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 その日はいつもより少し綺麗めな服を選び、髪をシュシュで束ねた。うっすらと化粧を施し、寮を出て約束した場所に向かった。
「葉月さ~ん!こっちよ、こっち」
 遠くでこちらに向かって手を振る女性が見えた。私は急いで彼女の元に駆け寄った。

「優さん! お久しぶりです!」
「久しぶりね~! その後どう? 元気にしていたのかしら?」
 ふふっと笑う優さんに、はい! と満面の笑みで答えた。
「私ね、もう一度あのファミリーレストランのティラミスが食べたいの! でも、1人じゃ入るのに勇気がいるでしょ?」
「あっ、じゃあ、行きますか? ファミリーレストラン!」
「ありがとう! 優しいわね……葉月さんも」

 優さんは柔らかな表情で、私の手を握った。そして、そのまま手をつないでファミリーレストランまで歩いた。

 ファミリーレストランに入ると、すぐに店員が案内してくれた。それほど混んでいなかったので、空いていた窓際の座席を選ぶ。ティラミスを2つとコーヒーを2つ頼む。しばらくして、机の上には注文したものが並べられた。

「やっぱり、美味しいわ~! この前食べた時からもうずっと食べたかったのよ!」
 優さんは満面の笑みでティラミスを頬張っていた。その姿は口いっぱいに食べ物を詰めたリスのようでとても可愛らしかった。
「ここのティラミス、私も大好きなんです」
「そうよね、そうよね! この味はお友達にも教えたいわ!」
 ティラミスの入っていた皿には、もう何も残っていない。ここのティラミスは街で一番美味しいと、私は思う。

「そういえば、話したいことって何ですか?」
「あら、私ったらティラミスに夢中で忘れちゃってたわ!」
 そう言うと優さんは、鞄からタブレットを出し1枚の写真を私に見せてくれた。
「わあ! 可愛い赤ちゃんですね!」
「でしょ~! 自慢の娘なの!」
「えっ! 娘さんですか?」
「そうよね。やっぱり、ビックリするわよね~」
 子供がいなかった優さんは、延命治療が成功した後パートナーの方と話し合い培養器で子供を授かってはどうかという結論に至ったらしい。
 そして一昨日、娘さんを育て始めることができたのだという。久しぶりに赤ちゃんを抱き私のお母さんと私のことを思い出し、また会いたくなり連絡したと、そう話してくれた。

「培養器で子供を授かるのは審査や許可があって諦める人が多いと、学校の授業で習いました。優さんも、大変でしたか?」
「そうね、たしかに色々関門みたいなものはあったけれどせっかく伸びた命ですもの。育児をしたい気持ちを諦めることが出来なかったの……」
 私子供ができにくい体質だったらしいの、と優さんは少し寂しそうに笑っていた。

「昔は無理な事だったけれど、これはチャンスなんじゃないかと思ってね? 色々頑張っちゃったわ!」
 優さんは、優しいだけでなく芯が強い人なんだなと思った。
「そうだったんですね! 私、優さんの前向きで元気なところ大好きです!」
 そう伝えると、優さんは照れるわと顔を手でパタパタと仰いでいた。
「確かに、培養器ってすごいですよね……。自分の細胞から臓器も作れますし」
「葉月さん、詳しいのね~」
「いえ、図書館で見た本に書いてあったんですよ」
「図書館って専門書でしょ? 私は最近雑誌ばかりよ?」
 私と優さんはしばらくの間、雑談話で盛り上がった。コーヒーで一息つき私は少し緊張しながら本題を話すことにした。

「実は、私の祖母……弥生さんは生きているんです」
「最近まで眠っていたんですけど、数日前に目覚めることが出来て今は少し会話ができるまで回復しています」
 そう伝えると、優さんは零れる涙をハンカチで拭いていた。
「そうなの……生きていて良かったわ」
「優さんが教えてくれた、お屋敷や木やペンダントのことのおかげです。ありがとうございました」
 私は深々と頭を下げる。優さんは少し慌てた様子で、いいのよと手を振っていた。
「あと、あのお話していたお屋敷に旦那様にあたる方は私の知り合いでした」
「えっ! 旦那様も!」
 優さんは驚いた表情をしている。私はタブレットの検索結果の画面を出し優さんに見せる。
「今はこの会社で社長をしているそうです」
 私が見せたのは旅人さんが経営する会社のホームページだ。
「あら、知っているわ。この会社有名よね」
 旦那様は今でも変わらないのね、と優さんは笑っていた。なぜ笑っているのか理由を聞くと、旅人さんは昔からゲームやおもちゃが大好きだったらしく使用人を呼んでは良く遊んでいたらしい。とても気さくな方だった、と優さんは言っていた。

 そういえば、と優さんは昔の思い出を教えてくれた。
「あなたのお母さんね、とっても綺麗な目だったのよ! 普段は黒に見えるんだけれど、太陽の光があたると綺麗な紫色になっていたの!」
「弥生さんと一緒に見た時は2人とも驚いたわ」
 優さんは、母が小さかった頃の話をたくさん聞かせてくれた。

「母のことを知っている人がいて、それが優さんで本当に良かったです」
 何も知らなかった両親のことを母のことだけでも知れたのは嬉しかった。
「私も、思い出話に付き合って貰えてとても嬉しいわ」
 優さんはニコニコと笑っていた。

 コーヒーを飲み終え、少しぼーっとしていると優さんがガタっと椅子から立ち上がった。優さんはこちらに手を差し伸べ嬉しそうに笑っている。
「お昼までの時間、少し私に付き合って貰えないかしら?」
「はい、喜んで!」
 私は優さんの手を取り、立ち上がった。会計を済ませ外に出る。
 その後はお昼を知らせる音楽が流れるまで、2人で買い物や食べ歩きを楽しんだ。まるで昔から仲が良かった友達と遊んでいるような感覚だった。

「名残惜しいけど、時間切れね……。もし良かったらまた私と遊んでくれるかしら?」
「もちろんですよ! 私もとても楽しかったです」
 ありがとう、と優さんはふわりとした笑顔でその場を後にした。私は手を振りながら優さんを見送った後、駅前の花屋に向かった。
 いつもの花束と、おまけで貰ったクッキーを手提げに入れ電車に乗る。今日も午後は弥生さんのお見舞いの予定を入れていた。

 病院に着き、カードを受け取る。いつものようにカードをかざし、部屋に入ると弥生さんは笑顔で出迎えてくれた。
 いつものように、花瓶の花を替えてからベッドの横にある椅子に腰かける。
「弥生さん、こんにちは!」
「こんに、ちは……はづ、き、ちゃん」
 フワフワとした笑顔で返事を返してくれた。
 私は弥生さんに今日優さんと会ったことを話した。弥生さんはニコニコと話を聞いてくれるので、ついつい喋りすぎてしまう。

「そうだ! 弥生さん、優さんと会ってみたい?」
 そう聞くと、弥生さんはコクコクと頷いた。
「秋の休日になると思うけど、大丈夫?」
「だいじょ、ぶ」
 弥生さんはまだ出にくい声でそう答えてくれた。
 私はその場で優さんに送る文章を作成し、可愛いスタンプを付けて送った。返事はすぐに帰ってきた。弥生さんと一緒にタブレットを確認すると、楽しみの文字と周りの花がクルクルとまわるスタンプが送られてきた。
 秋の休日が楽しみになる、そんな午後だった。
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