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第二百四十二話 気持ちを告げる

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「最後まで聞いて欲しい事があるの」

 そう言うとサーシャは足を止め、アソートの方を向いた。
 それに気づいたアソートも足を止め、サーシャの方を向いて返事をする。

「うん」

 少し顔を俯かせたサーシャが話し始めた。

「私ね、お兄ちゃん達に救われて、本当に良かったと思っているの。パパやエルやファニーに出会えて、皆に出会えて、とっても幸せ」
「うん」
「それだけで満足だったの。でもね、違った。そうじゃなかった。私はそれ以上の幸せを見つけたの」

 サーシャは顔を上げ、アソートを見つめた。
 アソートはそんなサーシャの顔を見て、息をのんでしまう。
 潤んだ瞳でアソートを見上げるサーシャはとても大人びて美しかった。

「お兄ちゃん、私ね、お兄ちゃんが好きなの。ずっと、ずっと好きだった。兄としてじゃないわ、一人の男性として、好き。大好きなの」
「サーシャ……」

 潤んだ瞳で見上げてくるサーシャにアソートはまたあのなんとも不思議な感情を抱いた。
 いや、分かってはいるのだ。ただ、見ないようにしていただけで。
 ここ1年で急に成長を遂げたサーシャ。

 サーシャが自分へ向ける眼差しに時々ドキリとした。
 時折見せるサーシャの大人びた仕草や笑顔に、自分の心が弾んでしまうのを自覚していた。
 だから昨日、大人の姿になれた時、とても心が弾んだのだ。

 子供の姿だった時はそんな感情には目を向けれなかった。
 永遠に子供の姿の自分と、大人になっていくサーシャが釣り合うはずもないのだから。
 だから、サイリールから聞かされていた大人の自分に早くなりたかった。

 ああ、もう認めるしかないのだろう。
 ボクはサーシャに惹かれている。

 ずっと子供で、可愛い妹だと思っていた。
 だけど、それは彼女が15の誕生日を迎えたあの翌日から変わったんだ。
 彼女は子供ではなくなっていた。
 大人の女性になったのだ。
 あの日、あの時見たサーシャの美しい姿は今でも覚えている。

「お兄ちゃん、好きなの、すぐに私を好きにならなくてもいい。お願い、私の恋人になって下さい」

 見上げるサーシャの目からぽろりと大粒の涙が零れる。
 アソートはそんな彼女の頬に手を当てると涙を拭った。

「ボクはね、サーシャ。君をずっと可愛い妹だと思っていた」
「うん……」
「15の誕生日の翌朝を覚えているかい?一緒に庭を散歩しただろう?」
「覚えているわ。寝間着で恥ずかしい思いもしたけど、一緒にいれてとっても嬉しかったもの」
「うん、あの時ね。サーシャが気づくより前からボクは君を見ていたんだ」
「うん」
朝靄あさもやの中を歩く君はまるで絵画から抜け出してきたのかと思う程美しかった」
「お兄ちゃん……」
「あの日、あの時から、ボクは君を見る目が変わったんだと思う。君がボクに好意を寄せているのはもう随分前から気づいてはいたんだ。だけど、あの時の君は子供で、僕にとっては可愛い妹でしかなかった」

 一呼吸つくとアソートはサーシャの目をじっと見つめた。

「だけど、あの日ボクの心に不思議な感情が生まれた。ボクはそれが何かは分かっていなかった。そこから1年、サーシャと過ごす日々でボクはその感情に気づいた。だけどね、ボクはそれを見なかった。だって、大人になる君と、永遠の子供じゃ釣り合わないだろう?だから、ボクはそれを見ずに気づかないフリをした」
「お兄ちゃん……今は?大人になったお兄ちゃんはどうなの?」

 ぽろぽろと涙を零しながらもサーシャはアソートに尋ねた。

「そうだね、今のボクなら言えるだろう。でもごめんよ。それは言っちゃいけないんだ」
「なんで!」
「だって、ボクは永遠に生きるんだ。年も取らないし死ぬ事もない。だけどサーシャ、君は……」
「そんな事ない!お兄ちゃん、私も永遠に生きるの。もう、決めてるの。パパにも伝えてあるわ。私は、お兄ちゃんと共に永遠を生きたい。一緒にいたい。好きなの……好き……」
「サーシャ……」
「だからお兄ちゃん、お願い、気持ちを聞かせて」
「…………」
「……おねがい」

 涙を零しながらそう懇願するサーシャにアソートは泣きそうになりながら苦笑した。

「はぁ、サーシャには敵わないなぁ。本当に。君だけだよ、僕の心をこんなにかき乱すのは」

 そう言って再びサーシャの頬に触れると流れ落ちる涙を指で拭った。

「サーシャ、好きだよ。妹としてじゃない。ちゃんと一人の女性として君が好きだ」
「おにいちゃ……」

 サーシャはもう言葉にならなかった。
 アソートに抱きつき涙を流した。
 11歳の時にハッキリと恋心を自覚してから5年、短いようでサーシャにとっては永遠に思えた期間。
 自覚してからの日々は嬉しくて切なかった。
 日が経つ事に恋心は膨れ上がり、破裂しそうで苦しくて、叫びたい気持ちを抱えてきた。
 やっと、その気持ちが通じた。嬉しくて嬉しくてたまらない。

 アソートの胸元に顔をうずめて泣くサーシャの髪を優しく撫でながらアソートは考えていた。
 まさかサーシャが永遠の時を生きる覚悟をしていたなんて。
 そこまで自分を思っていてくれたとは。
 自分の目にも薄っすらと涙が浮かぶのを押さえられなかった。
 50年以上生きてきて初めての恋だった。
 最初の肉体の時だって可愛い子だなと思う事はあってもそれ以上の気持ちを抱いた事なんてない。

 妹だと思って接していた子をこんな風に気になって、まして好きになってしまうなんて、思いもしなかった。
 あの時サイリールに出会えて良かった。
 あの時サーシャを助けれて良かった。
 こんなに幸せな未来があるなんて最初の姿の時では考えもしなかった事だった。

 暫くして泣き止んだサーシャにアソートは声をかけた。

「もう大丈夫かい?」
「うん……ごめんなさい。嬉しくて涙が止まらなかったの」
「はは。気にしないで。ねぇサーシャ」
「何?お兄ちゃん」
「ボクは人を好きになるのもお付き合いをするのも初めてなんだ」
「私だってそうだもん……」
「うん、だからね、ボク達の先はとても長い。だからゆっくりと進んで行こう?」
「うん、時間はたくさんあるから、私もそれでいい」
「ありがとう、サーシャ。それと、ゆっくりでいいからサーシャもボクの名前を呼べるようになってね」
「ぁぅ……やっぱりお兄ちゃん気づいてた?」

 頬を赤らめてアソートを上目遣いで見上げる。
 アソートはそんなサーシャも可愛いなぁと思いつつも苦笑して答えた。

「そうだね、いつもアソートお兄ちゃんって言うのに、ずっとお兄ちゃんだったからね」
「お兄ちゃんには敵わないなぁ。私の事なんだって知ってるんだもん」
「当然さ、ずっと君の兄でずっと君を見てきたんだから」
「うん……ねぇお兄ちゃん」
「なんだい?」
「えっと、その、キス、してみたい……な……」

 そんなサーシャの言葉にアソートは苦笑してゆっくりとサーシャに顔を近づけた。
 まさか本当にしてくれるとは思っていなかったサーシャは驚いてぎゅっと目を瞑ってしまう。
 少しして感じたのは額に落とされた口づけだった。

「おばかさんだね、サーシャは。心の準備も出来ていないだろうに。今はこれだけだよ」

 額を押さえて真っ赤な顔でアソートを見上げると、アソートは優しい笑顔を浮かべていた。
 そんなアソートにサーシャも笑みを向ける。
 アソートだって自分と同じで初めてなのに、どうしてこんなに余裕があるんだろう、そう不思議に思いつつも、自分が覚悟も出来ていない事すら見抜かれていて、やっぱりお兄ちゃんはすごいなぁと思った。

「ボク達はゆっくりでいいんだ。少しづつ深めて行こう」
「うん……ごめんなさい」
「ははは。謝る必要はないよ。ボクだってさっきのお願いはドキっとしたもの。だめだよ、あんな風にお願いするのは。ボクだって男なんだからね」

 初めて見せる兄ではない、男の顔をしたアソートを見てサーシャの顔は真っ赤になってしまう。
 そんなサーシャを見てクスリと笑うとアソートはサーシャの手を握った。

「今はここまで。いつかね。さぁそろそろ屋敷に戻ろうか、サーシャ」
「う、うん……」

 男らしいアソートにサーシャの胸はドキドキしっぱなしだった。
 これまでだってさりげなくリードしてくれていたけれど、それは兄としてだった。
 それが今はさっきみたいに男の顔を覗かせつつもリードをしてくれる。
 お兄ちゃんと恋人になれたという事実がとても実感出来るし、益々アソートに惚れてしまう行動だった。

 自分の手を包み込んでくれる大きな手、見上げれば蜂蜜色の綺麗な髪が揺れ、こちらを見る澄み渡った青空のような瞳とぶつかる。
 自分に向ける笑顔、何よりも、自分を想ってくれるその心、何もかもがサーシャにとっては最高に幸せで嬉しかった。
 もうすぐ屋敷の玄関という所でサーシャはアソートに声をかけた。

「お兄ちゃん」
「ん?なんだい?」

 アソートがこちらを振り向く。
 サーシャは満面の笑みで告げた。

「大好き!」
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