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第102話 不穏

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「よし、忘れないようにきちんと入れないとな」

 一度忘れてしまったからな。
 次は忘れないようにしないと。
 今度忘れたら、本格的に落ち込んでしまう。

 俺は書き終えた魔術戦マッチングの用紙を入念に確認し、忘れずに箱の中へと入れた。

「完璧……なはず」

 ガッツポーズは弱々しい。
 魔術戦マッチングの用紙を入れたからと言って、それで終わりでは無いからだ。
 これは始まりにすぎない。
 本番は実際の魔術戦だ……。

「はぁ……」

 考えれば考える程、自信が無くなって来る。
 俺の胸中は、不安とオリヴィアの事で一杯だ。

 そんな気分を切り替えようと、ふと外を見てみる。
 すると水曜日になったというのに、空は未だに雨模様。
 早く晴れないかなぁ。

「おい、お前!」

 急に大声が耳に届いた。
 びっくりして声のした方を見てみれば、目に映るのは体格のいい角刈りの男。
 シモンの友人、ガルファだ。

 始めは誰に言ったのかわからず、周りをキョロキョロと見渡すが、生徒会室の前にいるのは俺だけ。
 という事は俺に声をかけたのだろう。

「……俺?」
「はぁ……はぁ……紅眼、お前の事だよ」
「俺に、興奮してるのか?」
「違う!……はぁ……はぁ、お前を探し回ったんだよ」
「んー……何でだ?」

 ガルファと話したのはシモンを探していた時の一回だけ。
 そこまでガルファと俺に繋がりがある訳では無い。
 なのにそんなガルファが俺に用とは、何だろうか?

「シモンがここ数日、来ていないんだよ」
「え!? ……でも、あいつの事だし有り得ない話ではないだろ」
「いや、あいつは変わったんだ!」

 ガルファは必死の形相で詰め寄って来た。
 それこそ顔と顔が触れ合ってしまうそうなくらいに。

「ちょ、ちょっと、近い!」
「あっ、悪い悪い」
「……にしても、シモンが変わったってどういう意味なんだ?」

 もし、シモンが人工魔族という事に気付いているなら、危険な事に巻きこまない為にも……話し合いが必要かもしれない。

「その……最近、あいつ前より素直になったんだ」
「素直……?」

 ……そうか?
 んー、まぁ前よりかはとっつき易くなったかな。
 でも俺とガルファでシモンに感じる雰囲気は違うだろうし、シモンも違う対応をしていただろう。

「ほら、俺との差を感じていただろ、あいつ」
「あぁ」
「でも最近のあいつは、昔の様に俺に接してくれていたんだ。……だからあいつは変わったんだ!」

 ガルファは強い語気で俺に語りかけてくる。
 ガルファにとってシモンはそれ程大切な人物なのだろう。

「変わったのは分かったけど……でも、どうして?」

 理由が分からない。
 確かに、人工魔族になりたての頃に比べて、シモンの性格は良い方向に変わったかもしれない。
 だが、その理由が一向に分からない。

「それはな……お前と出会ったからだ、アベル」
「……え?」
「あいつはお前と話し合うようになってから、目に見えて変わった」
「いや、そんな事……」
「本当だ」

 ガルファの眼は真剣だ。
 そこには嘘も忖度も存在しない。
 あるとすれば心配や友情。
 人の感情の中でも一際温かい部分だけだ。

「だからアベル。俺はお前に聞きに来たんだ。シモンが大丈夫なのかどうかを」
「……分からない」
「そうか、ならいいんだ。すまなかったなアベル」
「いいんだ気にするな、ガルファ」
「まぁ……多分風邪でも引いているんだろ、最近雨だし」
「練習のし過ぎで濡れたのかもな」
「そうだな。俺、今日の帰りにお見舞いでも行ってくるよ」
「あぁ、じゃあ俺も後で行くとするよ」
「なら先に待ってるぜ、アベル」
「あぁ、頼むよガルファ」

 ガルファは最後にはにかんでその場を後にした。
 俺はその背を見送り、もう一度入れ忘れが無いかを確認する。
 しかしその最中に、

 ピカッッ────!!

 と雷が落ちた。
 一瞬だけ世界が明るくなり、直後に轟音が鳴り響く。

「うおぉっ!」

 俺は肩を震わせ、びくっとしてしまう。

 マジでビビった……!
 何か嫌な事が起こらなきゃいいけど……。
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