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第六章 武器と防具
100 レオンとミハエルの戦い(後編)
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ギルドマスターが手を振り下ろし、開始の合図と共にレオンとミハエルの戦いが始まった。
まずは小手調べというところだろうが、さすがに大剣と剣ではパワー差がありすぎる。
力の押し合いはせずにミハエルは流して攻撃に移る。
本来なら重い大剣より普通の剣の方が速度は速いはずなのだが、さすがというべきか。
レオンはミハエルの攻撃速度に余裕でついてくるし、まだ笑みを浮かべたままだ。
完全に攻撃をさせてやっている、という状態だ。
ミハエルもそれには気づいているようだが、普通に攻撃を続けている。
あれはきっとレオンが焦れて攻撃をしはじめるのを待っているのだろう。
そんな打ち合いが十分ほども続いたところで、レオンの大剣の動きが変わった。
これまでは防御に重点を置いた打ち合いをしていたが、攻勢に出たのだ。
途端にミハエルは追い込まれはじめる。
これ程までに差があるのかと悔しい反面、俺ならどうするかと考えてしまう。
だが、ミハエルはまだフィーネから学んだあの剣の誘導を使っていない。
使えばきっとすぐにレオンも吸収してくる。
だからあれは決めるときに使うべき技だ。
レオンの笑みは深みを増し、今はもう獰猛な獣のように歯をむき出している。
ただレオンもまだ本気ではない、そう思える。
それでいい。
レオンが余裕を持っている間にミハエルはレオンの攻撃方法や速度に慣れることができる。
そこから十数分、絶え間ない打ち合いが続く。
剣と大剣がぶつかれば火花が散るほどだ。
いつの間にか、レオンだけじゃなくミハエルも笑みを浮かべている。
その顔は楽しいという言葉をありありと表現していた。
そして、時間をかけたおかげで、ミハエルはレオンの速度と動き、攻撃の仕方を吸収した。
今はレオンの速度に追い付き、反撃している。
レオンが打ち合いながら声を出す。
「ああ! 楽しいなぁ! おい!」
「うるせぇ! クソ野郎!」
「ははは! 言うじゃねぇか! クソガキ!」
「はっ! おっさんは大人しく負けてろよ!」
「負けてやれるかよ! 俺はルカとやるんだからな!」
やはり二人は似ている。
ここでレオンがさらに段階をあげた。
俺が見てわかるほどに速度があがったのだ。
まだこんなに余裕を残しているのか。
俺がそんなことを考えていると、エアハルトさんがぽつりと呟いた。
「すごいね、ミハエル君。レオンの動きについていけている。あんなに楽しそうなレオンは本当に久しぶりにみたよ」
「そうですか。ミハエルもそうですね。でも、ミハエルはまだまだ伸びますよ」
「レオンだってまだ伸びるさ」
俺もエアハルトさんも、メンバーをひたすらに信頼している。
俺はミハエルが負けるとは思っていないし、彼もレオンが負けるなんて思っていない。
だけど、レオンはまだ余裕を残している。
本気でミハエルを倒すなら、速攻で潰さないと慣れ始める。
それはレオンも同じではあるが、なんだろう、レオンはわざと段階を踏んでいる気がする。
レオンはミハエルがついてこれるギリギリの力で相対しているのだ。
それはまるで、ミハエルを成長させて俺と遊べと言っているように見える。
いや、きっとそうなのだろう。
エアハルトさんの言葉からは、レオンが満足した戦いをずっとしてきていないというのがわかる。
だからレオンは自分が全力を出せるようにミハエルの成長を促している。
俺とやりたいのも本音なのだろうが、それよりも今目の前で自分についてきて、そして合わせてくるミハエルとやるのが楽しくて仕方ないのだろう。
証拠、というほどでもないが、ミハエルが押し込まれ過ぎると、レオンはスッと身を引いている。
「そろそろ倒れろよ! クソガキ!」
「ふざけんな! お前をぶち倒してやるよ!」
「やってみろ!」
二人の舌戦もただのじゃれ合いになってきている。
ミハエルはきっと気づいていないだろう、子供のように楽しそうな笑みを自分が浮かべていることを。
そしてまた一段階レオンの動きが上がった。
これは、本当にレオンはSランク相当だな。
AランクとSランクの差はかなり広いようだ……。
「これがSランクの力だよ、ルカ君」
「そうですね、予想以上でした」
「レオンはね、一人ならSランクになれるんだ。私も、他のやつも、レオンにソロを勧めたこともある。私たちではレオンの足手まといにしかならないから」
「そうですか、でも一人Sになったところで、意味はありませんよ」
「はは、うん。そうだね。レオンにも似たことを言われたよ。『お前らなしでSランクになっても何の意味もねぇ』って。すごく嬉しかったけど、同時に、すごく情けなかった。どれだけ努力しても、私たちはSランクにたどりつけない。それはレオンの足をずっと引っ張り続けることになるんだ」
「エアハルトさん、Sランクになるのは冒険者の夢ではあります。ありますが、仲間と強くなっていくというのが大事なんです。ランクだけを目指すならレオンさんは最初からパーティーなんて組みませんよ」
「はは。そう、なんだろうね。年下の君に諭されるなんてね。……私たちはまだ強くなれるのかな」
「なれますよ。なろうと思えば、努力をすれば、戦い続ければ、いつかなれます。限界を決めるのはいつだって自分自身ですよ」
だってこの世界には見れないけれど、魔法のスキルに見えない経験値があるのだから。
「ただ、レオンさんは少しだけみんなより飛びぬけていただけです。あなた方だって、今も成長し続けているはずです。でなければAランクにまでなれませんよ。いつかきっとSランクに手が届くはずです」
「そうだね……。うん、ありがとう、ルカ君。これまで以上に私は努力をするよ」
「はい」
そこまで話したところで一際大きな音がした。
俺もエアハルトさんも口を噤んで二人の戦いに集中する。
ミハエルとレオンはどちらも獰猛な笑みを浮かべたまま、剣と大剣をぶつけ合っていた。
どうしてもパワーでは負けるのですぐにミハエルが離れる。
ただ、この試合もそろそろ終わりを迎えているようだ。
レオンは最初とあまり変わっていないが、ミハエルは肩で息をしはじめている。
もうそろそろ限界に近いだろう。
レオンは最初から実力を制限して小出しにしているだけだが、ミハエルは最初から全力で、そのうえでレオンの実力にずっと追いすがっているのだ。
体力と精神力の消耗でいえばどうしてもミハエルの方が早くくる。
それでも、レオンにだって疲れは蓄積しているはずだ。
時折大きく息をついているのだから。
ミハエルが勝負に出た。
そろそろ体力的な限界を感じたのだろう。
レオンもそれを悟ったのか、笑みを浮かべたままではあるが、目に鋭さが宿る。
ミハエルが切りかかり、レオンがそれを受ける。
レオンが返す手で切りかかり、ミハエルがそれを逸らす。
そこまではこれまでと同じだ。
だけど、その逸らし方は、フィーネとの戦いで学んだ、誘導する逸らし方だ。
レオンはすぐに切りかかろうとして己の大剣の刃先があらぬ方向を向いていることに気づき、一瞬止まった。
そこにミハエルが打ち込む。
だけどさすがレオンというところか。
強引に大剣を動かし、ミハエルの剣を受け止め、そして力押ではじいた。
「くそが……」
「今のはびびったな。なんだよ、今の」
「教えねぇよ」
「そうかよ」
そこでレオンもミハエルも剣を納めた。
ミハエルは大きく息をつき、こちらを見た。
「すまん! ルカ! 負けたわ!」
俺は笑みを浮かべて言った。
「気にするな!」
二人ともこちらへ歩いてきながら会話している。
「あー疲れた。お前、力小出しにしてんじゃねぇよ」
「最初から全力でいったら楽しめねぇだろうが。おかげでお前強くなっただろうが」
「チッ」
「ははは! またやろうぜ、ミハエル」
「やなこった。レオンとやるとしんどいんだよ」
どうやら殴り合って友人になったようだ。
二人は塀を軽々と乗り越えてこちらへきた。
「すまねぇな、ルカ」
「別にかまわないさ。ミハエルが成長できたなら、それが俺たちにとって一番の収穫だし」
「まぁ、気に食わねぇが、それは事実だな」
「お疲れ様、レオン。楽しかったかい?」
「おう! ひっさびさに楽しかったな! またやりてぇな!」
「そうか。それは良かった」
俺とミハエル、エアハルトさんとレオンが会話していると、ギルドマスターから声がかかった。
「んで、レオン。お前満足せずにルカともやるのか?」
「当然だろ! ミハエルに勝てたらルカとやれんだろ? つっても今日は無理だけどよ」
子供のように笑みを浮かべて俺を見るレオンに苦笑しつつ答える。
「ええ、そういう約束ですからね。でも、俺は剣の腕はミハエルに遠く及びませんよ。俺は魔法使いですから」
「あーそうなんだけどよー。なんか、ルカは気になんだよなぁ。俺が全力だしてもいけんじゃねぇかなって思うわけよ。いけんだろ?」
「いやいや、なんの期待を俺にかけてるんですか。無理ですよ。」
俺がそう言ったところでミハエルが口を挟む。
「ルカ、いいんじゃねぇか? レオンならいいと思うぜ」
ミハエルの声に、レオンは首を傾げた。
「んあ? なんだよ?」
俺は少し考え込む。
多分大丈夫だとは思うし、レオンもエアハルトさんも信用はできそうだ。
だけどなんていうか、今後もことあるごとにやろうぜと言ってきそうな気がしなくともない。
でもまぁ、それも楽しいかもしれない。
なんならエアハルトさんに魔法を教えるのもいいかもしれないし。
「そうだな、いいかもしれないな」
「何かな?」
エアハルトさんの疑問の声に、俺はエアハルトさんとレオンを見てから話し始めた。
「まず最初にこれから話す話を聞くなら、とある命をかけた契約をしてもらうことになります。俺が全力でやるにあたって必ず必要なことです。それを受け入れてくれるなら話すことが可能です」
今回は記憶消去は誓約魔法についての説明の時以外は選択にいれない。
もしこの二人に秘密を話すなら、今後も付き合っていきたいからだ。
俺の話を聞いたレオンが言う。
「エアハルト、お前は聞かずに帰れ。俺の我儘で命かけさせるわけにゃいかねぇ」
レオンの言葉にエアハルトさんは笑みを浮かべた。
「はは。今更だろう、レオン。お前の我儘で私たちが死にかけたことなど山とある。それに、レオンにだけ命を懸けさせて私は安全地帯にいるなどお断りだよ」
「エアハルト……」
「だからいいよ、ルカ君。私も命を懸けよう。私はレオンの仲間だからね」
エアハルトさんの言葉に俺は笑みを浮かべる。
いい仲間だ。
「分かりました。レオンさんいいですね?」
「ああ。エアハルトはこう見えて、頑固だからな。言い出したら聞きゃしねぇ。それよりルカ」
「なんです?」
「お前その敬語とかさん付けやめろよ。全然心こもってねぇのわかってんだよ」
そう言ってレオンが苦笑した。
いや確かにレオンにはとりあえず使ってるだけではあるが、エアハルトさんには普通なんだよな。
俺がそう考えるとまるで俺の心を読んだかのようにレオンが言った。
「あ、お前、俺にだけだな?」
「わかるか?」
「可愛くねーなー! でもまぁいい。俺もそんな敬語だなんだで話されるよりゃいい」
「私も普通でかまわないよ」
「いや、エアハルトさんには普通に……。レオンとは違うので」
そう言うとレオンは口を尖らせて不満を述べ、エアハルトさんは苦笑した。
「うん、そうだね。私はレオンとは違うからね」
「あーなんだよ、エアハルトまで」
「はは、仕方ないだろ」
「くっそ。まぁいい。そんでルカ、話せよ。俺もエアハルトも命懸けてやるよ」
そう言ってレオンは二ッと笑った。
ああ、本当にミハエルとよく似ている。
だからだろうか、こんなにすぐ心を許してしまいそうになるのは。
「じゃあ、もう後には引き返せないぞ?」
「ああ、問題ねぇ」
「わかった。これから俺がかけるのは、誓約魔法というものだ」
俺の言葉にエアハルトさんが疑問の声をあげる。
「誓約魔法?」
「はい、誓約魔法です。誓約魔法は文字通り、誓約をしてもらう魔法になります。俺の秘密に関して、いかなる手段を用いても、他人に伝えようとした場合、誓約の鎖が一度目は警告を、二度目は鎖が心臓を締め上げ、死に至ります」
「ほーん? それを受ければいいってことか?」
「そうだな、もしもだが、この話を聞いてそこまでは無理だというなら、記憶消去をかけてもいい。この話自体を忘れてもらう。どうする?」
「私はかまわないよ。受けよう。ちなみに、ルカ君とルカ君の能力について話す分には問題ないのかい?」
「ええ、俺や俺のパーティメンバー、ギルドマスターには問題ありません。それとエアハルトさんとレオンが話す分に関しても。ただ、他人に意図せずとも俺の秘密を洩らせばそれは警告を発すると思います」
「ふむ、なら会話は十分気を付けよう。だけど、そうだな。明日メンバーを連れてきて誓約魔法をしてもらうのはかまわないかい?」
エアハルトさんの言葉にレオンが驚いて声をかける。
「おいおい、エアハルト、何言ってんだよ」
「レオン、あいつらも受けておいた方がいい。それに、明日お前とルカ君は戦うのだろう?」
「そのつもりだが……」
「正直、今日のミハエル君とレオンの戦いもあいつらに見せるべきだった。とてももったいなかったよ。明日、お前が全力でルカ君とやり合うなら、絶対にあいつらも見るべきだ。私は今日、ミハエル君とレオンの戦いを見て心が奮い立った。明日お前が全力でやるというなら、どんな戦いなのか、私は今から胸が躍っているんだ。ああなりたい、強くなりたい、レオンの隣に立ちたい。そう思えたんだ。あいつらも見るべきだ」
「でも、命懸けんだぞ……」
「レオン、そんなもの私たちはずっと命を懸けているんだよ。レオンの隣に立ちたいと思ってお前とパーティを組んだあの日から。だから問題はないんだ。それに、さっきルカ君も言っただろ?誓約魔法を受けるのが嫌なら記憶消去をしてくれるって。あいつらはみんな誓約魔法を受け入れると思うけど、選択肢はあるんだ」
「でも……」
「レオン、お前の悪い癖だ。仲間を心配しすぎるな、守り過ぎるな。私たちはお前の隣に立ちたいんだ」
エアハルトさんの言葉に俺も気持ちが揺さぶられる。
本当にいい仲間だ。
レオンは一つ大きく溜め息をつくと、エアハルトさんの意見を受け入れた。
そのあと、俺はエアハルトさんとレオンに誓約魔法をかけ、俺の秘密を話した。
――魔法の種類についてはレオンとの戦闘があるので教えなかったけども。
エアハルトさんには以前鑑定をしてしまったことを謝罪した。
詳しく聞かれたのでエアハルトさんのパッシブ魔法について話したところ、なるほどと納得していた。
そこでレオンが俺も鑑定してくれよ、というのでしたのだが……。
「すごいな」
そう言葉を漏らすだけのパッシブ魔法だった。
これまで一つしか見たことなかったのに、レオンには二つあったのだ。
---------------------
レオン・ヴォイルシュ(23)
人間:男性
平民
称号:Aランク(伯爵相当)
状態:健康(軽度の疲労状態)
パッシブ魔法-
大剣操作・大
反応速度・中
---------------------
パッシブ魔法について伝えたところ、レオンは『へー』としか反応しなかったが、これがレオンがSランク相当たる所以だろう。
だけど、レオンとミハエルが違うのは、レオンはあくまでも大剣操作で、ミハエルは剣術強化なのだ。
この違いはきっと大きい。
俺はその後、エアハルトさんと共に広場に下りて、エアハルトさんに中級魔法であるバレットについて教え、試させた。
エルナも使えたのできっと彼も使えるはずだ。
エルナよりも時間はかかったが、エアハルトさんも無事バレット系を習得することができた。
時間がかかったのは、固定概念のせいだろう。
エルナはこれまで魔法をほとんど知らず、教えたのが俺だった。
だから、エルナは俺が撃てる魔法は普通にあるものだと考えているので自分も撃てると認識している。
もちろん無理な魔法もありはするけども。
でも、エアハルトさんはこの世界の魔法というものをすでに知っている。
だから固定概念があって、その域から抜け出せなかったのだ。
ただそれでも、俺がバレット魔法について教え、どういう仕組みか、そしてこの世界ではイメージ力が魔法に反映されるのだということを教えた。
時間はかかりはしたが、無事習得し、俺はエアハルトさんにとても感謝された。
とはいえ、彼の魔力量であればこれが限界だろう。
残念ながら、ジャベリンを何度も撃てるほどの魔力量はないはずだ。
それでも切り札としてバレットに慣れたころに教えようとそう思う。
「うん、命を懸けるに値するものだね。ありがとう、ルカ君。これで私は一歩レオンの隣に近づけたよ。とはいえ、まだまだ練習は必要そうだけどね」
エアハルトさんが撃ちだしたアースバレットは一定の場所に刺さらず、あちこちに突き刺さっている。
「きっとエアハルトさんならすぐに慣れますよ」
「うん、ありがとう、頑張るよ」
こうして俺たちは闘技場をあとにした。
この闘技場は念のため二日間借りてあったので明日は俺とレオンが戦うことになる。
闘技場の出口でレオンたちと別れ、俺たちは宿屋へと足を向けた。
明日、どこまでレオンと戦うことができるか。
俺も全力を出してレオンと相対することになる。
まずは小手調べというところだろうが、さすがに大剣と剣ではパワー差がありすぎる。
力の押し合いはせずにミハエルは流して攻撃に移る。
本来なら重い大剣より普通の剣の方が速度は速いはずなのだが、さすがというべきか。
レオンはミハエルの攻撃速度に余裕でついてくるし、まだ笑みを浮かべたままだ。
完全に攻撃をさせてやっている、という状態だ。
ミハエルもそれには気づいているようだが、普通に攻撃を続けている。
あれはきっとレオンが焦れて攻撃をしはじめるのを待っているのだろう。
そんな打ち合いが十分ほども続いたところで、レオンの大剣の動きが変わった。
これまでは防御に重点を置いた打ち合いをしていたが、攻勢に出たのだ。
途端にミハエルは追い込まれはじめる。
これ程までに差があるのかと悔しい反面、俺ならどうするかと考えてしまう。
だが、ミハエルはまだフィーネから学んだあの剣の誘導を使っていない。
使えばきっとすぐにレオンも吸収してくる。
だからあれは決めるときに使うべき技だ。
レオンの笑みは深みを増し、今はもう獰猛な獣のように歯をむき出している。
ただレオンもまだ本気ではない、そう思える。
それでいい。
レオンが余裕を持っている間にミハエルはレオンの攻撃方法や速度に慣れることができる。
そこから十数分、絶え間ない打ち合いが続く。
剣と大剣がぶつかれば火花が散るほどだ。
いつの間にか、レオンだけじゃなくミハエルも笑みを浮かべている。
その顔は楽しいという言葉をありありと表現していた。
そして、時間をかけたおかげで、ミハエルはレオンの速度と動き、攻撃の仕方を吸収した。
今はレオンの速度に追い付き、反撃している。
レオンが打ち合いながら声を出す。
「ああ! 楽しいなぁ! おい!」
「うるせぇ! クソ野郎!」
「ははは! 言うじゃねぇか! クソガキ!」
「はっ! おっさんは大人しく負けてろよ!」
「負けてやれるかよ! 俺はルカとやるんだからな!」
やはり二人は似ている。
ここでレオンがさらに段階をあげた。
俺が見てわかるほどに速度があがったのだ。
まだこんなに余裕を残しているのか。
俺がそんなことを考えていると、エアハルトさんがぽつりと呟いた。
「すごいね、ミハエル君。レオンの動きについていけている。あんなに楽しそうなレオンは本当に久しぶりにみたよ」
「そうですか。ミハエルもそうですね。でも、ミハエルはまだまだ伸びますよ」
「レオンだってまだ伸びるさ」
俺もエアハルトさんも、メンバーをひたすらに信頼している。
俺はミハエルが負けるとは思っていないし、彼もレオンが負けるなんて思っていない。
だけど、レオンはまだ余裕を残している。
本気でミハエルを倒すなら、速攻で潰さないと慣れ始める。
それはレオンも同じではあるが、なんだろう、レオンはわざと段階を踏んでいる気がする。
レオンはミハエルがついてこれるギリギリの力で相対しているのだ。
それはまるで、ミハエルを成長させて俺と遊べと言っているように見える。
いや、きっとそうなのだろう。
エアハルトさんの言葉からは、レオンが満足した戦いをずっとしてきていないというのがわかる。
だからレオンは自分が全力を出せるようにミハエルの成長を促している。
俺とやりたいのも本音なのだろうが、それよりも今目の前で自分についてきて、そして合わせてくるミハエルとやるのが楽しくて仕方ないのだろう。
証拠、というほどでもないが、ミハエルが押し込まれ過ぎると、レオンはスッと身を引いている。
「そろそろ倒れろよ! クソガキ!」
「ふざけんな! お前をぶち倒してやるよ!」
「やってみろ!」
二人の舌戦もただのじゃれ合いになってきている。
ミハエルはきっと気づいていないだろう、子供のように楽しそうな笑みを自分が浮かべていることを。
そしてまた一段階レオンの動きが上がった。
これは、本当にレオンはSランク相当だな。
AランクとSランクの差はかなり広いようだ……。
「これがSランクの力だよ、ルカ君」
「そうですね、予想以上でした」
「レオンはね、一人ならSランクになれるんだ。私も、他のやつも、レオンにソロを勧めたこともある。私たちではレオンの足手まといにしかならないから」
「そうですか、でも一人Sになったところで、意味はありませんよ」
「はは、うん。そうだね。レオンにも似たことを言われたよ。『お前らなしでSランクになっても何の意味もねぇ』って。すごく嬉しかったけど、同時に、すごく情けなかった。どれだけ努力しても、私たちはSランクにたどりつけない。それはレオンの足をずっと引っ張り続けることになるんだ」
「エアハルトさん、Sランクになるのは冒険者の夢ではあります。ありますが、仲間と強くなっていくというのが大事なんです。ランクだけを目指すならレオンさんは最初からパーティーなんて組みませんよ」
「はは。そう、なんだろうね。年下の君に諭されるなんてね。……私たちはまだ強くなれるのかな」
「なれますよ。なろうと思えば、努力をすれば、戦い続ければ、いつかなれます。限界を決めるのはいつだって自分自身ですよ」
だってこの世界には見れないけれど、魔法のスキルに見えない経験値があるのだから。
「ただ、レオンさんは少しだけみんなより飛びぬけていただけです。あなた方だって、今も成長し続けているはずです。でなければAランクにまでなれませんよ。いつかきっとSランクに手が届くはずです」
「そうだね……。うん、ありがとう、ルカ君。これまで以上に私は努力をするよ」
「はい」
そこまで話したところで一際大きな音がした。
俺もエアハルトさんも口を噤んで二人の戦いに集中する。
ミハエルとレオンはどちらも獰猛な笑みを浮かべたまま、剣と大剣をぶつけ合っていた。
どうしてもパワーでは負けるのですぐにミハエルが離れる。
ただ、この試合もそろそろ終わりを迎えているようだ。
レオンは最初とあまり変わっていないが、ミハエルは肩で息をしはじめている。
もうそろそろ限界に近いだろう。
レオンは最初から実力を制限して小出しにしているだけだが、ミハエルは最初から全力で、そのうえでレオンの実力にずっと追いすがっているのだ。
体力と精神力の消耗でいえばどうしてもミハエルの方が早くくる。
それでも、レオンにだって疲れは蓄積しているはずだ。
時折大きく息をついているのだから。
ミハエルが勝負に出た。
そろそろ体力的な限界を感じたのだろう。
レオンもそれを悟ったのか、笑みを浮かべたままではあるが、目に鋭さが宿る。
ミハエルが切りかかり、レオンがそれを受ける。
レオンが返す手で切りかかり、ミハエルがそれを逸らす。
そこまではこれまでと同じだ。
だけど、その逸らし方は、フィーネとの戦いで学んだ、誘導する逸らし方だ。
レオンはすぐに切りかかろうとして己の大剣の刃先があらぬ方向を向いていることに気づき、一瞬止まった。
そこにミハエルが打ち込む。
だけどさすがレオンというところか。
強引に大剣を動かし、ミハエルの剣を受け止め、そして力押ではじいた。
「くそが……」
「今のはびびったな。なんだよ、今の」
「教えねぇよ」
「そうかよ」
そこでレオンもミハエルも剣を納めた。
ミハエルは大きく息をつき、こちらを見た。
「すまん! ルカ! 負けたわ!」
俺は笑みを浮かべて言った。
「気にするな!」
二人ともこちらへ歩いてきながら会話している。
「あー疲れた。お前、力小出しにしてんじゃねぇよ」
「最初から全力でいったら楽しめねぇだろうが。おかげでお前強くなっただろうが」
「チッ」
「ははは! またやろうぜ、ミハエル」
「やなこった。レオンとやるとしんどいんだよ」
どうやら殴り合って友人になったようだ。
二人は塀を軽々と乗り越えてこちらへきた。
「すまねぇな、ルカ」
「別にかまわないさ。ミハエルが成長できたなら、それが俺たちにとって一番の収穫だし」
「まぁ、気に食わねぇが、それは事実だな」
「お疲れ様、レオン。楽しかったかい?」
「おう! ひっさびさに楽しかったな! またやりてぇな!」
「そうか。それは良かった」
俺とミハエル、エアハルトさんとレオンが会話していると、ギルドマスターから声がかかった。
「んで、レオン。お前満足せずにルカともやるのか?」
「当然だろ! ミハエルに勝てたらルカとやれんだろ? つっても今日は無理だけどよ」
子供のように笑みを浮かべて俺を見るレオンに苦笑しつつ答える。
「ええ、そういう約束ですからね。でも、俺は剣の腕はミハエルに遠く及びませんよ。俺は魔法使いですから」
「あーそうなんだけどよー。なんか、ルカは気になんだよなぁ。俺が全力だしてもいけんじゃねぇかなって思うわけよ。いけんだろ?」
「いやいや、なんの期待を俺にかけてるんですか。無理ですよ。」
俺がそう言ったところでミハエルが口を挟む。
「ルカ、いいんじゃねぇか? レオンならいいと思うぜ」
ミハエルの声に、レオンは首を傾げた。
「んあ? なんだよ?」
俺は少し考え込む。
多分大丈夫だとは思うし、レオンもエアハルトさんも信用はできそうだ。
だけどなんていうか、今後もことあるごとにやろうぜと言ってきそうな気がしなくともない。
でもまぁ、それも楽しいかもしれない。
なんならエアハルトさんに魔法を教えるのもいいかもしれないし。
「そうだな、いいかもしれないな」
「何かな?」
エアハルトさんの疑問の声に、俺はエアハルトさんとレオンを見てから話し始めた。
「まず最初にこれから話す話を聞くなら、とある命をかけた契約をしてもらうことになります。俺が全力でやるにあたって必ず必要なことです。それを受け入れてくれるなら話すことが可能です」
今回は記憶消去は誓約魔法についての説明の時以外は選択にいれない。
もしこの二人に秘密を話すなら、今後も付き合っていきたいからだ。
俺の話を聞いたレオンが言う。
「エアハルト、お前は聞かずに帰れ。俺の我儘で命かけさせるわけにゃいかねぇ」
レオンの言葉にエアハルトさんは笑みを浮かべた。
「はは。今更だろう、レオン。お前の我儘で私たちが死にかけたことなど山とある。それに、レオンにだけ命を懸けさせて私は安全地帯にいるなどお断りだよ」
「エアハルト……」
「だからいいよ、ルカ君。私も命を懸けよう。私はレオンの仲間だからね」
エアハルトさんの言葉に俺は笑みを浮かべる。
いい仲間だ。
「分かりました。レオンさんいいですね?」
「ああ。エアハルトはこう見えて、頑固だからな。言い出したら聞きゃしねぇ。それよりルカ」
「なんです?」
「お前その敬語とかさん付けやめろよ。全然心こもってねぇのわかってんだよ」
そう言ってレオンが苦笑した。
いや確かにレオンにはとりあえず使ってるだけではあるが、エアハルトさんには普通なんだよな。
俺がそう考えるとまるで俺の心を読んだかのようにレオンが言った。
「あ、お前、俺にだけだな?」
「わかるか?」
「可愛くねーなー! でもまぁいい。俺もそんな敬語だなんだで話されるよりゃいい」
「私も普通でかまわないよ」
「いや、エアハルトさんには普通に……。レオンとは違うので」
そう言うとレオンは口を尖らせて不満を述べ、エアハルトさんは苦笑した。
「うん、そうだね。私はレオンとは違うからね」
「あーなんだよ、エアハルトまで」
「はは、仕方ないだろ」
「くっそ。まぁいい。そんでルカ、話せよ。俺もエアハルトも命懸けてやるよ」
そう言ってレオンは二ッと笑った。
ああ、本当にミハエルとよく似ている。
だからだろうか、こんなにすぐ心を許してしまいそうになるのは。
「じゃあ、もう後には引き返せないぞ?」
「ああ、問題ねぇ」
「わかった。これから俺がかけるのは、誓約魔法というものだ」
俺の言葉にエアハルトさんが疑問の声をあげる。
「誓約魔法?」
「はい、誓約魔法です。誓約魔法は文字通り、誓約をしてもらう魔法になります。俺の秘密に関して、いかなる手段を用いても、他人に伝えようとした場合、誓約の鎖が一度目は警告を、二度目は鎖が心臓を締め上げ、死に至ります」
「ほーん? それを受ければいいってことか?」
「そうだな、もしもだが、この話を聞いてそこまでは無理だというなら、記憶消去をかけてもいい。この話自体を忘れてもらう。どうする?」
「私はかまわないよ。受けよう。ちなみに、ルカ君とルカ君の能力について話す分には問題ないのかい?」
「ええ、俺や俺のパーティメンバー、ギルドマスターには問題ありません。それとエアハルトさんとレオンが話す分に関しても。ただ、他人に意図せずとも俺の秘密を洩らせばそれは警告を発すると思います」
「ふむ、なら会話は十分気を付けよう。だけど、そうだな。明日メンバーを連れてきて誓約魔法をしてもらうのはかまわないかい?」
エアハルトさんの言葉にレオンが驚いて声をかける。
「おいおい、エアハルト、何言ってんだよ」
「レオン、あいつらも受けておいた方がいい。それに、明日お前とルカ君は戦うのだろう?」
「そのつもりだが……」
「正直、今日のミハエル君とレオンの戦いもあいつらに見せるべきだった。とてももったいなかったよ。明日、お前が全力でルカ君とやり合うなら、絶対にあいつらも見るべきだ。私は今日、ミハエル君とレオンの戦いを見て心が奮い立った。明日お前が全力でやるというなら、どんな戦いなのか、私は今から胸が躍っているんだ。ああなりたい、強くなりたい、レオンの隣に立ちたい。そう思えたんだ。あいつらも見るべきだ」
「でも、命懸けんだぞ……」
「レオン、そんなもの私たちはずっと命を懸けているんだよ。レオンの隣に立ちたいと思ってお前とパーティを組んだあの日から。だから問題はないんだ。それに、さっきルカ君も言っただろ?誓約魔法を受けるのが嫌なら記憶消去をしてくれるって。あいつらはみんな誓約魔法を受け入れると思うけど、選択肢はあるんだ」
「でも……」
「レオン、お前の悪い癖だ。仲間を心配しすぎるな、守り過ぎるな。私たちはお前の隣に立ちたいんだ」
エアハルトさんの言葉に俺も気持ちが揺さぶられる。
本当にいい仲間だ。
レオンは一つ大きく溜め息をつくと、エアハルトさんの意見を受け入れた。
そのあと、俺はエアハルトさんとレオンに誓約魔法をかけ、俺の秘密を話した。
――魔法の種類についてはレオンとの戦闘があるので教えなかったけども。
エアハルトさんには以前鑑定をしてしまったことを謝罪した。
詳しく聞かれたのでエアハルトさんのパッシブ魔法について話したところ、なるほどと納得していた。
そこでレオンが俺も鑑定してくれよ、というのでしたのだが……。
「すごいな」
そう言葉を漏らすだけのパッシブ魔法だった。
これまで一つしか見たことなかったのに、レオンには二つあったのだ。
---------------------
レオン・ヴォイルシュ(23)
人間:男性
平民
称号:Aランク(伯爵相当)
状態:健康(軽度の疲労状態)
パッシブ魔法-
大剣操作・大
反応速度・中
---------------------
パッシブ魔法について伝えたところ、レオンは『へー』としか反応しなかったが、これがレオンがSランク相当たる所以だろう。
だけど、レオンとミハエルが違うのは、レオンはあくまでも大剣操作で、ミハエルは剣術強化なのだ。
この違いはきっと大きい。
俺はその後、エアハルトさんと共に広場に下りて、エアハルトさんに中級魔法であるバレットについて教え、試させた。
エルナも使えたのできっと彼も使えるはずだ。
エルナよりも時間はかかったが、エアハルトさんも無事バレット系を習得することができた。
時間がかかったのは、固定概念のせいだろう。
エルナはこれまで魔法をほとんど知らず、教えたのが俺だった。
だから、エルナは俺が撃てる魔法は普通にあるものだと考えているので自分も撃てると認識している。
もちろん無理な魔法もありはするけども。
でも、エアハルトさんはこの世界の魔法というものをすでに知っている。
だから固定概念があって、その域から抜け出せなかったのだ。
ただそれでも、俺がバレット魔法について教え、どういう仕組みか、そしてこの世界ではイメージ力が魔法に反映されるのだということを教えた。
時間はかかりはしたが、無事習得し、俺はエアハルトさんにとても感謝された。
とはいえ、彼の魔力量であればこれが限界だろう。
残念ながら、ジャベリンを何度も撃てるほどの魔力量はないはずだ。
それでも切り札としてバレットに慣れたころに教えようとそう思う。
「うん、命を懸けるに値するものだね。ありがとう、ルカ君。これで私は一歩レオンの隣に近づけたよ。とはいえ、まだまだ練習は必要そうだけどね」
エアハルトさんが撃ちだしたアースバレットは一定の場所に刺さらず、あちこちに突き刺さっている。
「きっとエアハルトさんならすぐに慣れますよ」
「うん、ありがとう、頑張るよ」
こうして俺たちは闘技場をあとにした。
この闘技場は念のため二日間借りてあったので明日は俺とレオンが戦うことになる。
闘技場の出口でレオンたちと別れ、俺たちは宿屋へと足を向けた。
明日、どこまでレオンと戦うことができるか。
俺も全力を出してレオンと相対することになる。
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