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 意識が浮上するのを感じる。目を開けると立っていたホームではなく白い天井が広がっていた。
 ピッという音とカラカラと何かを運んでくるような音が聞こえる。
「あっ、倉持さん。意識戻られましたか、良かったです」
 傍に来た看護師にここは何処かと聞くと、あの山の上の病院だと教えてくれた。
「運ばれてきたとき、すごい熱だったんですよ~……先生は過労やストレス、それにこの暑さが原因だろうとおっしゃっていましたけれど」
 心当たりあります? と聞かれ、それはもう……と答えた。

「あなたのおばあさんも、この病院にいるわよね。一度担当になったから知ってるわ! 見た目本当にそっくりね~」
「でも苗字違うから、あれ? って思っちゃたわ」
 元気な看護師さんだな、と私は彼女の話を聞いていた。彼女の言う通り私の苗字は祖母とは異なるものだった。

「余計な事聞いちゃったかしら?」
 ごめんなさい……と彼女は少し落ち込んでいるように見える。
「いいえ、大丈夫ですよ。でも私にも理由は分からないんです」
 私は本当に理由を知らない。でも今となっては、もう知らなくてもいいかなと思えた。

 看護師さんと入れ替わるように、佐田先生も私の様子を見に来てくれた。
「良かった、意識戻ったのね。具合はどう? 吐き気とかはない?」
「まだ少しぼーっとしますけど、吐き気とかは特にないです」
 なら少し安心ねと佐田先生は少し困ったような笑顔を見せた。
「私、駅のホームで立っていて……フラっとしたんです。それ以降の記憶がなくて、目が覚めたらこの部屋で寝ていました」
 佐田先生が助けてくれたのかなと思い、聞いてみると佐田先生はここに来るまでのことを話してくれた。

「私が見た時には、あなたは駅のホームから落ちかけていたわ。周りの人の視線があなたに集まるのを感じて、私は気付いたの」
「でも、もう間に合わないと思ったわ。……電車がホームに入ってきていたから」
 それを聞いて私は背中に冷や汗が滑るのを感じた。
「一瞬もう無理だと目を瞑ったの。目を開けたらあなたを男性が横抱きにしていたわ」
「あんな人いたかしら……と思ったけれど、そんなことより私はあなた診るためにその場所に駆け寄ったの」
「でも、そこにはあなたが横たわっているだけだったわ」
 不思議よね、と佐田先生は本当に不思議そうな表情をしていた。
 私には心当たりがある。おそらく旅人さんだろう。旅人さんとのゲームはまだ終わってないし、彼の探しているホンモノの可能性のある私を死なせるはずはないからだ。

「その後は、色々と勝手が良いから私の病院に運んでもらって……処置して今に至るって感じかしら?」
 無事で良かったわという佐田先生に、何から何までありがとうございますと伝えると佐田先生は笑って言った。
「私は病人・怪我人を助けるのが生きがいですもの!」

 私はその日のうちに、病院から寮に戻ることが出来た。寮の管理人さんからは、学校には連絡が言っているから安心してゆっくりしてねと言われた。
 結局、次の日まで私は何もせずぼーっと一日を過ごしていた。何もしないなんて久しぶりだなと思いながら目を瞑る。

 瞼の向こうに眩しさを感じ目を開けると、壁に太陽の光が差し込んでいた。時計を見ると8時だった。朝食をとり部屋に戻る。
「うん! 大丈夫そう!」
 体調はすっかり良くなっていた。熱を測っても平熱だった。

 私は、行ってきますと寮の管理人さんに声をかけ駅に向けて駆け出した。途中、いつもの花屋さんに寄って綺麗な花束を買う。
 電車が来るまでホームの先端から少し離れた場所で待ち、少し暑い夏の空気を感じていた。

 電車に揺られ祖母の元に向かう。最近の日常になりつつあるこの流れが私はとても好きだった。
 いつものように受付でカードを渡され、祖母の部屋に向かう。途中佐田先生を見かけたが忙しそうだったので声はかけなかった。
 カードをかざし祖母の部屋に入る。今日も部屋は静かだ。花を飾り、祖母の横にある椅子に腰かける。
「弥生さん、葉月です。こんにちは……今日もお見舞いに来たよ」
 私は熱が出たこと、倒れてしまったこと、命の危機があったことなどを祖母に話した。返事は帰ってこないが、聞こえていたらいいなと思う。
「弥生さん、私にあなたの記憶を見せてください」
 そう言いながら、祖母の手に触れる。視界がぐにゃりと揺れた。

 目を開けるとどこかの部屋の中にいた。近くでは赤ちゃんが寝ている。
「良かった、あなた無事に生まれたのね」
 そう口に出したはずだったが、声は出ていなかった。
 そうか、記憶を見るためだからもう干渉は出来ないのかもしれないと私は考えた。  身体は勝手に窓際に移動する。これは弥生さんの行動だろう。
 窓の外、この部屋がある建物の傍には線路が見えた。

 コツコツと廊下に足音が響き、部屋のほうに近付いてくる。足音が部屋の前で止まると、呼び鈴が鳴り弥生さんを呼ぶ声が聞こえた。
 ドアを開けると、少し厳しそうな綺麗な服を着た女性が立っていた。
「こちら、あなたへの通知書です」
 紙が2枚手渡される。内容に目を通すと、どうやら弥生さんは何処かの屋敷での使用人としての雇用が決まったという内容だった。子供も連れてきて構わない旨が書かれていた。

「もう1枚は契約書です。記入後期日までに送付してください」
 先ほどの女性は、キリっとした顔でそう言った。
「期日になりましたら、迎えのものがこちらを訪れますのでそれまでに荷物の準備等済ませてください」
「あなたたち家族を私は歓迎します」
 最後の言葉は旦那様からです。そう伝えると女性はコツコツと音を響かせながら帰っていった。

 祖母は、使用人として働いていたんだなと思った瞬間視界がぐにゃりと揺れた。
 目を開けると、祖母と手をつないだまま私は椅子に座っていた。もしかしたらと思って、そのまま祖母と手をつないでいたが新たな記憶を見ることはなかった。

「弥生さん、私帰るね。また会いに来ます」
 そう祖母に伝え、帰宅の準備終え部屋を出る。カードを受付に返却し、駅に向かった。
 時間はまだお昼を過ぎた頃だろう。いつもより高い位置にある太陽にそう思った。

 寮の部屋に戻り、私はすぐにノートにメモを取った。
 祖母の身体で見た記憶、私が感じたこと、最近の体調の変化、そして記憶は1日1回しか見ることが出来ないかもしれないという仮説を書いていく。
「う~ん、多分まだ何か足りないんだろうな」
 部屋の中で1人呟き天井を見る。
 また明日祖母の元に行って、私は、確かめてみる必要があるなと思うと同時に人の記憶を簡単に見て良いものだろうかとも思った。

 その日は残った時間に課題を進め、夕食をとりいつも通りの時間にベッドに入った。ベッドに入ってすぐに眠気を感じたので目を瞑る。段々と落ちていく意識の中、私は祖母の目覚めに何が足りないんだろうと考えていた。
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