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第25話 トモダチ
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「んうぅ……ここハ?」
ジンユーは重たげな身体を起こす。
上にかけられたいた制服のコートが、はらりと落ちた。
「んぅ? 誰ノダ?」
寝惚け眼をこする。
すると徐々に、周囲の様子が見えるようになってきた。
立て掛けられた本棚。
粉々になった机の残骸。
そこら辺に散らかった本達。
腕を縛られ、気絶する男二人。
そして、まるで王侯貴族のような風格でイスに腰掛ける、長身の青年。
紅色と白色の織り交じる髪に、どこか威厳ある居住まい。
それ自体に覚えはないが、その顔立ちに見覚えがあった。
「……シーロ?」
「左様だ。我が名はシロガネなり」
「エ……?」
シロの明らかな変化に、驚きを隠せないジンユー。
だが、寝起きのあやふやな頭で、さきほどまでの記憶を、必至に思い出す。
シロと夜の校舎を遊び回った事。
魔法使い二人と戦った事。
魔法陣から放たれた風に肩を切り裂かれ、何故か脱力してしまった事。
それらを総合して、現状を考えて見ると、
「シーロが、助けてくれた?」
肩の傷は完全に塞がっている。
龍の回復力があるとはいえ、こうも早くは治らない。
誰かが治してくれた、と考えるのが妥当だ。
シロはジンユーの問いに、いつもより低く、厳格そうな声で答えた。
「左様だ。この場で貴様を助け得る存在は、我しかおるまい?」
しかし、彼が魔法を使える回数は、一日に一回までではなかったか?
針と糸で縫合されたような様子も、別段ないし……。
ジンユーは疑問を感じた。
だがその疑問は、即座に解消された。
隷属魔法で繋がった見えないパスが、『彼の魔力は並人(ヒューム)の数十倍である』と告げてきたのだ。
「……ッ!? ま……魔力が増えタ?」
「……」
彼は何も答えない。
しかし、魔力が短時間でこうも増えるなんて、有り得ないことなのだ。
並人や獣人(セリオン)などの人間は、魔力を使い果たし、全回復するまでに丸一日かかると言われている。
龍や悪魔も、回復力はそう変わらない。
ただ、この世には例外も存在する。
さきほど血を流していた状況と合わせて考えると、自然。答えは一つに帰結する。
「もしかしテ……ヴぁ、吸血鬼(ヴァンパイア)?」
否定して欲しい。
そういった感情が籠められた一言に、されど返ってきたのは肯定であった。
「左様だ」
「……っ!」
ジンユーは瞬時に立ち上がり、身構えた。
吸血鬼とは龍にとって不倶戴天の敵。
かの百年戦争を勃発させ、同胞を数多く殺めた、悪の象徴だ。
それが今、彼女の目の前で、イスに腰掛けているのだ。
自身に流れる祖先の血が、『殺せ!』と叫んでくる。
心の中の正義感が、『討伐しろ!』と怒鳴る。
だが、何故か身体が動かない。
「かかって来ぬのか? 我は、貴様ら龍に仇名す存在、吸血鬼に相違ないぞ?」
「……」
「フッ、寛大なる我が先手を譲ってやったのにも拘らず、その権利を放棄するか。さすがは龍だ……面白い。では、存分に力と力を比べ合おうではないか」
シロはおもむろに、イスから立ち上がる。
しかしジンユーは、
「……なんデ。なんデ、そんなに悲しそうナノ?」
ぽつり。と、疑問を口にした。
シロは慌てたように、
「か、悲しんでなどおらぬ! 我はむしろ、楽しみにしておるのだ! なにせ、龍との決闘など、実に三百年ぶりだからな! 血が滾る!」
「……嘘、だよネ?」
「──ッ!」
シロはの表情は、苦虫を噛み潰したかのように、歪む。
そんな彼に、ジンユーは畳み掛けた。
「本当は戦いたくナイはず。戦いたいと思っテる人が、あんな顔をするはずがナイ!」
「いや、我は戦いを望む! 否、戦わねばならぬ!」
「そんなコトない。手を取り合うこともできるハズ」
「戯言を! 我は吸血鬼ぞ! この世の悪そのものであるぞ!」
「だからと言って、戦う必要なんテ、ミジンもナイ……!」
「それがあるのだ! 帝都に吸血鬼が出たと知れば、その討伐資金のため、民は重税に苦しむこととなる! 故に、龍である貴様と戦い、その果てに敗北する義務があるのだ!」
「あーし、言わない! シーロが吸血鬼なのは、黙っておくカラ……!」
「し、しかし、貴様にも復讐心と正義感があるはずだ。悪そのものである我を……」
「チガウ!」
胸にガラスが刺さるような、悲痛な少女の叫び。
彼女の潤んだ瞳に、龍の涙が溢れる。
「あーしはシーロと戦いたくないのっ! シーロは悪い人なんかじゃナイもん! ダッテ! あーしを助けてくれた! あーしを見守ってくれた!」
「そ、それは、万全の貴様と戦う必要があるからで……」
「なら! なんデ、ペアを組んでくれたの! 次も組む、って言ってくれたの! ……なんデ、今日、一緒に遊んでくれたノ?」
「……っ」
「あーし、すごく嬉しかっタ。皆に避けられてたカラ」
ぐしゃぐしゃになった顔を俯かせるジンユー。
「シーロは、絶対悪い人なんかじゃナイ。ダカラ、そんな悲しいこと言わないデ……」
とめどない涙が、床へとこぼれ落ちる。
龍と吸血鬼──
両者は、歴史的に見れば、完全に相容れない。
ジンユーは祖先の多くを、吸血鬼に殺され。
シロは戦争を止めるため、悪の象徴として君臨した。
しかし。
それでもシロを恨めないのが、ジンユーという龍であり。
それでも悪になりきれないのが、シロという吸血鬼であった。
「……すまぬ、泣かないでくれ」
気が付けばシロは、龍の少女を抱き寄せていた。
ジンユーは抵抗せず、吸血鬼に身を預ける。
「ごめん……。吸血鬼って知っタ時、シーロの事、倒さなきゃって思っちゃった……。でも。それでも、シーロと、争いたくなかった……」
「あぁ。……実をいえば我もだ」
「シーロ……」
振り仰げば、シロはどこか安堵したような表情を浮かべていた。
……彼は、優しい。
しかも、馬鹿だ。
自身が吸血鬼である事を隠し通したいなら、苦しむ彼女を見殺しにすればよかっただけの事。
しかも、彼女が無事に起きるまで、律儀に側で守ってやる必要など全くない。
なのに、少女一人見捨てられず、その上で、民の苦しみだのなんだのと抜かして、本当は嫌なのに、自分を討伐させることが最良だと判断した。
はっきり言って、
「バカ……」
ジンユーは、すっと彼の背に手を回した。
自身の激しい鼓動が、彼に伝わる。
「我を倒せば、名声と富が手に入ったのだぞ? 貴様の方が、馬鹿ではないか、ジンユー」
「むぅ……イジワル」
「ふっ、やも知れぬな」
その柔和な笑みに、心臓が一際強く打った。
あまり気にしてはいなかったが、こうして見ると……今の彼は、かなり格好いい。
病的な肌の白さや、痩躯の長身、整った顔立ちが、儚げな美しさを発してやまない。
見つめれば、見つめるほど、まるで《魅了(チャーム)》にでもかかったかのように、彼から目が離せなくなる。
「ごくっ……」
さきほどまでの張り詰めた空気から一変。
二人の雰囲気は、どこか甘い。
口の中で溶ける、チョコレートのようである。
年頃の男性と触れる機会の無かったジンユーでさえも、この先の展開が察せられる。
そして、その展開を受け入れてもいい、と思わせるほどの魅力が、シロにはあった。
「緊張しておるのか? なに、心配せずともよい」
「ん……」
徐々に、二人の距離が縮まる。
それは、なにも精神的な話だけではない。
物理的にも、距離が縮まっていく。
だがしかし。
「主様あああぁぁぁ──ッ!」
幻影の壁をすり抜け、"リリー"が大鎌片手に現れた。
「主様の危機を察知し、このリリー・グラム。馳せ参じ……ん?」
空気が、再び張り詰めた。
リリーの背後に、ドス黒い瘴気のような何かが立ち込め始める。
「主、様……?」
「リリーではないか。よくぞ参った」
「エ、エ……? シーロ、あの方ハ?」
「我が隷属魔だ」
シロがそう告げると、リリーはずかずかと大股で歩み寄る。
ジンユーの襟を掴んで無理やり引き剥がし、自身の主へと、これ見よがしに抱き着く。
「左様じゃ! お主のような小童が主様を奪おうなど、296年早いわ!」
「別に奪っタ訳じゃ……」
「ええい、嘘を申すな! 主様の魅力に惚けておったではないか! あれはメスの顔じゃ! わらわの主様を奪う、だらしないメスの顔じゃ!」
「めっ、メス……っ!?」
ぼっ! と顔を上気させ、恥ずかしげに俯くジンユー。
リリーは勝ち誇ったような笑みを湛え、魔力在る主に頬擦りする。
「あぁ、主様~! いと素晴らしき御姿にて御座います~! あのような浅ましい者は放っておいて、わらわを存分に可愛がってくだされ~!」
「少々、ジンユーに無礼ではないか……?」
「何を仰いますか! 分別のつかぬ小童には、相応の"しつけ"が必要で御座います! 存分に罵倒し、わらわと主様の偕老同穴の関係を見せつけてやりましょうぞ!」
「いや、お前と婚姻した覚えはないのだが……」
「これからするので、無問題です~♥」
ぎゅううぅぅ、と全力で主を抱き締める隷属魔の夢魔(サキュバス)。
可愛らしい。
しかし、可愛らしくはあるのだが、
「《離れろ》」
いささか、無礼と鬱陶しさに過ぎる。
「な、なっ……!」
リリーの下腹部に刻まれた隷属紋が、妖しく光った。
魔力の籠った命令を受けて、リリーの身体は、意思とは反してシロから離れ、後ずさりする。
抵抗しようと、シロに抱き着こうとするが、隷属魔の身ではそれも叶わない。
「あ、主様……っ! かような事に、貴重な魔力を浪費してはなりません!」
「よい。分別のつかぬ小童には、相応の"しつけ"が必要なのであろう?」
「ぐっ……! こういうところで、妙なかっこよさを出さないでください……!」
硬直した状態のまま、少し眉を寄せるリリー。
と、そこへ、
「グラム様! こちらにおいででしたか!」
「遅れました、申し訳ありません!」
大柄な黒服の男二人が、幻影の壁を越えてきた。
それを見て、シロは隷属紋に流していた魔力を止める。
「ほれ、部下に命じぬか、リリーよ」
「チッ。あえて置いてきたのにのぅ……」
今すぐにでも主に抱き着きたいが、頭を仕事モードに切り替えた。
「そこな二人を連れ行け。尋問を行うからの。それと、学長に連絡を」
「時間が時間ですが……いかがいたしましょう?」
「叩き起こすのじゃ。表立って調査は出来ぬからの、日の出る前に片す」
「はっ」
黒服二人は、気絶した魔法使い二人を軽々と担ぎ、隠し部屋から出て行く。
それに伴うかのように、シロも部屋から退出しようとした。
が、出る直前。
ぼそぼそと独りごちるジンユーの肩に手を置き、
「我はジンユーの事を、"トモダチ"であると確信しておる」
とだけ告げ、部屋から去った。
ジンユーは重たげな身体を起こす。
上にかけられたいた制服のコートが、はらりと落ちた。
「んぅ? 誰ノダ?」
寝惚け眼をこする。
すると徐々に、周囲の様子が見えるようになってきた。
立て掛けられた本棚。
粉々になった机の残骸。
そこら辺に散らかった本達。
腕を縛られ、気絶する男二人。
そして、まるで王侯貴族のような風格でイスに腰掛ける、長身の青年。
紅色と白色の織り交じる髪に、どこか威厳ある居住まい。
それ自体に覚えはないが、その顔立ちに見覚えがあった。
「……シーロ?」
「左様だ。我が名はシロガネなり」
「エ……?」
シロの明らかな変化に、驚きを隠せないジンユー。
だが、寝起きのあやふやな頭で、さきほどまでの記憶を、必至に思い出す。
シロと夜の校舎を遊び回った事。
魔法使い二人と戦った事。
魔法陣から放たれた風に肩を切り裂かれ、何故か脱力してしまった事。
それらを総合して、現状を考えて見ると、
「シーロが、助けてくれた?」
肩の傷は完全に塞がっている。
龍の回復力があるとはいえ、こうも早くは治らない。
誰かが治してくれた、と考えるのが妥当だ。
シロはジンユーの問いに、いつもより低く、厳格そうな声で答えた。
「左様だ。この場で貴様を助け得る存在は、我しかおるまい?」
しかし、彼が魔法を使える回数は、一日に一回までではなかったか?
針と糸で縫合されたような様子も、別段ないし……。
ジンユーは疑問を感じた。
だがその疑問は、即座に解消された。
隷属魔法で繋がった見えないパスが、『彼の魔力は並人(ヒューム)の数十倍である』と告げてきたのだ。
「……ッ!? ま……魔力が増えタ?」
「……」
彼は何も答えない。
しかし、魔力が短時間でこうも増えるなんて、有り得ないことなのだ。
並人や獣人(セリオン)などの人間は、魔力を使い果たし、全回復するまでに丸一日かかると言われている。
龍や悪魔も、回復力はそう変わらない。
ただ、この世には例外も存在する。
さきほど血を流していた状況と合わせて考えると、自然。答えは一つに帰結する。
「もしかしテ……ヴぁ、吸血鬼(ヴァンパイア)?」
否定して欲しい。
そういった感情が籠められた一言に、されど返ってきたのは肯定であった。
「左様だ」
「……っ!」
ジンユーは瞬時に立ち上がり、身構えた。
吸血鬼とは龍にとって不倶戴天の敵。
かの百年戦争を勃発させ、同胞を数多く殺めた、悪の象徴だ。
それが今、彼女の目の前で、イスに腰掛けているのだ。
自身に流れる祖先の血が、『殺せ!』と叫んでくる。
心の中の正義感が、『討伐しろ!』と怒鳴る。
だが、何故か身体が動かない。
「かかって来ぬのか? 我は、貴様ら龍に仇名す存在、吸血鬼に相違ないぞ?」
「……」
「フッ、寛大なる我が先手を譲ってやったのにも拘らず、その権利を放棄するか。さすがは龍だ……面白い。では、存分に力と力を比べ合おうではないか」
シロはおもむろに、イスから立ち上がる。
しかしジンユーは、
「……なんデ。なんデ、そんなに悲しそうナノ?」
ぽつり。と、疑問を口にした。
シロは慌てたように、
「か、悲しんでなどおらぬ! 我はむしろ、楽しみにしておるのだ! なにせ、龍との決闘など、実に三百年ぶりだからな! 血が滾る!」
「……嘘、だよネ?」
「──ッ!」
シロはの表情は、苦虫を噛み潰したかのように、歪む。
そんな彼に、ジンユーは畳み掛けた。
「本当は戦いたくナイはず。戦いたいと思っテる人が、あんな顔をするはずがナイ!」
「いや、我は戦いを望む! 否、戦わねばならぬ!」
「そんなコトない。手を取り合うこともできるハズ」
「戯言を! 我は吸血鬼ぞ! この世の悪そのものであるぞ!」
「だからと言って、戦う必要なんテ、ミジンもナイ……!」
「それがあるのだ! 帝都に吸血鬼が出たと知れば、その討伐資金のため、民は重税に苦しむこととなる! 故に、龍である貴様と戦い、その果てに敗北する義務があるのだ!」
「あーし、言わない! シーロが吸血鬼なのは、黙っておくカラ……!」
「し、しかし、貴様にも復讐心と正義感があるはずだ。悪そのものである我を……」
「チガウ!」
胸にガラスが刺さるような、悲痛な少女の叫び。
彼女の潤んだ瞳に、龍の涙が溢れる。
「あーしはシーロと戦いたくないのっ! シーロは悪い人なんかじゃナイもん! ダッテ! あーしを助けてくれた! あーしを見守ってくれた!」
「そ、それは、万全の貴様と戦う必要があるからで……」
「なら! なんデ、ペアを組んでくれたの! 次も組む、って言ってくれたの! ……なんデ、今日、一緒に遊んでくれたノ?」
「……っ」
「あーし、すごく嬉しかっタ。皆に避けられてたカラ」
ぐしゃぐしゃになった顔を俯かせるジンユー。
「シーロは、絶対悪い人なんかじゃナイ。ダカラ、そんな悲しいこと言わないデ……」
とめどない涙が、床へとこぼれ落ちる。
龍と吸血鬼──
両者は、歴史的に見れば、完全に相容れない。
ジンユーは祖先の多くを、吸血鬼に殺され。
シロは戦争を止めるため、悪の象徴として君臨した。
しかし。
それでもシロを恨めないのが、ジンユーという龍であり。
それでも悪になりきれないのが、シロという吸血鬼であった。
「……すまぬ、泣かないでくれ」
気が付けばシロは、龍の少女を抱き寄せていた。
ジンユーは抵抗せず、吸血鬼に身を預ける。
「ごめん……。吸血鬼って知っタ時、シーロの事、倒さなきゃって思っちゃった……。でも。それでも、シーロと、争いたくなかった……」
「あぁ。……実をいえば我もだ」
「シーロ……」
振り仰げば、シロはどこか安堵したような表情を浮かべていた。
……彼は、優しい。
しかも、馬鹿だ。
自身が吸血鬼である事を隠し通したいなら、苦しむ彼女を見殺しにすればよかっただけの事。
しかも、彼女が無事に起きるまで、律儀に側で守ってやる必要など全くない。
なのに、少女一人見捨てられず、その上で、民の苦しみだのなんだのと抜かして、本当は嫌なのに、自分を討伐させることが最良だと判断した。
はっきり言って、
「バカ……」
ジンユーは、すっと彼の背に手を回した。
自身の激しい鼓動が、彼に伝わる。
「我を倒せば、名声と富が手に入ったのだぞ? 貴様の方が、馬鹿ではないか、ジンユー」
「むぅ……イジワル」
「ふっ、やも知れぬな」
その柔和な笑みに、心臓が一際強く打った。
あまり気にしてはいなかったが、こうして見ると……今の彼は、かなり格好いい。
病的な肌の白さや、痩躯の長身、整った顔立ちが、儚げな美しさを発してやまない。
見つめれば、見つめるほど、まるで《魅了(チャーム)》にでもかかったかのように、彼から目が離せなくなる。
「ごくっ……」
さきほどまでの張り詰めた空気から一変。
二人の雰囲気は、どこか甘い。
口の中で溶ける、チョコレートのようである。
年頃の男性と触れる機会の無かったジンユーでさえも、この先の展開が察せられる。
そして、その展開を受け入れてもいい、と思わせるほどの魅力が、シロにはあった。
「緊張しておるのか? なに、心配せずともよい」
「ん……」
徐々に、二人の距離が縮まる。
それは、なにも精神的な話だけではない。
物理的にも、距離が縮まっていく。
だがしかし。
「主様あああぁぁぁ──ッ!」
幻影の壁をすり抜け、"リリー"が大鎌片手に現れた。
「主様の危機を察知し、このリリー・グラム。馳せ参じ……ん?」
空気が、再び張り詰めた。
リリーの背後に、ドス黒い瘴気のような何かが立ち込め始める。
「主、様……?」
「リリーではないか。よくぞ参った」
「エ、エ……? シーロ、あの方ハ?」
「我が隷属魔だ」
シロがそう告げると、リリーはずかずかと大股で歩み寄る。
ジンユーの襟を掴んで無理やり引き剥がし、自身の主へと、これ見よがしに抱き着く。
「左様じゃ! お主のような小童が主様を奪おうなど、296年早いわ!」
「別に奪っタ訳じゃ……」
「ええい、嘘を申すな! 主様の魅力に惚けておったではないか! あれはメスの顔じゃ! わらわの主様を奪う、だらしないメスの顔じゃ!」
「めっ、メス……っ!?」
ぼっ! と顔を上気させ、恥ずかしげに俯くジンユー。
リリーは勝ち誇ったような笑みを湛え、魔力在る主に頬擦りする。
「あぁ、主様~! いと素晴らしき御姿にて御座います~! あのような浅ましい者は放っておいて、わらわを存分に可愛がってくだされ~!」
「少々、ジンユーに無礼ではないか……?」
「何を仰いますか! 分別のつかぬ小童には、相応の"しつけ"が必要で御座います! 存分に罵倒し、わらわと主様の偕老同穴の関係を見せつけてやりましょうぞ!」
「いや、お前と婚姻した覚えはないのだが……」
「これからするので、無問題です~♥」
ぎゅううぅぅ、と全力で主を抱き締める隷属魔の夢魔(サキュバス)。
可愛らしい。
しかし、可愛らしくはあるのだが、
「《離れろ》」
いささか、無礼と鬱陶しさに過ぎる。
「な、なっ……!」
リリーの下腹部に刻まれた隷属紋が、妖しく光った。
魔力の籠った命令を受けて、リリーの身体は、意思とは反してシロから離れ、後ずさりする。
抵抗しようと、シロに抱き着こうとするが、隷属魔の身ではそれも叶わない。
「あ、主様……っ! かような事に、貴重な魔力を浪費してはなりません!」
「よい。分別のつかぬ小童には、相応の"しつけ"が必要なのであろう?」
「ぐっ……! こういうところで、妙なかっこよさを出さないでください……!」
硬直した状態のまま、少し眉を寄せるリリー。
と、そこへ、
「グラム様! こちらにおいででしたか!」
「遅れました、申し訳ありません!」
大柄な黒服の男二人が、幻影の壁を越えてきた。
それを見て、シロは隷属紋に流していた魔力を止める。
「ほれ、部下に命じぬか、リリーよ」
「チッ。あえて置いてきたのにのぅ……」
今すぐにでも主に抱き着きたいが、頭を仕事モードに切り替えた。
「そこな二人を連れ行け。尋問を行うからの。それと、学長に連絡を」
「時間が時間ですが……いかがいたしましょう?」
「叩き起こすのじゃ。表立って調査は出来ぬからの、日の出る前に片す」
「はっ」
黒服二人は、気絶した魔法使い二人を軽々と担ぎ、隠し部屋から出て行く。
それに伴うかのように、シロも部屋から退出しようとした。
が、出る直前。
ぼそぼそと独りごちるジンユーの肩に手を置き、
「我はジンユーの事を、"トモダチ"であると確信しておる」
とだけ告げ、部屋から去った。
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