戦後戦線異状あり

一条おかゆ

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第二話 武器よおいで1

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 フレーザーは民衆が自然の運行に対し「完全に間違った狂気的なイメージを抱いている」という風に叙述した。だが、現実は違った。まこと面白いことに、正しいのはフレーザーではなく、民衆だったのだ。
 元より噂は耳にしていた。わたしのいたクラクフでも、広く人口に膾炙していたのだ。
 その噂とは「西部戦線とセルビジャ戦線において、弾丸に倒れぬ、魔術師と呼ばれる女性兵士達がいる」というもの。
 始めは、二重帝国と第二帝国の上層部が士気高揚のために流布した眉唾物だと思った。
 しかし、圧倒的兵力を有していたはずの帝政ルテニアが二重帝国に蹴散らされた事実からも、信じざるを得ない。魔術師は存在する。フレーザーは個人的主観の囚人に過ぎなかった。

 ──新帝国歴四十八年、東部戦線にて。ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインの草稿より。

 ◇◇◇

 新帝国歴五十四年四月。

 アンゲリカは執務室の扉の眼前。喉元の跡を隠すため、軍服の襟元を寄せる。
 その間、扉の向こうから届く喧しい口論。最前線の戦争計画でも立案しているのだろうか。疑問を感じつつも、扉を叩いた。

「失礼します。アンゲリ……」
「早く! 早く来てくれないか!」

 困り果てた、という風な声を捻り出すのはウンフェアツァークトだ。
 上官の命令に従うのは義務。丁寧さをかなぐり捨て、一息に扉を押し開く。

「どうかなさいましたか!」

 長柄のサーベルの鞘に手を掛けつつも突入した執務室内。そこにいたのは三人の軍服。
 一人は執務机の奥で慌てふためく壮年男性、ウンフェアツァークト。
 もう一人は短い黒髪をした体格の良い男性、部下であるレルジッチ少尉。
 そして最後の一人は──

「私が個人的に認めていないからよ!」

 怒鳴る少女(ロリ)。
 サイドテールに纏められた赤毛に、翡翠色の瞳をした……華奢な体躯の少女だ。
 袖や裾の余った軍服があまりにも似合っておらず、怒る姿も反抗期にしか見えない。
 当然、疑問が生じる。だが喉はその疑問を呈するよりも早く、本心を口にしていた。

「……可愛い」
「はぁ⁉」

 少女はガラ悪そうに大口を開け、睨み付けてくる。だが怖くない。寧ろ可愛い。

「抱き締めてもいいですか?」
「駄目に決まってんでしょ! あんた喧嘩売ってんの⁉」

 少女は大股でアンゲリカに歩み寄る。眉根を寄せたかと思うと、所謂メンチを切った。
 少女としては本気で威嚇しているつもり。しかし、並みの男性以上に上背のあるアンゲリカと、最低サイズすら着こなせない少女。これではまるで、
 ──上目遣いだ。可愛いな……。
 つい、顔が綻ぶ。少女は馬鹿にされたと感じたのか、

「なに笑ってんのよ! 喧嘩ならいつでも買うわよ!」

 怒りを指頭に籠め、アンゲリカに指差す。
 しかし、前述したとおりの身長差。これではまるで、
 ──『アテナイの学堂』の、プラトンの物真似かな?

「よく知ってますね。いいですよね、ラファエロの絵。自分も好きですよ」
「は、はぁ⁉ 急に何の話⁉」
「え? あぁ、ダヴィンチの『洗礼者ヨハネ』のほうでしたか」
「い、いや急になに⁉」

 話しの通じないアンゲリカ(サイコパス)の発言に面食らう少女。後ずさりし、たじろぐ。
 そこへ助け舟ならぬ説明船を出したのは、ウンフェアツァークトだった。

「ムーラウ士官候補生、彼女がアンゲリカ・ミッターマイヤー中尉だよ」
「えっ⁉ こ、こんな頭のおかしいのが雌の龍(ズメイツァ)……大戦の英雄⁉ それに……こんなのが私の上官なの⁉ う、嘘だッ!」

 愕然とし、瞠目。ムーラウと呼ばれた少女はわなわなと震えだす。
 流石に看過出来なくなったのか、レルジッチは声を荒げた。

「おいお前! さっきから中尉殿に失礼だぞ!」
「うるさいわね、ロアチア人! 第一声に『可愛い』とか言ってくる奴に比べれば、失礼じゃないわよ!」
「いやどう考えてもお前の方が失礼だろ!」
「まぁまぁ二人共、頼むから落ち着き給えよ」

 ウンフェアツァークトに制され、無理に溜飲を下げる二人。
 アンゲリカでさえほんの片時で理解した。ムーラウの性格は苛烈で、攻撃的。
 只人のウンフェアツァークトが頭を抱えぬ道理はない。
 まさか、こんな如何にも問題児そうな少女が任官してくるとは……。

「はぁ……まぁいい。ではムーラウ君、ミッターマイヤー中尉に挨拶したまえ」

 一応、上官の命令だ。ムーラウは不貞腐れ気味に、自己を紹介する。

「……ノラ・ムーラウよ。魔術師学校の士官コースを出たから、階級は少尉」
「少尉? 候補生では……」
「正確にはね。でもどうせ少尉になるんだから候補生なんて肩書はいらないわ」
「えっ?」と募った困惑が飛び出る。だがムーラウは気にも留めず続けた。
「ま、取り合えずあんたの一つ下よ。でも私、認めた相手にしか敬語は使わないから」
「は、はぁ……。多少気になる点はありますが、構いませんよ、自分は気にしませんし。それで、出身のほうは?」
「栄えあるジポーリエ村よ! かのヨーゼフ・トロッタ・フォン・ジポーリエ男爵と同じ村の出身!」

 誇らしげに無い胸を張るムーラウ。自身の郷土に、並々ならぬ自尊心を抱いているであろう。守るべき二重帝国領土に矜持を持つ事は良いことだ。
 アンゲリカは近所のお姉さんのように、目を細めた。

「では、勇敢な男爵と同郷であるノラちゃんのこと、期待しますね」
「えぇ……ってなんでちゃん付けなのよ! それに気安く名前で呼ばないで!」
「いいじゃないですか、ノラちゃん」

 全く悪気無く、相手の嫌がる行為を的確に行う。これぞ共感性が欠如した魔術師。
 しかし当然だが、彼女とて悪意があって行っているわけではない。
 それゆえ、更なる不興を買おうと煽りを言い募ることは無い。
 何事も無かったかのように、「それよりも」と話題を切り替えた。

「口論していたようですが、何かあったのでしょうか?」
「聞いて下さいよ中尉殿! このガキ、ハブスバルク王家への忠誠心がある民族としか口を利かない、とか言うんですよ!」
「当然でしょ! 私は帝冠領のデウシュ人よ! ヴェニア人やロアチア人は兎も角、マギヤロク人やセルビジャ人なんかと言葉を交わしたら、口内炎になるわ!」

 この二重帝国は、超が三つ付くほどの多民族国家だ。
 東部の帝冠領側にはデウシュ人、ヴェニア人、チェッコ人等など。
 西部の王冠領側にはマギヤロク人やロアチア人、ロマニア人等など。
 南部の共同管理地にはセルビジャ人、ボスンジャック人(三日月教徒)等など……。
 正味、挙げ始めればキリがない。民族ごとに宗教、価値観が大いに異なることも多々。故に民族対立があるのは、今に始まったことではない。
 だが、防禦隊の走りがボスンジャック人を中心として構成されていた経緯もあってか、今日の防禦隊は他民族部隊だ。三年前の冠領戦争によって、王冠領軍が解体されて以後、職にあぶれたマギヤロク人の隊員も数を増してきている。
 つまり何が言いたいのかというと、贅沢は言ってられないのだ。

「困りますね……私の中隊にはヴェニア人とボスンジャック人がいますし」

 アンゲリカの部隊は既に多民族構成。レルジッチがロアチア人であることを加味すれば、四民族が一中隊に混在しているのだ。
 発芽するかさておき、争いの種自体は多量にあると言える。そんな中で民族主義的なムーラウは、対立の肥料と成りかねないのだ。当然隊を率いる中隊長としては、悩む。
 僅かな時間、口をへの字に思索に耽っていたが、ウンフェアツァークトが説明船ならぬ助け舟を出した。

「ふっ、解決方法は簡単だよ、ミッターマイヤー中尉。コミュニティ・レクリエーションをすればいいのさ」
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