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第七章 ダンジョン

137 閑話 ウードの一日

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 俺の名前はウード。しがない鍛冶師だ。
 だが、仕事には誇りを持っている。

 朝、目覚めた俺は部屋を出て台所へと向かう。
 部屋をでるとふわりとミソの香りがした。
 いい匂いだな。

 このミソってやつは俺の息子であるルカが作ってくれたものだ。
 家族想いの本当に優しくいい子だ。

 ついこの間、あの子は冒険者のAランクになった。
 Aランクになったというのは本当に誇らしいし、嬉しいのだが、冒険者というのは危険が常にそばにある。
 俺としては心配で仕方ないのだが、あの子が選んだ道だから、俺は応援している。

 できることなら子供たちみんな、真綿にくるんで大事に大事に育てたい。
 だが、それをしてしまえば子供には暗い未来しか生まれない。
 わざわざ危険にさらす必要はないが、外に出して勉強をさせるのは大切なことだ。

 そう分かってはいても、愛しい子供が冒険者をしていると不安で仕方なくなるのはどうしようもないものだ。

「おはよう、マリー、カール、リリー」
「おはよう、ウード」
「おはよう、パパ」
「ぱーぱ」

 愛しい家族の声に俺は笑みを浮かべてしまう。
 笑った顔が怖いと言われるのでできるだけ笑わないようにはしているのだが、どうしても家族の前では自然と笑みが浮かんでしまうのだ。

「ああ、おはよう」

 カールとリリーの頭を撫ぜ、俺は席につく。
 マリーが朝食を配膳し、カールも手伝ってくれている。
 今日の朝ご飯は、ミソ汁と、オムレツとサラダとご飯か。
 焼き魚が好みではあるが、オムレツもおいしいものだ。

「ウード、今日はお魚じゃなくてごめんなさいね」
「いや、マリーの料理はなんでもおいしいから問題ないぞ」

 俺の言葉にマリーは嬉しそうに微笑む。

「ありがとう」

 うむ。今日もマリーは可愛いな。

「パパ、今日も仕事だよね?」

 カールの質問に俺は頷く。

「ああ。そうだぞ」
「見学に行ってもいい?」
「うむ。いいぞ。ただ、ちゃんと長袖を着ていくんだぞ」
「うん」

 鍛冶場では火の粉が舞うので、カールには長袖を着用するように言っておく。

 カールは少し前から俺の鍛冶場を見学するようになった。
 将来鍛冶師になりたいと言ってくれているのだ。

 俺としては別に跡を継いでくれなくてもやりたいことをしてくれればそれでいいのだが、これはこれで嬉しくて仕方なかったりもする。
 もちろんルカが冒険者の道を選んだのも、心配ではあるが、やりたいことをするのが一番なので俺は応援しているし、不満もない。

 ただ、カールが跡を継いでくれるのは嬉しいが、ルカがかつて俺とバルドゥルと仕事をしたときに俺が感じたのは、俺は本当に商売について知らなさすぎるということだ。
 あのときはルカに迷惑をかけたと本当に思っている。
 これまでは気にしていなかったが、あれ以来商売というものは理解しておくのが大事だと痛感している。

 それでも俺の頭は固いのか足りないのか、商売についてはどうしてもうまくついていけない。
 だが、ルカもそうだが、カールも賢く柔軟な考えをしている。
 だから俺は恥を忍んでバルドゥルに頭を下げたのだ。

 本来十歳から仕事なんてするものではないが、カールにはバルドゥルのもとで、三年間勉強をさせてもらうことになっている。
 バルドゥルは俺が頭を下げたときに随分と驚いていたが、カールのことを快く受け入れてくれた。
 あいつとは幼馴染の腐れ縁だが、あいつの人を見る目と商才は信頼している。
 きっとカールはよく学んでくれるだろう。

 仮にそのまま木工の仕事を好きになってそちらを本業にしてくれても俺はかまわない。
 好きなことをしてくれればいいのだ。

 朝食を食べ終えた俺は仕事着に着替え、マリーに声をかける。

「いってくるよ、マリー、リリー」
「いってらっしゃい、ウード、カール」

 マリーに軽くキスをしてリリーの頭を撫でてから家を出る。
 正直このキスをする挨拶は恥ずかしくてたまらないのだが、マリーと結婚したときに俺自身が決めたことだ。
 不器用な俺がマリーへ愛を伝えるために俺自身がこうすることを決めたのだ。
 恥ずかしいが、今後も続けていく。

「さあ行こうか、カール」
「うん」

 カールと連れ立って家を出て、仕事場へと向かう。
 隣を歩く小さなカールを見る。
 線が細く、マリーによく似た、とても綺麗な顔立ちをしている。

 俺の子供たちは俺に似ず、みんなマリーに似ている。
 正直俺はほっとしているのだ。
 俺は昔からこの顔で、別段怒ってもいないのに、怒っているのかと言われたり、喧嘩を売られたりした。
 この顔で苦労はしてきたのだ。
 だから、マリーに似て綺麗な顔の子ばかりで本当に嬉しい。

 とはいえ、別に俺は自身の顔が嫌いなわけでもない。
 マリーに愛されたし、親父にもお袋にも愛された。
 子供たちも最初は泣いたりしたが、今ではそんなこともない。
 分かってくれるやつはわかってくれるし、友人もいる。

 それに嫌なことばかりでもない。
 ある意味で質の悪い相手には笑顔で話せば相手はおとなしくなってくれるしな。

 そうして鍛冶工房につき、店に入ると、受付にエルマーがいた。

「おう」
「あ、おはようございます、親方。坊ちゃん」
「おはようございます! エルマーさん!」

 エルマーは三年前に俺のもとにきた。
 他の街から来たのだが、俺に弟子にしてほしいと何度も頼み込んできたのだ。
 どうやらエルマーは自身の働いていた工房に冒険者が武器の手入れの依頼にきていて、そのときに預かった剣を見て、その剣に心を揺さぶられたのだとか。
 恥ずかしい話だが、俺が打った剣に惚れたのだそうだ。

 最初は断ったが、熱心に頼み込むエルマーに俺が折れた形になる。
 だが、弟子にした限りは俺はきちんと全てを叩きこんでやるつもりだ。

「エルマー、あれはできてるか?」
「はい。昨日仕上げて親方の机に置いてあります」
「おう」

 エルマーは手先が器用というほどでもないが、真面目で言われた通りにする。
 変に自身のプライドをだしていらないことをしない。
 もちろんエルマーにもプライドはあるが、それを表に出すことはない。
 当然、指示通りにするが、疑問に思えば質問をしてくるし、作り終えてから、提案もしてくる。

 だからエルマーはいつかいい職人になると思っている。
 親父の代から右腕として働いてくれているフーゴさんも同じように思っていて、厳しくもエルマーを可愛がっている。

 鍛冶場にはいり、俺の机へと向かう途中でフーゴさんから声がかかる。

「おはよう、親方、カール坊」

 フーゴさんは親父の代からいる職人で、腕は一流だ。
 だが独立はせず、ずっとこの工房にいてくれている。
 俺が若い頃は親父とフーゴさんが俺の師匠だった。
 親父が若くして亡くなってしまったときはフーゴさんに励まされたものだ。
 俺はもう一人の親父だと思っている。

「ああ、おはよう、フーゴさん」
「おはようございます!」
「カール坊、火傷しねぇように気をつけろよ」
「はい!」

 フーゴさんの仕事場を過ぎ、俺の場所へときた。

「さて、それじゃカールはあまり近づきすぎないようにな」
「うん」

 そうして俺は鍛冶仕事に勤しんだ。
 カールは俺の邪魔をすることなく見学し、俺の手が空いた時に色々と質問をしてきた。
 今は依頼された鎧の製作があるのでカールにかまってやれないが、時折練習で打たせてやっている。

 もちろん売り物になんてできないので作ったあとは溶かしてしまうのだが、最初に打った一本だけは記念として俺の机の上に飾ってある。
 とても人に見せられる出来ではないし、歪だが、カールが初めて打ったものだ。
 俺にとってはとても大切な剣である。

 鍛冶場の隅でじっと俺の手元を見るカールに俺は少しだけ笑みを浮かべてしまいそうになる。
 何の職につこうと気にはしないし応援するが、やっぱりこうして俺が誇りをもってやっている仕事に興味を示してくれるとどうしても嬉しくなってしまう。

 カールが俺の仕事を眺め、俺はエルマーに指示を出したりしつつ、夕方になった。

 エルマーやフーゴさんに帰宅を促そうとしたら、エルマーが俺に声をかけてきた。

「親方、閉めるのは俺がやっとくんで、坊ちゃんいるし先に帰ってください」
「む」
「ああ、そうだな。カール坊連れて早く帰れ。俺とエルマーで閉めておくから気にするな」

 エルマーとフーゴさんの気遣いに俺は感謝する。

「む。そうか、すまんな。それじゃ、フーゴさん、エルマー、あとは頼む」
「おうよ」
「はい」
「ありがとうございます。すみません」

 カールがそう言うと、フーゴさんがカールの頭を撫でた。

「いいってことよ。ほれ、早く帰れ」

 カールがペコリと頭を下げて俺の方にきた。

「帰ろうか、カール」
「うん」

 カールと二人、家路へと着く。

「カール、今日はどうだった?」

 俺はカールに今日の見学について尋ねる。

「鎧のつなぎ目部分、パパの技術見ててすごいって思った。僕にもいつか教えて欲しい」
「そうか。カールはいいところを見ているな。まだ教えるには早いが、いつか教えてやる」
「うん!」

 ニッコリ笑うカールを見て俺も笑みを浮かべる。
 素直で手先も器用で、いい子で、賢いカールならきっといい鍛冶師になるだろう。

「ただいま」
「おかえり、父さん」

 む! この声は愛しいもう一人の息子か。

「ルカ、帰ってたのか」
「うん。今日は休みだったからね」

 そう言いながらルカはカールに抱き着いている。
 相変わらず弟と妹が大好きなんだな。
 パパも抱き着いて欲しいものだ。

「そうか」
「兄ちゃんもういいでしょー、放してー」
「むぅ。もう少し抱っこしていたかった……」

 ルカとカールのやり取りに俺は思わず苦笑する。
 本当に可愛い子供たちだ。

「ただいま、マリー」
「おかえりなさい、ウード」

 マリーに軽くキスをしてから俺は仕事着を脱ぐとマリーが手を出して俺の仕事着を受け取った。
 仕事着を受け取ったマリーが子供たちに声をかける。

「ほら、ルカもカールも席につきなさいね」
「うん」
「母さん、俺手伝うよ」
「そう? じゃあママは片付けてくるからよそっておいてくれる?」
「うん」

 俺はそのままリリーを抱き上げてから席につく。
 カールも手伝うよと言ったが、ルカが笑いながら座ってていいと言った。

 食事を終えたところで、ルカから珍しい果物があると言い、取り出した実は緑色をしていた。

「これね、狩りのときに出たんだけど、さっぱりしてるのにすごく濃厚で甘いんだ」
「ほお」
「ミスリル以上でないと剥けないのが難点なんだけどね」

 そう苦笑しながらルカが器用にミスリルの短剣で皮をむいていく。
 皮を剥いた実は黄緑色をしていたが、割ると中は白色をしていた。
 内側は白く、外にいくにつれ黄緑になっていってるようだ。
 まったく味の予想はできないが、ルカが切り分けてくれたので、全員で頂くことにした。

 香りはそんなにしないが、口に含むと、甘い花のような濃密な香りが広がった。
 味は食べたことのない、味だった。
 さっぱりとしていてしつこくないのに、とても濃厚で甘い。

「これは……うまいな……」
「おいしいね!」
「おいちー」
「美味しいわねぇ。ママのほっぺ落ちちゃいそう」
「良かった」

 ルカはそう言うと笑みを浮かべている。
 多分これもとても高い物なのだろうな。
 高い物だとわかっていても、俺はそれを言いはしない。
 ルカが俺たちに食べてほしくて持ってきているのだから、俺たちはそれを食べて感想を伝えることが大事なのだ。

「母さん、何個か冷蔵庫にいれておくからまた食べて。皮はミスリル以上でしか剥けないから、これ置いとくね。でもミスリルはすごくよく切れるから気をつけてね」
「ありがとう、ルカ。気をつけるわ」

 本当にいい子だ。
 ルカはかつて俺たちに、別の世界で死に、俺たちのもとに生まれてきたことを伝えてきたことがある。
 死ぬ前の記憶もハッキリとあり、死ぬ前の両親の記憶もあると。
 この世界にない知識もたくさんあると言っていた。

 俺もマリーも、過去の記憶があろうが、ルカはルカであり、俺たちの愛しい子に変わりはないということを伝えた。
 少しだけ怯えた顔をしていたルカは俺たちの言葉を聞いて、心底ほっとして嬉しそうな顔をしていた。

 ルカがどれだけ怖かったのか、伝えるのに勇気がいったのかと思うと俺は本当に胸が痛くなった。
 俺はルカを抱きしめ、再度、何があってもお前は俺の息子だし、愛しているということを伝えた。
 ルカが涙し、マリーもルカと俺に抱き着き、俺はルカとマリーを抱きしめた。


 マリーと会話しているルカを眺めながらそんなことをふと思い出した。
 思わずルカの頭を撫でる。
 ルカが怪訝な顔でこちらを見た。

「何? 父さん」

 俺は笑みを浮かべて首を振る。

「いや、なんでもない」

 怪訝な顔をしていたが、リリーがルカに抱っこをせがんだおかげでルカはすぐにデレッとした顔になってリリーを抱き上げていた。
 そんなルカに苦笑しつつも、この幸せな光景に俺は心底嬉しくなるのだった。


「それじゃ、俺そろそろ戻るね」

 カールもリリーも眠りについた時間、ルカがそう告げた。

「ああ」
「気を付けてね」
「うん」

 家を出るルカに俺は声をかける。

「ルカ」
「ん?」
「パパたちはいつでもお前の帰りを待っているからな」

 俺の言葉にルカが笑みを浮かべた。

「うん。俺はちゃんと帰ってくるよ」
「ああ。気を付けてな」
「うん。また来るね」

 そう言ってルカは夜道を歩いて行った。
 少しだけそんなルカを見つめてから俺は家の中へと戻る。

 ルカが家にいないということに少しだけ寂しさを覚えるが、巣立ちというものはこういったものだ。
 俺の隣で寂しそうな顔をするマリーの額にキスを落とし、俺とマリーはそのあと少しだけ語らい眠りについた。

 愛する家族を想いながら俺は目を閉じる。
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