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第二章 少年期 後編
41 天使が二人!
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今日は久しぶりに休みをとった。
仕事休みもずっと狩りをしていたので実に一年ぶりの休みかもしれない。
もちろん仕事終わりや狩りの後はたっぷりと弟たちと遊んではいたのだが、丸一日は本当に久々だ。
愛しいカールを抱っこすると、ずっしりとした重みが伝わってくる。
本当に重くなったものだ――もう五歳だから当然かもしれないが。
そんな可愛い弟を抱いて、俺は両親の部屋で寝ているであろう赤ちゃんを見にいった。
「リリー、お兄ちゃんだよー」
この天使のように可愛い赤ちゃんは俺の妹でリリーだ。
三ヶ月前に生まれたばかりだが、カールの時と同じく天使のように可愛い。
最近は表情も豊かになってきて、こうして話しかけると笑ってくれるようになった。
赤ちゃんの笑った口許は本当になんとも言えない可愛さがある。
俺がデレっとしているとカールがやきもちを妬いたようで俺をペシペシと叩く。
「にーちゃん、ぼくもリリーみたい!」
やきもちではなく、見たかっただけのようだった。
少しだけガッカリしてしまうのはいけないことだろうか……。
「おーごめんごめん」
俺はカールを抱きなおしてカールにも見えるようにした。
カールはリリーをじっと見て俺を見上げてニコリと笑う。
あ、今俺のハートは撃ち抜かれた。超かわいい!!
「リリーかわいいね!」
俺はそんな風に笑うカールにデレっとして頷いた。
「うんうん、リリーもカールも可愛いよ」
「ぼくはかわいいじゃないの! リリーがかわいいの!」
可愛いと言われたカールは抗議の声をあげるがそれも可愛い。
「うんうん」
俺の言い方が不満だったのだろう、カールは唇を尖らせた。
それすらも可愛い! うちには天使しかいない!
ちなみに、リリーも見事マリー似でとても可愛いのだ。
ウードの遺伝子弱いな!
それともマリーの遺伝子が最強なのか?
そうしてリリーを眺めていると、リリーがぐずりはじめた。
これはきっとおっぱいの催促だな。
「母さん、リリーがお腹空いたみたい」
俺達と交代でキッチンに洗い物をしに行っていたマリーに声をかけた。
マリーが寝室に来たところでちょうどリリーが泣き始める。
「あらあら、ありがとう、ルカ。リリーほら、泣かないのよー」
そうしてリリーを抱きかかえ、マリーはベッドに腰かけるとおっぱいをあげはじめた。
愛し気にリリーを見つめておっぱいをあげるマリーは本当に聖母のように見える。
普段は少しぬけてて可愛い母なのだが、カールやリリーを抱いている時は本当に母性溢れる表情になるのだ。
俺を抱きしめてる時もきっとそうなのだろうな。
そう考えると少し照れてしまう。
そうしてリリーを見ているとカールが下りたがったので下ろすと、ちょっと唇を尖らせたままマリーの膝に抱き着いた。
最近こうしてマリーがリリーを構っているとカールが少し嫉妬するのだ。
やはりお母さんを取られた気分になるのだろうか。
――それでもカールはリリーのことは大好きなので、いじめたりなどはしないのではあるが。
暫くして乳を飲み終えたリリーをマリーが抱えなおし背中を叩いて体を揺らし始めた。
するとカールが少し涙目になってマリーに向けて抱っこをせがんだ。
「ママ、だっこ」
それを見たマリーが困ったように眉を下げ、俺にお願いをした。
「ルカ、体がちょっと強くなる魔法かけてくれる?」
これは身体強化魔法のことだろう。
俺が少し前にかなり重い荷物を軽々と持った時に、マリーに驚かれて質問されたので答えた。
しかし、マリーがよく理解してなかったのでお試しでかけたため知っているのである。
――マリーの中ではちょっと力持ちになる魔法というイメージのようではあるが。
魔法に関しては俺が十歳を迎えた年に、両親から人前ではできるだけ使わないでほしいという願いと、それでも魔法の使用に関しては俺の責任で自由にしていいと伝えられている。
俺も別に人前で魔法披露がしたいわけではないし、そんなことで国が来ても嫌なので基本家族とミハエルとマルセル以外には見せる気はない。
といっても家族に直接見られたのは幼児の時の光魔法と、身体強化と、ダメージ軽減魔法、ヒール、後は具現化魔法くらいである。
結構見せてる気はするが、俺の持っている魔法の数からいえば微々たるものではある。
が、気を付けるに越したことはない。
俺は苦笑しつつ頷いた。
「うん、いいよ」
そうして身体強化をかけてもらったマリーはカールに声をかけた。
「カール、今回は特別よ? いつもは二人も抱っこしてあげられないからね」
そう言ってカールを抱き上げたマリーは、二人を抱えてゆらゆらと体を揺らして子守唄を歌い始めた。
俺は未だにマリーのこの歌が――いやきっと歌声だな――大好きだ。
すぐにリリーは眠りにつき、カールもウトウトし始めた。
もう数分もしないうちにカールも眠りにつくだろう。
俺もなんだか少し眠くなってくる。
マリーの歌声には魔法が宿っているのかもしれないなぁと、そう思ってしまう。
そんな風にじっと見ていた俺に、マリーが小声で話しかけてきた。
「ルカ、リリーを揺り籠の方にお願い」
俺はハッとして頷くと、マリーからリリーを受け取った。
マリーはリリーを俺に渡した後、カールを抱えたまま部屋を出ていった。
カールを寝かしつけにいったのだろう。
俺の手の中にいるリリーはスヤスヤと眠っており、本当に可愛くてたまらない。
冒険者になっても頻繁に帰ってくることを簡単に決意させてしまうほどに愛らしいのだ。
少しだけそうしてリリーを抱いた後、そっと赤ちゃん用のベッドに寝かせ、俺はリリーを眺めつつ、アイテムボックスからリリー専用デジタルカメラを取り出した。
そして、あどけなく眠る天使の写真を撮りまくった。
カールの分だけでもすでにアルバムは五冊あるが、リリーもきっと同じくらいになるだろう。
この子が将来大人の女性になったらどれほど美しい女性になるだろうか。
ウードのようないい男が相手ならいいが、ちゃらい男だったらお兄ちゃん絶対に許しませんよ!
チラリと時刻を確認すると、朝の十時ちょっと過ぎだ。
せっかくだから今日は俺が昼飯を作るとするか。
というのも実のところ、俺は具現化魔法で調味料の作成に成功したのである。
――成功というか試してなかっただけではあるが。
俺の魔力をかなり食うのだが、俺には膨大な魔力があるので問題なく作れる。
とはいえ、それを売り出す気もなければ、魔法で作りましたなんて言えないので、あくまでも家でしか使えないが。
ただ、この調味料を作る前に俺は両親に、前世の記憶があることを告げている。
言うつもりは元々なかったのだが、ウードやマリーがいる時に、俺がカールと遊んでいてふと、トンカツが食べたいと呟いてしまい、マリーからそれについて聞かれ、説明しづらくて、仕方なく説明することになったのだ。
――もちろん日本だとか異世界だとかまでは言ってないし、少しだけ記憶があるという程度ではあるが。
もしかしたら気味悪がられるかと少し怖かったのだが、ただ、――そうか。だが、昔の記憶があろうが、ルカはルカだ。俺たちの愛しい息子だ――と言われて抱きしめられ俺は思わず泣いてしまったということがあった。
その後前世について少し話していた時に、マリーが調味料について興味を持ったのが最初なのだ。
それはどんな物かと問われて説明していたのだが、実際味を知らねば理解ができるはずもなく、マリーは味を知れないのが残念ねと、肩を落としたのを見て、俺はなんとか作れないかと頑張った結果が、具現化魔法で作る、だったのだ。
――初めて作った時はデジタルカメラや武器防具なんかよりもかなり魔力を消費したので少し驚きはしたが。
味を知ったマリーはなんとか再現できないかと今は奮闘しているところではある。
俺は味を知っているだけで作り方なんてほとんど知らないから、うっすらある小説で読んだ記憶を説明しただけではあるが、最近マヨネーズに関してはそれっぽい物ができるようにはなってきているみたいだ。
攪拌用の風魔法が封じられた小さい魔石をウードに買ってほしいと強請っていたので、それをきっと使っているのだろう。
俺はリリーを再度抱き上げるとキッチンにある揺り籠に寝かせるために移動した。
部屋を出ると、マリーはちょうどカールを寝かしつけて戻ってきたところだったようだ。
「母さん、昼は俺が作るよ」
「あら、ありがとう、助かるわ。ルカの作るご飯は何でもおいしいから、任せるわね」
マリーはニコリと笑ってそう言ってくれた。
おいしいと言われるとやはり嬉しいものだ。
「うん、任せて。おいしいの作るよ」
そう言って俺はリリーを揺り籠に寝かしつけ、裏庭にある鶏――正確にはフーンアイという鶏そっくりなモンスター――の卵を取りに行く。
鶏小屋の前に来た俺は近くに人がいないのを確認して軽い浄化魔法をかける。
綺麗になった鶏小屋に鶏のエサと水を補充し、巣から鶏が出たところで卵を籠に回収していく。
今回はたくさん産んだようで六個も卵があった。
前世の鶏と違うのは、二日に一回、一度に二個から三個卵を産むことと、エサがかなり少量ですむこと――茶碗二杯の鶏のエサで一ヶ月は持つ――そして雌雄同体ってことだ。
エサに関してはなんでこんな少量で生きられるのか謎ではあるが、一説には空気中にある魔力を食べているのではないか、なんて話もある。
実際は分からないが、時々空中でパクパクしてる時があるので本当かもしれない。
ちなみに雛の成長速度はとても早く、大体一ヶ月ほどで成鳥になる。
ただこれ、肉が非常に硬くおいしくないので、どこのご家庭でも一羽以上は飼っているが、卵専用で飼っているだけだ。
まぁ言い方は良くないが、こんな肉であっても貧困層では食べられる肉ということで重宝されている。
一応鶏と同じ味の肉は存在していて、それはコカトリスというモンスターの肉だ。
買おうと思えば普通に市場の肉屋で売っている。
――ちなみにコカトリスは小説で読んでいたコカトリスと違って比較的大人しいモンスターでバッフルホーンと同じく人間の手で飼育されている。
体長は大体一メートルほどで、見た目はほとんど鶏と変わらないが、尾羽がなくて代わりに一メートルほどの蛇の尾が生えている。
特に石化をしてくるような能力はなく、危険が迫ると尾の蛇で攻撃するくらいだ。
卵を回収した俺は鶏小屋を出ると家の中へ戻った。
回収した卵を入れた籠を一旦キッチンの台に置いた俺は食材の確認をする。
冷蔵庫モドキである箱をあけるとヒヤリとした冷たい空気を感じた。
これは縦横五十センチの四角い木箱で内側に薄い青緑に淡く光る鉄板が貼り付けられていて、隅には小さな黒い箱のような物が設置されている。
その黒い箱から冷気が出ているのだ。
この青緑に光る鉄板はミスリルの板で、魔法を反射する効果がある。
黒い箱に入っているのは、魔法使いが氷魔法を閉じ込めた魔法の石――魔石――がいれられているのだ。
ミスリルの板は、この魔石から漏れ出る魔法の冷気を反射して庫内を冷たい温度に保ってくれている。
魔石自体はダンジョンの中層付近でモンスターからドロップされるので小さい物ならそう高くもない。
といっても、小さい物でも銀貨三枚はするのではあるが。
こういった冷蔵庫モドキにはそういう小さい魔石が使われていたりする。
とはいえ、ミスリルが高いので普通のご家庭には冷蔵庫モドキはあまりない。
うちに冷蔵庫モドキがあるのはウードの知り合いの冒険者が取ってきたミスリルの余りを譲ってくれたからだ。
そこそこの値段はしたようだが、冒険者が格安で譲ってくれたので作ることができた。
――もちろんウードもその冒険者の防具製作はかなり割り引いたそうではあるが。
そんな魔法使いにとっては脅威と言えるだろうミスリルだが、俺にとっては然程脅威にはなりえない。
というのも初級の魔法程度しか防げないからだ。
この世界の魔法使いはあまり魔法の使い方というのを分かっていないということがここ最近分かった。
例えば、ファイアボールはただ火の玉を放っているが、火の玉に酸素――酸素でなくとも、火の威力を上げるエネルギーでもいい――を送り込み炎の威力を上げるイメージで魔法を撃てばその威力はあがるはずなのだ。
この、イメージによる魔法の強化は俺しかできないのかと思っていたのだが、北国から来た魔法使いの氷魔法が、この辺の魔法使いの氷魔法より威力が強かったことがあった。
たまたま俺とミハエルが冒険者ギルドの裏にある広場で剣の指導をしてもらっていた時に声をかけられ、氷魔法が得意なのよと自慢されて、威力を見たら実際本当に他よりは強く、不思議に思って話を聞いたら北国出身だと判明したのだ。
彼女に詳しく聞いたところ、彼女が住んでいた国は本当に冬が来るととても寒く、夜などとてもではないが外に出られないほどの極寒だと言う。
そんな所で住んでいたせいか氷魔法が得意なのよと、彼女は言っていたが、それは多分イメージによるものだ。
いつかはその検証をしてみたくはあるのだが、残念ながら俺の知り合いには魔法使いがいない。
おっと意識が逸れた。
俺は箱の中の古い卵三個を取り出し、さっき取ってきた卵を三個だけ入れ、後は鶏肉があることを確認した。
卵は常温に戻しておきたいので、籠にいれておき、冷蔵庫モドキの蓋を閉めた俺はその隣にある普通の木箱を覗いた。
中には根菜が入っていたが、お昼に作ろうと思った、オムライスに必要な玉葱がない。
「母さん、玉葱ってきらしてる?」
「あら、ない? そこになかったらないと思うわ」
「そっか。じゃあ買い物に行ってくるね」
「ありがとうルカ。お金はそこにあるのを使ってね」
「うん」
俺はキッチンに置いてある小さい箱から銅貨一枚だけ取り出すと家を出て市場へ向かった。
仕事休みもずっと狩りをしていたので実に一年ぶりの休みかもしれない。
もちろん仕事終わりや狩りの後はたっぷりと弟たちと遊んではいたのだが、丸一日は本当に久々だ。
愛しいカールを抱っこすると、ずっしりとした重みが伝わってくる。
本当に重くなったものだ――もう五歳だから当然かもしれないが。
そんな可愛い弟を抱いて、俺は両親の部屋で寝ているであろう赤ちゃんを見にいった。
「リリー、お兄ちゃんだよー」
この天使のように可愛い赤ちゃんは俺の妹でリリーだ。
三ヶ月前に生まれたばかりだが、カールの時と同じく天使のように可愛い。
最近は表情も豊かになってきて、こうして話しかけると笑ってくれるようになった。
赤ちゃんの笑った口許は本当になんとも言えない可愛さがある。
俺がデレっとしているとカールがやきもちを妬いたようで俺をペシペシと叩く。
「にーちゃん、ぼくもリリーみたい!」
やきもちではなく、見たかっただけのようだった。
少しだけガッカリしてしまうのはいけないことだろうか……。
「おーごめんごめん」
俺はカールを抱きなおしてカールにも見えるようにした。
カールはリリーをじっと見て俺を見上げてニコリと笑う。
あ、今俺のハートは撃ち抜かれた。超かわいい!!
「リリーかわいいね!」
俺はそんな風に笑うカールにデレっとして頷いた。
「うんうん、リリーもカールも可愛いよ」
「ぼくはかわいいじゃないの! リリーがかわいいの!」
可愛いと言われたカールは抗議の声をあげるがそれも可愛い。
「うんうん」
俺の言い方が不満だったのだろう、カールは唇を尖らせた。
それすらも可愛い! うちには天使しかいない!
ちなみに、リリーも見事マリー似でとても可愛いのだ。
ウードの遺伝子弱いな!
それともマリーの遺伝子が最強なのか?
そうしてリリーを眺めていると、リリーがぐずりはじめた。
これはきっとおっぱいの催促だな。
「母さん、リリーがお腹空いたみたい」
俺達と交代でキッチンに洗い物をしに行っていたマリーに声をかけた。
マリーが寝室に来たところでちょうどリリーが泣き始める。
「あらあら、ありがとう、ルカ。リリーほら、泣かないのよー」
そうしてリリーを抱きかかえ、マリーはベッドに腰かけるとおっぱいをあげはじめた。
愛し気にリリーを見つめておっぱいをあげるマリーは本当に聖母のように見える。
普段は少しぬけてて可愛い母なのだが、カールやリリーを抱いている時は本当に母性溢れる表情になるのだ。
俺を抱きしめてる時もきっとそうなのだろうな。
そう考えると少し照れてしまう。
そうしてリリーを見ているとカールが下りたがったので下ろすと、ちょっと唇を尖らせたままマリーの膝に抱き着いた。
最近こうしてマリーがリリーを構っているとカールが少し嫉妬するのだ。
やはりお母さんを取られた気分になるのだろうか。
――それでもカールはリリーのことは大好きなので、いじめたりなどはしないのではあるが。
暫くして乳を飲み終えたリリーをマリーが抱えなおし背中を叩いて体を揺らし始めた。
するとカールが少し涙目になってマリーに向けて抱っこをせがんだ。
「ママ、だっこ」
それを見たマリーが困ったように眉を下げ、俺にお願いをした。
「ルカ、体がちょっと強くなる魔法かけてくれる?」
これは身体強化魔法のことだろう。
俺が少し前にかなり重い荷物を軽々と持った時に、マリーに驚かれて質問されたので答えた。
しかし、マリーがよく理解してなかったのでお試しでかけたため知っているのである。
――マリーの中ではちょっと力持ちになる魔法というイメージのようではあるが。
魔法に関しては俺が十歳を迎えた年に、両親から人前ではできるだけ使わないでほしいという願いと、それでも魔法の使用に関しては俺の責任で自由にしていいと伝えられている。
俺も別に人前で魔法披露がしたいわけではないし、そんなことで国が来ても嫌なので基本家族とミハエルとマルセル以外には見せる気はない。
といっても家族に直接見られたのは幼児の時の光魔法と、身体強化と、ダメージ軽減魔法、ヒール、後は具現化魔法くらいである。
結構見せてる気はするが、俺の持っている魔法の数からいえば微々たるものではある。
が、気を付けるに越したことはない。
俺は苦笑しつつ頷いた。
「うん、いいよ」
そうして身体強化をかけてもらったマリーはカールに声をかけた。
「カール、今回は特別よ? いつもは二人も抱っこしてあげられないからね」
そう言ってカールを抱き上げたマリーは、二人を抱えてゆらゆらと体を揺らして子守唄を歌い始めた。
俺は未だにマリーのこの歌が――いやきっと歌声だな――大好きだ。
すぐにリリーは眠りにつき、カールもウトウトし始めた。
もう数分もしないうちにカールも眠りにつくだろう。
俺もなんだか少し眠くなってくる。
マリーの歌声には魔法が宿っているのかもしれないなぁと、そう思ってしまう。
そんな風にじっと見ていた俺に、マリーが小声で話しかけてきた。
「ルカ、リリーを揺り籠の方にお願い」
俺はハッとして頷くと、マリーからリリーを受け取った。
マリーはリリーを俺に渡した後、カールを抱えたまま部屋を出ていった。
カールを寝かしつけにいったのだろう。
俺の手の中にいるリリーはスヤスヤと眠っており、本当に可愛くてたまらない。
冒険者になっても頻繁に帰ってくることを簡単に決意させてしまうほどに愛らしいのだ。
少しだけそうしてリリーを抱いた後、そっと赤ちゃん用のベッドに寝かせ、俺はリリーを眺めつつ、アイテムボックスからリリー専用デジタルカメラを取り出した。
そして、あどけなく眠る天使の写真を撮りまくった。
カールの分だけでもすでにアルバムは五冊あるが、リリーもきっと同じくらいになるだろう。
この子が将来大人の女性になったらどれほど美しい女性になるだろうか。
ウードのようないい男が相手ならいいが、ちゃらい男だったらお兄ちゃん絶対に許しませんよ!
チラリと時刻を確認すると、朝の十時ちょっと過ぎだ。
せっかくだから今日は俺が昼飯を作るとするか。
というのも実のところ、俺は具現化魔法で調味料の作成に成功したのである。
――成功というか試してなかっただけではあるが。
俺の魔力をかなり食うのだが、俺には膨大な魔力があるので問題なく作れる。
とはいえ、それを売り出す気もなければ、魔法で作りましたなんて言えないので、あくまでも家でしか使えないが。
ただ、この調味料を作る前に俺は両親に、前世の記憶があることを告げている。
言うつもりは元々なかったのだが、ウードやマリーがいる時に、俺がカールと遊んでいてふと、トンカツが食べたいと呟いてしまい、マリーからそれについて聞かれ、説明しづらくて、仕方なく説明することになったのだ。
――もちろん日本だとか異世界だとかまでは言ってないし、少しだけ記憶があるという程度ではあるが。
もしかしたら気味悪がられるかと少し怖かったのだが、ただ、――そうか。だが、昔の記憶があろうが、ルカはルカだ。俺たちの愛しい息子だ――と言われて抱きしめられ俺は思わず泣いてしまったということがあった。
その後前世について少し話していた時に、マリーが調味料について興味を持ったのが最初なのだ。
それはどんな物かと問われて説明していたのだが、実際味を知らねば理解ができるはずもなく、マリーは味を知れないのが残念ねと、肩を落としたのを見て、俺はなんとか作れないかと頑張った結果が、具現化魔法で作る、だったのだ。
――初めて作った時はデジタルカメラや武器防具なんかよりもかなり魔力を消費したので少し驚きはしたが。
味を知ったマリーはなんとか再現できないかと今は奮闘しているところではある。
俺は味を知っているだけで作り方なんてほとんど知らないから、うっすらある小説で読んだ記憶を説明しただけではあるが、最近マヨネーズに関してはそれっぽい物ができるようにはなってきているみたいだ。
攪拌用の風魔法が封じられた小さい魔石をウードに買ってほしいと強請っていたので、それをきっと使っているのだろう。
俺はリリーを再度抱き上げるとキッチンにある揺り籠に寝かせるために移動した。
部屋を出ると、マリーはちょうどカールを寝かしつけて戻ってきたところだったようだ。
「母さん、昼は俺が作るよ」
「あら、ありがとう、助かるわ。ルカの作るご飯は何でもおいしいから、任せるわね」
マリーはニコリと笑ってそう言ってくれた。
おいしいと言われるとやはり嬉しいものだ。
「うん、任せて。おいしいの作るよ」
そう言って俺はリリーを揺り籠に寝かしつけ、裏庭にある鶏――正確にはフーンアイという鶏そっくりなモンスター――の卵を取りに行く。
鶏小屋の前に来た俺は近くに人がいないのを確認して軽い浄化魔法をかける。
綺麗になった鶏小屋に鶏のエサと水を補充し、巣から鶏が出たところで卵を籠に回収していく。
今回はたくさん産んだようで六個も卵があった。
前世の鶏と違うのは、二日に一回、一度に二個から三個卵を産むことと、エサがかなり少量ですむこと――茶碗二杯の鶏のエサで一ヶ月は持つ――そして雌雄同体ってことだ。
エサに関してはなんでこんな少量で生きられるのか謎ではあるが、一説には空気中にある魔力を食べているのではないか、なんて話もある。
実際は分からないが、時々空中でパクパクしてる時があるので本当かもしれない。
ちなみに雛の成長速度はとても早く、大体一ヶ月ほどで成鳥になる。
ただこれ、肉が非常に硬くおいしくないので、どこのご家庭でも一羽以上は飼っているが、卵専用で飼っているだけだ。
まぁ言い方は良くないが、こんな肉であっても貧困層では食べられる肉ということで重宝されている。
一応鶏と同じ味の肉は存在していて、それはコカトリスというモンスターの肉だ。
買おうと思えば普通に市場の肉屋で売っている。
――ちなみにコカトリスは小説で読んでいたコカトリスと違って比較的大人しいモンスターでバッフルホーンと同じく人間の手で飼育されている。
体長は大体一メートルほどで、見た目はほとんど鶏と変わらないが、尾羽がなくて代わりに一メートルほどの蛇の尾が生えている。
特に石化をしてくるような能力はなく、危険が迫ると尾の蛇で攻撃するくらいだ。
卵を回収した俺は鶏小屋を出ると家の中へ戻った。
回収した卵を入れた籠を一旦キッチンの台に置いた俺は食材の確認をする。
冷蔵庫モドキである箱をあけるとヒヤリとした冷たい空気を感じた。
これは縦横五十センチの四角い木箱で内側に薄い青緑に淡く光る鉄板が貼り付けられていて、隅には小さな黒い箱のような物が設置されている。
その黒い箱から冷気が出ているのだ。
この青緑に光る鉄板はミスリルの板で、魔法を反射する効果がある。
黒い箱に入っているのは、魔法使いが氷魔法を閉じ込めた魔法の石――魔石――がいれられているのだ。
ミスリルの板は、この魔石から漏れ出る魔法の冷気を反射して庫内を冷たい温度に保ってくれている。
魔石自体はダンジョンの中層付近でモンスターからドロップされるので小さい物ならそう高くもない。
といっても、小さい物でも銀貨三枚はするのではあるが。
こういった冷蔵庫モドキにはそういう小さい魔石が使われていたりする。
とはいえ、ミスリルが高いので普通のご家庭には冷蔵庫モドキはあまりない。
うちに冷蔵庫モドキがあるのはウードの知り合いの冒険者が取ってきたミスリルの余りを譲ってくれたからだ。
そこそこの値段はしたようだが、冒険者が格安で譲ってくれたので作ることができた。
――もちろんウードもその冒険者の防具製作はかなり割り引いたそうではあるが。
そんな魔法使いにとっては脅威と言えるだろうミスリルだが、俺にとっては然程脅威にはなりえない。
というのも初級の魔法程度しか防げないからだ。
この世界の魔法使いはあまり魔法の使い方というのを分かっていないということがここ最近分かった。
例えば、ファイアボールはただ火の玉を放っているが、火の玉に酸素――酸素でなくとも、火の威力を上げるエネルギーでもいい――を送り込み炎の威力を上げるイメージで魔法を撃てばその威力はあがるはずなのだ。
この、イメージによる魔法の強化は俺しかできないのかと思っていたのだが、北国から来た魔法使いの氷魔法が、この辺の魔法使いの氷魔法より威力が強かったことがあった。
たまたま俺とミハエルが冒険者ギルドの裏にある広場で剣の指導をしてもらっていた時に声をかけられ、氷魔法が得意なのよと自慢されて、威力を見たら実際本当に他よりは強く、不思議に思って話を聞いたら北国出身だと判明したのだ。
彼女に詳しく聞いたところ、彼女が住んでいた国は本当に冬が来るととても寒く、夜などとてもではないが外に出られないほどの極寒だと言う。
そんな所で住んでいたせいか氷魔法が得意なのよと、彼女は言っていたが、それは多分イメージによるものだ。
いつかはその検証をしてみたくはあるのだが、残念ながら俺の知り合いには魔法使いがいない。
おっと意識が逸れた。
俺は箱の中の古い卵三個を取り出し、さっき取ってきた卵を三個だけ入れ、後は鶏肉があることを確認した。
卵は常温に戻しておきたいので、籠にいれておき、冷蔵庫モドキの蓋を閉めた俺はその隣にある普通の木箱を覗いた。
中には根菜が入っていたが、お昼に作ろうと思った、オムライスに必要な玉葱がない。
「母さん、玉葱ってきらしてる?」
「あら、ない? そこになかったらないと思うわ」
「そっか。じゃあ買い物に行ってくるね」
「ありがとうルカ。お金はそこにあるのを使ってね」
「うん」
俺はキッチンに置いてある小さい箱から銅貨一枚だけ取り出すと家を出て市場へ向かった。
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ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。
しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。
流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。
その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。
右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。
この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。
数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。
元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。
根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね?
そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。
色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。
……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!
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