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第三十八話 静かに涙する少女

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 しばらくして、幼児ベッドで寝ていたファニーが目を覚ました。
 ムクリと起き上がると目をこすっている。
 エルがファニーを迎えにいった。

「おはようございます、ファニアお嬢様」
「おあう」

 寝ぼけた顔でエルに手を伸ばすファニー、エルも心得たものでさっと抱き上げる。

「今日からお嬢様のお姉様になられる方がいらっしゃるのですよ」
「おね……た?」
「そうですよ。サーシャお姉様ですよ、ファニアお嬢様」

 自分の名前を呼ばれたサーシャが首を傾げながら見ている。
 エルがソファーに戻り、ファニーを膝の上に抱えなおした。

「サーシャお嬢様、こちらの方がファニアお嬢様と申します。仲良くして下さいませね」

 そう、サーシャが自分の名前を喜んでいる間に、三人はサーシャはファニーの姉という事にしたのだ。
 元々アソートもサイリールもそのつもりだったので、すんなりと纏まった。

「ふぁにあ?さーしゃはね、さーしゃっていうの!いまもらったの!」

 かすれているが、サーシャは精一杯声を出した。残念ながらファニーにはサーシャの声は小さすぎて聞こえてはいなかったのだが。

 顔に大輪の美しい花が咲いたサーシャを見てファニーは目をパッチリと開いてこう言った。

「おあな!きれーね!ねーた」

 ねーた、と呼ばれ、顔の花を綺麗と言われたサーシャは頬を薔薇色に染めてニコーっと笑った。

「サーシャの喉、なんとかならないかなぁ……」
「マスター、なんとかなりませんでしょうか?声を出された時、サーシャお嬢様少し、苦しそうになさっておられました」
「うん、ちょっとのどだけみる」

 そうしてサイリールがサーシャに声をかける。

「サーシャ、ちょっとのどをからじっとしていてね」
「?わかったー」

 手のひらから闇をぽこりと生み出すと、そのままサーシャへと飛ばす。
 サーシャはびっくりして目をぎゅっとつむった。
 安心させるように、アソートがサーシャの頭を優しくなでる。

 闇はサーシャの喉へはりつくとそのままじわりと染み込むように消えた。
 しばらくして、また喉からぽこりと沸くとそのままサイリールの手に戻り消える。

「……うん。せいたいがすこしいびつだね。なおせるとおもう。だけど、そのまえにあさごはんだね」

 そう言ってサイリールはクスリと微笑んだ。
 治すのはすぐだが、それでも少し時間がかかるのだ。
 怒られると思っていたのか、サーシャはサイリールの言葉を聞いてびっくりして目を丸くしていた。

 アソートがサーシャの頭を撫でてから、サーシャのお腹が盛大に鳴り始めたのだ。
 それでもサーシャが何も言わないのはきっとこれまでの辛い生活で我侭など言おうものなら叩かれていたからだろう。

「そうだね。サーシャは昨日のお昼以降ずっと寝てたからお腹空いてるよね。気づかなくてごめんね、サーシャ」
「私も気づかず、申し訳ありません。予想しておくべきでした。では、簡単になってしまいますが、すぐ食べれる物をお作り致します。マスター、ファニアお嬢様をお願い致します」
「うん、エル、たのむよ」

 三人の言葉を聞いたサーシャは目を丸くしたままじわりと涙を浮かべていた。
 それもそうだろう、怒られもせずに、叩かれもせずに、ご飯をくれると言うのだ。

 そうして一足先にエルが居間を出て行った。
 サイリールがファニーを、アソートが涙を堪えているサーシャを抱え、食堂へと移動していった。

 サーシャはアソートの肩に顔をうずめてほろほろと涙を零していた。
 声をあげて泣いても誰も怒らないのに、そう思いながらもアソートは静かに泣くサーシャの頭をなでながら歩いた。
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