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第百六十六話 リーベの父の記憶(後編)
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彼女の出産から半年の月日が経った。
出産後から彼女の体調はずっと優れなかった。
さりとて医者に診せる金もなく、仮に診てもらおうとしてもきっと嫌がられるので診せる事も出来ず、彼はずっと心配していた。
彼女のそばにいたくても、仕事をせねば食べていけない。
貴族の三男だったお蔭で学はあった為、比較的よい仕事につけてはいる。
多少の蓄えもある。
しかし休む事は出来ない、休んでしまえば仕事を失うのだ。
そんな不安な日々を過ごしていたある日、仕事を終えて帰宅した彼は、食事後にリーベにおやすみのキスをすると彼女と共にベッドへと潜り込んだ。
寝る寸前に彼女が彼に声をかけた。
『あなた、いつもありがとう。愛してるわ』
『なんだい、急に。僕も心から愛しているよ。おやすみ』
彼女の額に優しくキスをした彼は再び布団に潜り込んだ。
意識が薄れ始めた時、彼女がぽつりと声を溢した。
『おやすみなさい、あなた、リーベ。本当に心から愛しているわ』
そんな声が聞こえた。
彼女の言葉に反応を返したかったけれど、疲れていた彼はそのまま意識を落とした。
翌朝、目を覚ました彼は、彼女の額に、おはようのキスを落とした。
唇に触れた彼女の肌はとても冷たかった。
彼は驚き、慌てて彼女を調べた。
彼女はすでに息をしておらず、まるで寝ているような穏やかな顔で死んでいた。
彼は嘆き悲しんだ。
愛する彼女が死んでしまった事に、絶望した。
自らの命すら絶ってしまおうと思ってしまうほどに。
そんな考えが過ぎった時、リーベが泣き声をあげた。
彼はハッとしてリーベが寝ているゆりかごをみた。
そうだ、僕は死ねない、彼女が残した、僕と彼女の大事な娘。
リーベをそっと抱き上げた彼はこれで最後の涙だと言うように、ぼろぼろと涙を流し続けた。
リーベを一人置いて仕事に行けない彼は、仕事をやめざるを得なかった。
これまで何かあったらと蓄え続けたお金と、彼が実家を出てきた時に持ってきていたお金と、短剣を売ったお金を少しずつ崩しながらリーベの育児を続けた。
リーベは病気もせずに、すくすくと育ち、2歳になっていた。
すでにお金は底をついており、もう働きに出ないとどうにもならない。
彼はリーベによくよく家から出ないように言いつけて額に愛してるとキスをすると、仕事を見つけに出て行った。
彼はとても真面目で勤勉だった、だからだろうか、以前の職場が再度彼を雇ってくれたのだ。
彼はとても幸運に恵まれていた。
雇い主に大変感謝をした彼はこれまで以上に仕事を頑張り、雇い主も再度彼を雇って良かったと喜んだ。
幸運に恵まれ、娘も言いつけを守って大人しく家で遊んでおり、何もかもが順調に思えた。
しかしそれも長く続かなかった。
愛する妻を失って半年が過ぎた頃、彼の体に異変が出始めた。
最初は時折体調が悪くなるくらいだった。
元々体が丈夫じゃなかったので、彼もさして気にしてはいなかった。
しかし彼の心労は彼が思っている以上に彼の体に負荷をかけていたのだ。
ある日、急に胸が痛くなった。
立てなくなるほどの痛みだった。
しかししばらくすればそれも和らいだ。
そんな事が最初は週に1回、あるかないかだったが、段々とそれは間隔が短くなっていった。
体に異変が出てから半年、彼が命を失う1週間前にはすでに仕事に行ける状態ではなく、辞めていた。
その頃には、1日に何度も胸が痛くなった。
自分が死んでしまえばリーベはどうなるのか、3歳になったばかりの娘、でも誰にも頼れない、死にたくない、死にたくない。
リーベを置いて死ぬなんて出来ない。
そうは思うが、非情にも、ある夜、彼を信じられない程の胸の痛みが襲った。
薄れ行く意識の中、彼はただただ、リーベと愛する亡くなった妻の名前を思い浮かべる事しか出来なかった。
そうして、彼はその長くもない26年の生を終えたのだ。
たった3歳の、愛する娘を置いて。
出産後から彼女の体調はずっと優れなかった。
さりとて医者に診せる金もなく、仮に診てもらおうとしてもきっと嫌がられるので診せる事も出来ず、彼はずっと心配していた。
彼女のそばにいたくても、仕事をせねば食べていけない。
貴族の三男だったお蔭で学はあった為、比較的よい仕事につけてはいる。
多少の蓄えもある。
しかし休む事は出来ない、休んでしまえば仕事を失うのだ。
そんな不安な日々を過ごしていたある日、仕事を終えて帰宅した彼は、食事後にリーベにおやすみのキスをすると彼女と共にベッドへと潜り込んだ。
寝る寸前に彼女が彼に声をかけた。
『あなた、いつもありがとう。愛してるわ』
『なんだい、急に。僕も心から愛しているよ。おやすみ』
彼女の額に優しくキスをした彼は再び布団に潜り込んだ。
意識が薄れ始めた時、彼女がぽつりと声を溢した。
『おやすみなさい、あなた、リーベ。本当に心から愛しているわ』
そんな声が聞こえた。
彼女の言葉に反応を返したかったけれど、疲れていた彼はそのまま意識を落とした。
翌朝、目を覚ました彼は、彼女の額に、おはようのキスを落とした。
唇に触れた彼女の肌はとても冷たかった。
彼は驚き、慌てて彼女を調べた。
彼女はすでに息をしておらず、まるで寝ているような穏やかな顔で死んでいた。
彼は嘆き悲しんだ。
愛する彼女が死んでしまった事に、絶望した。
自らの命すら絶ってしまおうと思ってしまうほどに。
そんな考えが過ぎった時、リーベが泣き声をあげた。
彼はハッとしてリーベが寝ているゆりかごをみた。
そうだ、僕は死ねない、彼女が残した、僕と彼女の大事な娘。
リーベをそっと抱き上げた彼はこれで最後の涙だと言うように、ぼろぼろと涙を流し続けた。
リーベを一人置いて仕事に行けない彼は、仕事をやめざるを得なかった。
これまで何かあったらと蓄え続けたお金と、彼が実家を出てきた時に持ってきていたお金と、短剣を売ったお金を少しずつ崩しながらリーベの育児を続けた。
リーベは病気もせずに、すくすくと育ち、2歳になっていた。
すでにお金は底をついており、もう働きに出ないとどうにもならない。
彼はリーベによくよく家から出ないように言いつけて額に愛してるとキスをすると、仕事を見つけに出て行った。
彼はとても真面目で勤勉だった、だからだろうか、以前の職場が再度彼を雇ってくれたのだ。
彼はとても幸運に恵まれていた。
雇い主に大変感謝をした彼はこれまで以上に仕事を頑張り、雇い主も再度彼を雇って良かったと喜んだ。
幸運に恵まれ、娘も言いつけを守って大人しく家で遊んでおり、何もかもが順調に思えた。
しかしそれも長く続かなかった。
愛する妻を失って半年が過ぎた頃、彼の体に異変が出始めた。
最初は時折体調が悪くなるくらいだった。
元々体が丈夫じゃなかったので、彼もさして気にしてはいなかった。
しかし彼の心労は彼が思っている以上に彼の体に負荷をかけていたのだ。
ある日、急に胸が痛くなった。
立てなくなるほどの痛みだった。
しかししばらくすればそれも和らいだ。
そんな事が最初は週に1回、あるかないかだったが、段々とそれは間隔が短くなっていった。
体に異変が出てから半年、彼が命を失う1週間前にはすでに仕事に行ける状態ではなく、辞めていた。
その頃には、1日に何度も胸が痛くなった。
自分が死んでしまえばリーベはどうなるのか、3歳になったばかりの娘、でも誰にも頼れない、死にたくない、死にたくない。
リーベを置いて死ぬなんて出来ない。
そうは思うが、非情にも、ある夜、彼を信じられない程の胸の痛みが襲った。
薄れ行く意識の中、彼はただただ、リーベと愛する亡くなった妻の名前を思い浮かべる事しか出来なかった。
そうして、彼はその長くもない26年の生を終えたのだ。
たった3歳の、愛する娘を置いて。
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