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第六章 武器と防具

115 救助

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 翌朝、ベッドから起き上がった俺は欠伸をしつつ備え付けの小さな洗面で顔を洗い髪を整えた。

「よし」

 一つ声をあげてから部屋内を見回す。
 一応何も置いてはいないはずだが、確認だ。
 回収し忘れているものはないので俺は部屋を出て階下へと下りる。

 まだみんなきていないようで、俺はいつもの席についた。
 しばらくしてフィーネとエルナがやってくる。

「おはよう、フィーネ、エルナ」
「おはよう、ルカ」
「おはようございます、ルカさん」

 挨拶をしてからフィーネたちは席につき、軽く雑談をする。
 少ししたらミハエルもやってきたので全員で食事をとった。

 食事を終え、冒険者ギルドへと向かう。
 ギルドで馬車を借りる手続きをし、ギルド所有の馬車が置いてある、馬車管理所へと向かった。
 北門の近くに馬車管理所があり、そこに馬車があるらしい。

 ギルド所有の馬車を借りるには大銀貨一枚と銀貨三枚が必要だが、きちんと返却すれば大銀貨一枚は返却される。
 馬車を破損させたり返却しなかった場合は大銀貨一枚はもちろん戻ってこないけど。

 馬車管理所についた俺は、管理所にいる人にギルドの札を渡し、馬車の用意をしてもらう。

「お待たせしました」

 管理所の職員の人が馬車を持ってきてくれたので俺は馬の手綱を受け取る。

「ありがとうございます」

 いつものごとく俺とミハエルは御者台へ、フィーネたちは馬車内へと移動し、出発した。

 フィーネたちも御者をすると言い、俺たちは別に苦ではないし、女の子が御者をするとあまりよい事態にはならないので別に御者は任せてくれてかまわないといったのだが、どうやらこれまではギルドマスターの命令もあり手出しはしなかったけど心苦しかったのだと言われてしまった。

 確かに俺もフィーネたちの立場だと心苦しくは思う。
 ただ、女の子だけで御者はあまりよくないので、基本は俺かミハエルとのペアですることにした。
 とはいえ、それも次の交代時間から、である。

 最初は俺とミハエルだけでいく予定だ。
 さすがに人目の多い場所で女の子が御者をしているのを見られると、ないとは思うがよこしまな感情に支配されたバカが出ないとも限らないからだ。

 ミハエルの操作で馬車は南門に向けて移動し、南門を出てからは道なりに馬車を進めた。

「そういやルカ」
「ん?」
「道わかんのか?」
「ああ、一応な。ギルドマスターに地図を見せてもらってクレンベルまでの道の地図は作ってある」
「そうか」
「ほら、これ。まぁほぼ分かれ道はない感じだな」

 そう言って俺は簡易地図をミハエルに渡した。
 ミハエルは手綱を持ったまま地図に視線を落とす。

「ほんとだな。ほとんど大きい道なりか。途中のゾルタウの街で分かれ道があるくらいか」
「ああ、わかりやすくていいよ」
「だな」

 ミハエルから地図を受け取り、アイテムボックスに放り込む。
 道のりについては道中に他の村や町への細い道はあるものの、俺たちが進む道は幅の広い大きい街道だけなので迷子になることもない。

 昼になり、見晴らしのいい場所があったので一旦馬車を止めてから中へ声をかける。

「見晴らしのいい場所があったから昼にしようか」
「わかったわ」
「はいです」

 声を確認してから馬車を道から少しはずれさせる。
 馬車を停めてから厚めの布を敷きそれぞれ座り、予め購入してあった食べ物を取り出して食事を開始した。

「ねぇルカ」

 フィーネの問いかけに俺は目を向ける。

「ん?」
「昼からは私が御者席に行ってもいいかしら?」
「ああ、そうだな。じゃあミハエルは馬車内にいくか? ずっと操作してたし」
「あーそうだな。んじゃ俺と交代にすっか」
「ええ、ありがとう」

 フィーネが御者席にくることが決まったあとはいつも通りの雑談をしつつ食後休憩をしてから再び馬車に乗りこんだ。

「大丈夫か? フィーネ」
「ええ。結構狭いのね、御者席って」
「はは。そうだな。男二人だと体がでかい分余計に狭いよ。女の子だと結構余裕ができるな」

 そう言いはしたものの、フィーネとの距離は近い。
 一旦道に出てから馬車を止める。

「それじゃさっきもう馬車操作術はかけてあるから、フィーネが操作してみるといいよ」
「ええ、初めてだから少し緊張するわね」

 そう言いながらもフィーネは馬の手綱を打ち、それを合図に馬が足を進めはじめる。

「何をどうやっているのか分からないけど、自然と動かせるわね」
「そのうち慣れれば魔法なしでもなんとなくできるようになるさ」
「今回の旅で少しは慣れれるといいのだけれど」
「慣れるさ、フィーネは器用だから」
「そうね、頑張るわ」

 今日の野営場所へ着くまでの間、本来ミハエルとなら朝と昼からで交代する程度だが、フィーネはまだ慣れていないので二時間くらいで交代しつつ進むことになった。
 明日の朝からはミハエルとエルナが御者席にいくことになる。


 シュルプの街を出て五日後、少し見通しの悪い森の中の街道に差し掛かったとき、遠くから剣戟けんげきの音が聞こえてきた。
 俺はエルナに馬車を止めるように伝え、中に声をかける。

「ミハエル、ちょっといいか」
「なんだ?」
「奥から剣戟の音がする。悪いが一緒にきてくれ」
「おう」

 そう言うとミハエルは馬車を降りる。

「フィーネ、悪いがここでエルナと馬車の護衛を頼めるか?」
「わかったわ」

 フィーネの返事を聞いてエルナを見る。

「エルナも、ここでフィーネと馬車の護衛を頼む」
「はいです」

 真剣な顔で頷くエルナを見てから御者席を降り、ミハエルと共に音のする方へ向けて走り出した。
 剣戟と怒声が大きくなってきたので様子を見る為に速度を落とす。

「こりゃ山賊か?」
「声を聞く限りはそうだな。少し急ぐか、あとは向こうについたら状況判断で」
「おう」

 俺とミハエルは落としていた速度を上げ、剣を抜く。
 山賊とはいえ人間だ。しかし状況によっては殺すことになるだろう。

 すぐに現場についたが、かなり濃厚な血の臭いがする。
 これはかなりの人数の怪我人か死者が出ているかもしれない。

 馬車を囲うようにかなりの人数――大体、二十人近くだろうか――がいる。
 囲っている人間は全員が粗末な身なりに汚れた皮防具などとあまり磨かれていない剣をもっている。

「あとはそいつだけだ!」
「女は置いとけよ! 傷つけんな!」

 山賊と思われる男の下卑た声が聞こえてくる。
 しかし急がねばならないな、「あとはそいつだけ」ということは戦える人物があと一人しかいないということだ。
 ミハエルもそれには気づいているだろう。
 これは気絶させている場合ではないな。
 俺は一人で踏ん張っているであろう人物に聞こえるように声をあげる。

「踏ん張れ! 助太刀するぞ!」

 俺の声に山賊たちの意識がこちらを向く。
 俺は一番近くにいた山賊を切りつけながら、バレットを他の山賊に撃ち込む。

「ぎゃ!」
「ぐあ!」

 一人は袈裟切りにし、もう一人はバレットによって胸をつらくぬ。
 少し離れた場所でも山賊の叫び声や悲鳴が響いているのでミハエルが暴れているのだろう。
 そうして数分もしないうちに山賊から撤退の声が響いた。

「なんだこのガキども! 化け物か!」
「ひいい」
「逃げるぞ!」

 数名がバラバラと走って逃げだしたが、深追いはせず、踏ん張ってる一人の救助を優先して残りを殺していく。

「ギャア!」

 切りつけた山賊がドサリと倒れ込んだ。
 その向こう側には剣を地面に突き刺し、膝をついた血まみれの男がいた。
 かつてゾンビから出た高級回復薬を取り出し、男に差し出す。

「大丈夫ですか。これは高級回復薬です、使って下さい」
「ハァハァ、す、すまない。俺の、俺の仲間も助けて、やって、くれないか……」

 男は回復薬を受け取ると半分飲み、半分は傷の大きい部分にかけた。

「ええ、あなたはそこで休んでいてください。見てきます」

 そう言ってから周囲を見渡す。

「ルカ! こっちだ!」

 ミハエルの声にそちらに走る。
 そこには倒れている男がいた。
 しかしあちこちに深手を負っていて出血がひどく、虫の息だった。

 俺はすぐさまに彼にハイヒールをかける。
 出血は止まり、深い傷も治った。
 息も落ち着いたので、これなら助かるだろう。
 とはいえ、しばらくは目覚めないであろうが。

 俺が治療してる間、ミハエルは他に生きてる人物はいないか探したが、息をしていたのは他にいなかったようだ。
 とりあえず状態の落ち着いている男はそのままに、最初に薬を手渡した男のもとへ行く。

「一人は助けられましたが、他は……」
「そう、か……。いや、ありがとう。助かった」

 そう言うと男はなんとか立ち上がり、馬車の扉をノックした。

「キストラーさん、もう大丈夫です。助けがきてくれました」

 男が馬車内に声をかけると、ゆっくりと扉が開き、ふくよかな体型をした男性が姿をみせた。

「他の者は?」

 キストラーと呼ばれた男性の言葉に、男は首を振る。

「一人は助かったようです、しかし他のやつらは……」

 その言葉を聞いたキストラーと呼ばれた男は沈痛な面持ちになった。

「そうか……」

 一応リザレクションは試みてみたのだが、死んでから五分以上が経っていたらしく誰も生き返らなかったのだ。

「キストラーさん、仲間の死体を埋めるお時間を頂いてもいいですか?」
「もちろんだ。私も手伝おう」
「いえ、雇い主にそのようなことはさせられませんから」
「しかし、君は怪我をしているだろう?」

 キストラーの言葉に男が言葉を詰まらせたので俺が申し出る。

「それなら俺たちが手伝いますよ」

 その声でやっと俺に気づいたようで、キストラーがこちらをみて驚いた顔をした。

「君たちは?」
「ああ、すみません、申し遅れました。俺たちはBランク冒険者で、俺はルカ、こっちはミハエルです。」

 そう言ってミスリルの冒険者タグを見せる。
 それを見たキストラーも、男も驚いた顔をした。

「君たちはBランクなのか! その若さで!?」
「すごいな……」

 少し返答に困りつつも頷きつつ、彼に声をかける。

「あなたの仲間を埋葬する手伝いをしますよ」
「そう、か。すまない、ありがとう」

 そう言うと彼は深く頭を下げた。

 その後、彼らの仲間三名のための墓穴を掘り、彼らの遺体を丁寧に布で巻いて埋葬した。
 彼はしばらく墓の前で仲間三名の青銅のタグを握りしめ涙していた。

 彼らはEランクの冒険者で、この依頼完了後にDランクになれる予定だったそうだ。
 しかしこの見通しの悪い森の街道を進んでいたときに、前後を総勢四十名ほどの山賊に囲まれ、なんとか凌いでいたがさすがに数には勝てず、一人、また一人と倒れていき、もうだめかと思ったところで俺たちが現れたらしい。
 俺たちが加勢したときには山賊は二十名ほどしかいなかったので四十名相手に彼らはかなり粘ったようだ。

 墓の前で涙する彼をそっとしておき、俺は山賊の死体を一ヶ所にまとめ始める。

「ミハエル、フィーネたちをこっちまで連れてきてくれるか?」
「ああ、そうだな。ちょっと行ってくる」
「頼んだ」

 俺は山賊の死体を一ヶ所に集め終え、それを埋めてしまうための穴を掘り始めた。
 放置していると死体が腐敗したり動物に食い荒らされたり、モンスターが臭いに誘われてやってきたりしてしまう。
 病気のもとにもなるのでこういった死体は放置するのはよくないのだ。

 山賊には何も思わないが、彼の仲間の遺体はやはり辛いものがある。
 彼が声を押し殺して涙する姿はとても胸にきた。
 助けてあげられなかったことが辛い。
 もう少し早くきていればと考えてしまう。

「ルカ、思い詰めんなよ。どうしようもねぇこともある」

 いつのまにか戻ってきていたミハエルの声にハッとする。

「そう、そうだな。すまん」

 ミハエルが俺の返事に肩を軽く叩き、同じように穴掘りをはじめる。
 二十分もすれば山賊の死体を全部いれれそうな穴が完成した。
 死体を放り込み、埋めてしまう。

 なんというか、やはり死体というものは慣れない。
 ダンジョンでばかり狩りをしているせいかもしれない。
 ダンジョンではモンスターの死体は煙となって消えるからな。

 しかし自分でも驚くが、山賊とはいえ人を切り捨てたことにそれほどの苦痛を感じていない。
 これが『慣れ』なのだろうか。
 あまり慣れたくはないものだが、この世界はそういう世界だ、割り切っていかねばならないだろう。
 それでも例え山賊だったとしても、この手で人を切り殺したという罪はしっかり背負っていこう。


 死体を埋め終えてから馬車の方に戻ると、彼、フリッツさんがいた。
 俺を見て声をかけてくる。

「すまないな、ルカ君。死体埋めを任せてしまって」
「いえ、構いませんよ。まだ傷が治りきっていませんしね。それでやはり馬車はダメそうですか?」
「ああ、車輪が完全に壊れてしまっていて無理そうだ」
「そうですか、俺たちの馬車に乗っていきますか?あまり綺麗ではありませんが」
「それはありがたいが……キストラーさん、どうされますか?」

 フリッツさんの言葉に、キストラーさんは少し考え、すぐに返事をした。

「申し訳ないがお願いできるだろうか? 私の娘も一緒にいるのだが、娘はあまり体が丈夫ではないのだ。あまり長距離を歩く体力はない。それに彼も、彼の仲間も傷つき長距離歩かせることはできん。謝礼はするのでいいだろうか?」
「いえ、謝礼はいいですよ。困ったときはお互い様です。俺とミハエルはそちらの馬車の馬に乗りますので、皆さんは馬車に乗って下さい。フィーネ、エルナは御者をお願いしていいか?」
「ええ、大丈夫よ」
「はいです」

 話がまとまったところで壊れた馬車に繋がれたままの馬をはずしにいく。
 ――ちなみにこの世界の馬車に繋がれた馬には普通に鞍もつけられている。何かあったときに馬をはずして馬にすぐ乗れるようにするためだ。

「俺馬なんて乗れねぇぞ?」

 ミハエルがそう言うので俺も真剣な顔で頷く。

「俺も無理だ。乗ったことはない。魔法作るから馬はずしといてくれ」
「おまえ……」

 呆れたように笑うミハエルから視線をはずしつつ、俺は魔法を創る。
 まぁ単純に騎乗操作でいいだろう。
 俺は魔法を創り、ミハエルと俺にかけた。

「ま、これで大丈夫だと思うぞ。多分な」
「はぁ。まぁ馬車の操作もできたしな。信用してるさ」

 そう言うとミハエルは馬の鐙に足をかけひらりと馬に乗った。
 それを見てから俺も馬に乗る。
 便利なもので、多分問題なく動かせるというのがなんとなくわかる。

 馬を操り馬車のそばまでいき、一旦馬から降りて声をかける。

「大丈夫ですか?」
「ああ。ルカ君。もうキストラーさんの荷物も移動は終わったから大丈夫だ。すまないな」
「いいえ、彼の傷はほとんど癒えていますが、重症を負っていたのでフリッツさんも馬車内でゆっくりしてください」
「ああ、そうさせてもらうよ。今の俺じゃ御者もまともにできそうにないしな。本当にありがとう。あいつだけでも助かって良かった」

 少しだけ寂しそうな笑みを浮かべ、フリッツさんは馬車の後ろへと回っていった。
 もっと早くきていればと思いはするが、仕方なかったことだ。
 どうにもできないことはある。

 彼らの遺体が眠る墓の方を見て、俺は少しだけ目を閉じ、彼らの冥福を祈った。
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