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 あの後、現地解散となり私は寮に戻った。夏休みと聞こえはいいが学生には大量の課題が出ているのである。こんなに課題出すならいっそ課題集中期間とかに名前をければいいのに……と学生である私は思った。
 窓の外は、天気が変わり今では雨がザーザーと降っている。きっと外は湿気でジメジメとしているのだろう。寮内は空調設備のおかげで、全館全室この時期は冷房により適度な室温に保たれている。

 それから2,3時間ほど課題を進め、ふぅと息を吐き身体を伸ばす。窓の外を見ると雨が止んでいた。
 そういえば……と私は部屋を出て、1階にある自分の名前が入ったポストに向かった。ポストの中には1通の封筒が入っており、その封筒には赤いインクで中身の確認を促す文字が印字されていた。

 前々から学校に言われ、連絡を出していた機関から送付された封筒の中身を確認する。文書には、私の両親はすでに他界しており親族はその両親と縁を切った状態だということが簡単に記載されていた。
 そして、両親の母方の母にあたる人物……つまり祖母は現在入院中となっていた。入院先の病院はこの町の山の上にある総合病院だった。
 旅人さんと行った遊戯施設のエレベーターから見た景色を思い出し、ここから少し離れている病院の位置を地図で確認する。連絡先も載っていたので、タブレットにメモとして保存をした。

「私のおばあちゃん、生きてた。会いたい。」
 生前の母から渡された祖母の若いころの写真が入ったペンダントを握りしめ、文書に向かって呟いた。

 その日の夕方、病院の連絡対応時間に私は連絡を入れた。文書に描かれていた自分の個別番号と機関の個別番号、そして何かのアルファベットと数字が混ざった番号を病院の担当者に伝える。カチカチと機会音が聞こえ、病院長に連絡が繋がった。
「この病院の院長をしている佐田です。ご連絡内容確認させて頂きました。遠野弥生さんのお孫さんにあたる方ですね。弥生さんに面会されますか?」
 何故病院長が対応しているのだろうと不思議に思ったが、私はそれよりも祖母に会ってみたい一心ですぐにでも面会したい旨を伝えた。
「そうですね。明日午後2時はいかがでしょうか。受付に遠野弥生の名前を伝えてください。私がご案内しますので」
「はい、ありがとうございます。明日伺います」

 私は通話終了のボタンを押し、鼓動が早くなっている胸に手をあてた。自分と血がつながっている人に会えると喜びで胸がいっぱいになる。溢れてきそうになる涙を必死にこらえる。会えるまでは泣かない……そんな気持ちだった。

 電車はカタカタと揺れながら、目的地へと進んでいく。流れる景色、人の息遣い、少し寒いくらいの冷気……その全てに胸が高鳴る。
 入院しているという祖母の見た目はどのくらいなのだろうか、今も生きているということは延命治療をしているはずだ、入院ということは体調が悪いのだろうか……色々な考えが頭に浮かぶ。しかし、その考えよりも祖母が存在し会えるという喜びの方が勝っていた。

 電車は終点である目的の駅に着いた。ここから病院までは歩いて数分である。走り出したい気持ちを抑え、目の前に見える病院に向かってゆっくり歩いた。

 病院内はクラシックな音楽が静かに流れている。受付に向かい遠野弥生の名前を伝える。椅子に座り数分待っていると白衣を着た1人の女性が現れた。見た目は50歳くらいだろうか。
「遠野弥生さんのお孫さんですね。病院長の佐田です。それでは、弥生さんの部屋に案内しますね」
「は、はい! よろしくお願いします」
 私は頭を下げ佐田先生の隣を歩いた。佐田先生は私の顔をじっと見つめ何か言いたげだったが、口には出さずニコリと笑った。
 部屋に着くまでの間に、祖母も親族と縁を切った状態であること、お見舞いには今までに誰も来ていないこと、今は転院してきてこの病院にいることなど色々と佐田先生は私に教えてくれた。
 入院施設の5階奥の個室の前に、私は案内された。
「こちらが遠野弥生さんの部屋です。私も同伴して大丈夫かしら」
「あ、ありがとうございます。はい、お願いします!」
 佐田先生は元気な子ねと私を見つめそう言った。
 受付で渡されたカードをドアの前の機械にあてると、ピッと音がした後に部屋のドアが開いた。部屋は広く、奥のベッドに人影が見えた。

 ゆっくりとベッドに近づいたがその人影は動く気配がなかった。寝ているのだろうか……。
「弥生さんはもう50~60年くらい寝ているらしいわ」
 えっ……と振り向くと、佐田先生は少し悲しそうな顔だった。
「弥生さんは、延命治療を受けた患者の1人でね……今では禁止されているけれど29歳の時に治療を受けたの。」
 その結果眠ったままになってしまったと前に入院していた病院から聞いていると、佐田先生は教えてくれた。

 太陽にかかっていた雲が流れ、室内に光が差し込む。そこで寝ていた祖母は私にとても似ていた。まるで生き写しだと私自身が思うほどに。
「私、あなたを見るのはこの病院が初めてではないの。街中で見かけたことがあって、とても驚いたわ。目覚めたのかと思って、確認するように連絡を入れるほどにね」
「そうだったんですか……」
 ふと、旅人さんとしりとりをした日を思い出した。あの視線は佐田先生だったのか。

「祖母は、29歳の時に延命治療を受けたから見た目が老いていないんでしょうか?」
「治療との関係性は、まだよく分からないの。答えられなくてごめんなさいね」
 そう言う佐田先生に私は気にしないで欲しい旨を伝えた。

 祖母の部屋から出る際にまた来ても良いかと聞くと、いつでもと佐田先生は優しい顔で答えてくれた。
 帰りの電車の中に揺られながら、私は嬉しい気持ちと悲しい気持ちがごちゃ混ぜになっていた。たとえ、私のことを知らなくても祖母が生きていたことは本当にうれしい。その反面、いつ起きるのか私が生きている間に目を開けるのか分からない状態であるということは悲しさを感じた。
 私はつけていたペンダントの写真を見る。若いころの祖母の写真だが、今日見た祖母と見た目はあまり変わらないものだった。

「また明日会いに行くね、おばあちゃん……」
 私ギュッとペンダントを握りしめた。カタカタと揺れる電車に私以外の乗客はまだいない。誰にも知られないよう、そっと涙を流した。

 シューという音で電車の扉が開く。寮までの帰り道を私は笑顔で歩いた。もう私は1人ではない、その事実が私に元気をくれた。
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