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第4話 会場

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「うわぁー……。思ってたより立派だ」

 目の前にそびえ立つ巨大な建物──パーシヴァル魔法学院の校舎を見て、僕はそう呟いた。

 さすがは、三百年前の大戦の時に、幾人もの英雄を送り出し、魔法省の官僚を、今も多く輩出している名門校だ。
 校舎からして規模が並外れている。

 聞いた話によると、生徒は千人強で、教師・講師の人材も豊富。
 魔法教育に必要不可欠な施設や設備も十分に整っており、ティーブレイク用の東屋や、泊まり込むための宿舎、はては隷属魔用の牧場まで存在するらしい。
 もちろん、貴族や聖職者も多く在籍しており、王族もいるとかいないとか……。

 詳しいことは、実際に学校生活が始まらないと分からない。
 だけど、一つ確かに言えることがある。

「僕みたいに、清掃員の制服を着た人は誰もいない……!」

 周囲を見回してみると、生徒たちは、みんな高級そうな服装だ。

 あぁ、あそこのイケメン、身に付けている宝飾品が煌めきすぎてて、顔がまったく見えない!
 ぐおぅ! あそこの美女、ドレスの刺繍が細かすぎて、見ていてこっちの目が疲れる!

 対して僕は、見るからに労働者っぽいシャツとズボン。
 一応、汚れの少ないものを選んで、上にベストを羽織っているけど、周りの生徒から浮いてしまっている。恥ずかしい……。

 なんて考えていると、どんッ! と、背後から肩をぶつけられた。

「ご、ごめん……っ!」

 ばっと振り返って、素直に謝ったけど、

「立ち止まってんじゃねぇよ、チビ。邪魔なんだよ」

 返ってくるのは罵倒だった。

「なんだ、その服装は? ……あぁ、新入生じゃなくて、清掃員だったのか、ははは!」
「いや、僕も新入生なんだ」
「はっ! 皮肉だよ、馬鹿が」

 突っかかってきた男は、憎たらしい笑みを湛え、去っていった。

 ぐぬぬ……。嘲笑されたのだ。
 高貴で高慢な貴族様にとって、見すぼらしい僕は、気に食わない存在なのだろう。
 だから、あえて肩をぶつけ、その上で罵倒したのだ。ムカつく……!

 当然、馬鹿にされたこちらとしては苛立ちを覚える。
 だけど、絶対に目立ちたくないし、大人しく入学式の会場へと向かった。



 入学式は、他の学校と同じように講堂で行われる。
 無論、パーシヴァル魔法学院は講堂の大きさも凄まじい。
 僕は圧倒されてしまった。

「理事長って、すっげー……っと、棒立ちしてたら、また怒られちゃう」

 周りをきょろきょろとしながらも、中に入り、手頃な席に腰掛けたところで、ほっと一息。

「ふぅ……みんな服装が派手だし、どことなく空気がピリついてて怖いな……」

 なんて、特に意味も無く呟いたのだけど、

「それ、私も同感かな」

 隣の席の、並人(ヒューム)の少女に拾われた。

 見れば、少女も質素な服装だ。
 別段珍しい訳ではないけど、平民出、それも一般家庭の出身なのだろう。
 緋色の瞳は丸々として大きく、橙色の髪もポニーテールに纏められていて、とても活発的。
 健康さや元気さが大事になってくる平民ゆえなのかもしれない。

 と、頭で感じたが、思いもよらない同調に、僕は変な声を漏らす。

「んぬぅっ!?」
「大丈夫!?」
「だっ、大丈夫だよ……! さっき少し嫌な事があったから、それを思い出して……」
「あぁ……見てたよ。校門の近くで、肩をぶつけられてたよね」
「いいや、外の太陽光が眩しかったから」
「えぇ!? そっち!? いや……太陽光!?」

 僕以上に素っ頓狂な声を上げて、少女は驚いた。
 その様子に、周囲から好奇の視線が集まる。

「ちょ、ちょっと、声を抑えて」
「ごめんっ」

 恥ずかしそうに口を覆って縮こまる少女。
 集中していた視線は外れていった。
 少女は居住まいを正し、僕に名前を問う。

「ふぅ……で、君の名前はなんて言うの?」
「僕はシロガネ。シロガネ・フォ……シロガネ・シュテルだよ。気軽にシロって呼んで、よろしくね」
「私の名前はリタ・アーネット。こちらこそよろしくね」

 ものすごく簡単な自己紹介を終え、僕たちは軽く握手した。
 すると直後。気になったのか、服装について聞かれる。

「その服装……"ライテン掃除屋さん"の制服だよね?」
「うん。数か月前まで清掃員だったんだ」
「数か月前まで?」

 と、首を傾げるリタだったが、事情を察したのか、一人で相槌を打つ。

「あぁ! 魔法学院に入るために辞めたのね」
「いいや、解雇だよ」
「えぇ!?」

 リタにとっては驚きの連続だ。
 予想外の返答に、また素っ頓狂な声を出した。
 僕は彼女を落ち着かせようと、事情をきちんと説明する。

「元々、魔法が使える人の方が優遇されてたんだけど、今年度からそれが更に厳しくなっちゃって……ついに解雇されちゃったんだ、『初級魔法の資格が無ければ、清掃員に非ず』って」

 そう、昨今は厳しいのだ。
 あらゆる職で、魔法が使えるか否かが問われる。
 軍事関係や土木は当然、ベビーシッターや性産業でさえ魔法が使えるだけで給与が倍になる。
 僕の元いた清掃会社でも、迅速かつ丁寧な清掃のために、最低限の魔法技術が求められるようになったのだ。

「……もしかして、清掃員に戻るために魔法を学びにきたの?」
「うん」
「別に魔法を必要としない職なんていっぱいあるのに……。それに、パーシヴァル魔法学校を卒業すれば引く手あまたなのに……。世の中、色んな人がいるものね」

 信じられない、と言わんばかりに顔を引き攣らせるリタ。

「逆に、リタはなんで魔法学校に入ったの?」
「あー……。私はね……」

 と、話しかけたところで、

「新入生の皆さん、始めまして」

 入学式が始まった。
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