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第二百五十六話 ライナーと貴族

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 ここ最近どこの街でも奴隷が消えたという話題で持ち切りだ。
 商人のとこに捉えられていた奴隷も突然消えたそうだ。
 奴隷が消えなかった貴族もいるそうだが、そこは奴隷を大事にしていた貴族の所だったそうだ。
 それと関連しているのか、あまりよくない噂があった貴族が突然急死したり病に臥せったという話しもある。

 とまぁ、そんな風な噂が飛び交ってはいるが、俺は誰がそれをしているかは知っている。
 それも当然だ。俺の友人なのだから。

「ライナー、どうしたの?」
「ああ、ジル。なんでもねぇよ。行こうか」
「ええ」

 ジルヴィアは笑みを浮かべて俺の腕にしがみついてくる。
 そんなジルヴィアが俺は愛しくてたまらない。
 何年経ってもこうしてジルヴィアへの愛は冷めない。
 むしろ深まっていると言える。

 俺とジルヴィアが向かっているのはハンターギルドだ。
 受けていた依頼の最後の一つが終わったのでその報告である。
 これが終わったらオルペの街での滞在1ヶ月と街までの移動期間含め長期の休みをとるつもりなのだ。
 とはいえ、その前にあの貴族に話をせねばならないだろう。
 面倒だから無視し続けていたが、最近また依頼を受けないとばらすなどと言ってきたのだ。
 ジルヴィアはもうサナトの実の汁に触れても何もおきない。
 吸血鬼ではないとあの貴族の男に言う事が出来る。
 とはいえ、ならばなぜあの時受けたのかという話しになる。
 そこでジルヴィアと一緒に、セドリックさんに相談した所、いい案を貰えたのだ。

 この街はあのいけ好かない貴族が住んでいる街だ。
 すでに面会の予約もとっている。
 遂にあの男から完全に離れる事が可能になる。
 俺は依頼の報告をすませ、ジルヴィアを腕に絡めたまま、貴族の屋敷へと向かった。
 貴族の屋敷へついた俺とジルヴィアは応接室へと案内された。
 数分程してからあの貴族の男がやってきた。
 俺を国に仕えさせた事で陞爵され、男爵から子爵になった男だ。
 本人は控えめのつもりらしいが、いつも高圧的で嫌な男である。

「よく来たな、ライナー殿。随分と待ったぞ」
「ああ、申し訳ない。忙しくてな」

 男はチラリとジルヴィアを嘗め回すように見る。
 非常に腹立たしい男だ。
 俺は男に話しかけて視線を逸らせる。

「今日は話す事があって来た」

 俺の言葉に男が視線を戻す。

「何かね。ライナー殿に頼みたい依頼は山のようにあるのだ。手短にお願いする」
「ああ、残念だがあんたからの依頼は今後一切受けない。受けて欲しい場合は正式にハンターギルドを通して指名依頼にしてくれ」
「なっ貴様何を言っている! その女の事ばらしてもいいのか!」
「はは。それについてはもう解決している。だからあんたの言う事をもう聞く気はない」
「貴様、ワシが吸血鬼をかくまってやったというのに!」
「は? 吸血鬼?」
「貴様の女! その女は吸血鬼だろうが!」
「はははは。何を言ってるんだ? 彼女は吸血鬼ではないぞ。まさか、あんた、彼女の出自が大物貴族の落とし子だったから俺を脅していたのではないのか?」
「は? 大物貴族の落とし子だと? そんなバカな! 吸血鬼のはずだ!」
「なんだ、それなら早くに言えば良かったな。あんたは随分な勘違いをしていたのだな。ちなみに、その大物貴族も最近亡くなったそうでな、もうそれをネタにする事も出来んぞ?」
「バカな! ありえん! ワシを騙そうとしても無駄だぞ!」
「はぁ……そうまで言うならサナトの実の汁を持ってくればいいだろう。サイリールを調べさせた時にあんたがサナトの実の汁を渡して来たんだから」

 俺が呆れたようにそう告げると、男は待っておれ! と叫んで部屋を出て行った。
 これは完璧に望んだ結果へと導けている。

「ジル、すまねぇな。あんな男にじろじろ見られて嫌だろうに」
「いいのよ、これまで何も出来なかった私が貴方の役に立てているんだもの」

 そうして暫くすると男がニヤニヤ笑ってやってきた。
 手には小瓶を持っている。
 小瓶を机の上にドンと音を立てて置くと、嫌らしく笑いながら言って来た。

「サナトの実の汁だ。触れるものなら触ってみよ」
「あんたが細工してる可能性があるから、まずは俺の手にその液を垂らしてもらおうか」
「ふん! ワシはそんな小細工などせんわ! だがいいだろう。手を出せ」

 男は高慢な口調で小瓶を開けるとライナーの差し出した手に少し垂らした。
 垂れた汁からは独特な甘い香りがする。
 これは確かにサナトの実の汁のようだ。
 それを確認した所でジルヴィアに目で頷く。

「じゃあ、私にもどうぞ」

 そう言ってジルヴィアは男に手を差し出した。
 男は穴が開く程の勢いでジルヴィアの差し出した手を見つめ、サナトの実の汁が入った小瓶を全てをかける勢いで傾けた。

 しかしそこには男の望む結果はなかった。
 当然だろう、ジルヴィアはもう吸血鬼ではないのだから。
 男が歯ぎしりしているのを横目に俺はジルヴィアを立たせて男に言葉を投げつける。

「そういう事だ。満足したか? もうあんたの依頼を今後一切無料で受ける事はない。もう十分甘い汁は吸えただろう?」

 そう言ってジルヴィアを促して扉から出る。
 扉から出きる前に振り返りもう一つ告げる。

「言っとくが、俺達の誰かに手を出そうとしたら地獄に行くよりも後悔する事になるからやめておけよ」

 これは純粋に忠告だ。
 俺が何かをする事はない。もちろん気づけば未然に防ぎはするが。
 ただ、防いだとしても俺が止めない限り、その後きっと友人であるサイリールは動く事になる。
 彼は身内をとても大事にする男だ。
 そんな身内に攻撃をした相手には容赦をしないのである。
 多少の嫌な事くらいならサイリールも許容をするし、そこまで過保護にはしないが、命や尊厳を脅かす行為の場合は本当に相手を許さない。

 サイリールが過去に行った報復や制裁についてかつて語ってくれた事があった。
 どれもするに値する行為だったし、俺でも同じ事をするような内容だった。
 エルの元となった女性へした山賊達の行為、山賊共の魂は未だサイリールの闇の奥底で蠢いている。
 そして、幼い子供だったイーナ達を襲った男達、そいつらも今は闇の監獄の中だ。
 最近では、ラリーを逆恨みで襲った男だろうか。

 サイリールは強いだけでなく基本的にはとても心優しい男なのだ。
 幼い家族にパパきらーいと冗談で言われただけでもへこむような、家族を愛する優しい男だ。
 だからこそ、俺はサイリールに深い友情の気持ちを抱いている。
 いずれ俺が体を作り替えても、俺はサイリールとは永遠に友であり続けるだろう。

「さて、スッキリした事だし、さっさとサイリールのとこにかね」
「くすくす。そうね。早くましょう」

 ジルヴィアが笑ったのはなぜか分からないが、まぁいいか。
 さぁ、サイリールのところへ
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