる? どうすれば彼らに恩を返せる? たびたび起こる発作のせいで、長時間何かをする事だってできないんだ」

 私は悔しくて悔しくて涙を零してしまう。
 すると小鳥は私の肩にとまり、囀った。

『大丈夫だよ、僕が君を治してあげるから』
「なぜ?」
『そうだね、君の御父上がとてもいい人だったから。ただそれだけだよ』
「君は父上の知り合いなのかい?」
『そうだね。その時に君の事を知ったんだ。だから君や家族を見た』
「見た?」
『そう、見たんだ。だから、君を治してもいいと思った。君たちみんなが、お互いを愛し、慈しんでいるから』
「そうか。そうだね、本当に家族を心か愛している」
『さぁ、君の治療を始めよう。次に起きた時、君は健康そのものになっているよ』

 その小鳥の声を聞いてから私の意識は段々と薄れていった。
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