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第二百十話 嘘

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 噴水を眺めるデリアを見ていると、フェローが紅茶とクッキーを持ってきてくれた。

「あ、フェローさんありがとう。ごめんね」

 ラリーの言葉にフェローは笑顔を浮かべてラリーの頭をぽんぽんと叩いた。

「気にするな。久しぶりに会うのだろう?ゆっくりするといい。俺は庭の手入れに戻るよ」
「うん、ありがとう」

 そんなラリーとフェローのやり取りを見ていたデリアがフェローがその場を去ってからラリーに声をかけた。

「ラリー、あの人はこのお屋敷のえらい人なの?」
「ははは。違うよ、彼は普通の使用人さ。偉い人は茶など運んだりはしないんだよ」
「そうなんだ……」

 ラリーに促されてデリアは紅茶という物を初めて口にした。
 少し甘く、鼻から抜ける香りはとても素晴らしい物だった。

「わぁ……すごい……こうちゃってこんな味がするんだね……初めて飲んだ」
「俺も初めて飲んだ時、デリアと同じ言葉を言ったよ」

 苦笑しつつラリーは自分の体験を思い出していた。
 しばらくは紅茶とクッキーを楽しみ、昔の思い出話しをしていた。
 ラリーがこけてわんわん泣いた話しや、デリアが捕まえたヘビを見てラリーがわんわん泣いた話しなど。

「なんだよ、全部俺が泣いてたって話しばっかじゃないか」
「あはは。懐かしいよね。ラリーはよく泣いてたもの」
「そうだけどさ。デリアは男の子みたいだったもんな」

 口を尖らせつつ、ラリーもやり返しとばかりに言い返した。

「今もそう変わんないよ。男なんかに負けない。負けられない」

 そう言うデリアの表情は怒りや悲しみが混じり合ったような複雑な顔だった。
 そんなデリアの表情に何かを感じたのか、ラリーはここへ来た理由を尋ねることにした。

「なぁ、デリア。何かあったのか?ここへ来たのは理由があるんだろ?」

 ラリーの言葉を聞いたデリアは口を閉ざしてしまう。
 確かにデリアには目的があってここへやってきたのだ。
 7年も会う事もしなかった相手に、今になって会いに来たのだから。

「デリア?」

 再度ラリーに問いかけられてデリアは重々しく口を開いた。

「あの、あのね、ラリー。お金、貸してくんないかな……?」
「金?なんでだ?」
「それは……言えないけど、でも絶対返すから、貸してくれない?」

 ラリーはじっとデリアを見つめながらも、繰り返し理由を問いかけた。
 だけど、デリアは理由は言えないと言い、金を貸してくれと言うばかりだった。
 そんなデリアは必ず返すからお金を貸してほしいと言う瞬間、必ず目が右上を向いていた。
 それは、嘘をついている時の人間の行動の一つだった。
 金を返す気がない事が分かってしまったが、それでも、その上でラリーはデリアに尋ねた。

「……いくらいるんだ?」
「えっと、銀貨5、いや、銀貨10枚。10枚あればいいの。ある?」

 きっと貸せば返ってこないだろう。
 それでもラリーにはずっと溜めていたお小遣いから簡単に渡せる額ではある。
 だけど彼女にとっては大金だ。
 スラム街に住んでいたのだからラリーだってそれは十分わかる。
 だからこそ、ラリーは言った。

「そんなに持ってないよ。俺はただ住まわせてもらっているだけだから。だけど、5枚なら貸せる」

 別に10枚くらいあげてもいいのだ。
 だけど、小遣いとして貰っているお金は家族が働いて稼いできたお金なのだ。
 返って来ないと分かっていて、しかも理由すら話さない相手に、友達だったからと簡単に渡せるものではない。
 それでも今の自分の境遇と、彼女の境遇を考えて、そして別れの意味も込めて彼女の要求する額の半分を渡す事に決めたのだ。

「ほんと!?ありがとう、必ず返すから」

 身を乗り出して言うデリアに、ラリーは少し悲しくなる。
 嘘をついているからではない。理由を話してくれない事にだ。
 7年の間会っていなかったが、それでも確かに友達だったのに、そんなに信用できないのだろうか。

「ああ……持ってくるからそこで待ってて」

 そう言ってラリーは自分の部屋へと向かった。
 貯金箱から銀貨を5枚取り出したラリーはデリアの元へ向かった。
 ガゼボにある椅子に座った彼女はまた噴水を眺めていた。
 そんなデリアの横顔は、どこか寂しそうで、辛そうに見えた。

「デリア」

 ラリーの呼びかけにデリアはハッとした。

「あ、ラリー。本当に素敵な噴水ね」
「ああ、初めて見た時は水が噴き上げてる事に感動したよ」
「……それで、お金は?」
「ああ……はい、これ」

 ラリーが小袋にいれた銀貨を渡すとデリアはすぐに小袋を開けて中身を確認した。

「なぁ、どうしても理由は話せないのか?」

 中身を確認していたデリアはその言葉に動きを止め、ラリーを見ずに答えを返した。

「ごめん……言えない。でも、必ずお金は返すから……」
「……門まで送るよ」

 ラリーの言葉にデリアは小袋をぎゅっと握ると頷いて席から立ちあがった。
 門まで会話もなく歩いて行く。
 そうして、デリアが門をくぐって外に出た。
 ラリーは門の内側に立ち、デリアを見た。
 それはまるでそこに境界線があるかのように、デリアとラリーの別れのように見えた。

「必ず……返すから……」

 デリアが再びその言葉を言うが、ラリーはそれには答えずに言葉を発した。

「さようなら、デリア」

 その言葉を聞いたデリアは俯いていた顔をばっとあげるとラリーをみた。
 そして、その言葉の意味を悟る。
 泣きそうになるのを懸命に堪え、デリアは走った。
 そんなデリアの後ろ姿をラリーは悲しい目で見つめていた。
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