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 揺れた視界の中、周囲の人や物、空気の流れまでもが止まっていることに気付いた。
 視界の揺れが止まると同時に頭上から声がかけられた。
「どうもぉ、皆の元に現れる時間の旅人で~す」
 振り返ると、人影が丁寧なお辞儀をしていた。
「……こんにちは。さっきの駅で感じた違和感、旅人さんは関係あるの?」
 私は旅人さんが関係あると確信しつつ問いかけた。
 旅人さんは顔を上げ、こちらを見た。その口元は最高の玩具を見つけたような笑みだった。

「あぁ! 関係あるとも!いやぁ~僕に気付いてくれる人がいるとは何とも言えない感情だねぇ!」
「僕はとても気分が良い、そしてこんな最高な気持ちを教えてくれた君の名前が知りたい。……教えてくれるかぃ?」

「……名前は葉月」
 旅人さんが、カツカツと音を立てながら近づいてくる。ポンと頭に手を置かれた。
「葉月…ねぇ。葉月は夏生まれだろう。きっと今のような季節だったんだろうねぇ」
 何で分かるんだと思いながら私は視線を旅人さんに移した。

 姿を近くから見るのは初めてだった。旅人さんはスーツ姿だった。
 髪型はポニーテールだが、体つきや声から思うに男性だろう。顔は優し気で中性的だ。
「僕の姿、変かなぁ。この姿ならあまり怪しまれないんだけれど……」
「いや、大丈夫だと思うよ」
「くくっ、意外と普通に会話してくれるんだねぇ、最初の時はあんなに怯えていたのに」
「……! やっぱりあの記憶は、」
「おおっと、時間切れだ場所を移そう、さあ行くよ!」
 私は旅人さんに背中を押されながら、足元が真っ黒な空間を進んだ。
 地面を踏む感覚があったりなかったりいびつな空間だった。

  不思議な空間を歩いていくと一つの扉が見えてきた。重みのあるアンティーク調の扉だ。
「あぁ、この扉だ。さあ開けて入ってくれ」
 旅人さんに言われるがまま、私は扉のドアノブに手を伸ばした。
 手が触れる前にカチャリと鍵が開く音がした。ゆっくりと扉が開く。
「えっ……」
「凄いなぁ、葉月は。歓迎されている。僕の時もこうして欲しいものだよ」
 旅人さんは面白そうに喋りながら、困惑する私の背を押した。
「さぁ早くしないと、この空間がもたない。扉の向こうに入らせて頂こうじゃぁないか」
「……」
 私はギュッと目を瞑り一歩踏み出した。目を開けるとそこは街中にある喫茶店だった。
 通ってきた扉はなく、絵画が飾られた壁になっている。
「ここ、通学路にある喫茶店だ……。あ、駅は……」
 窓から外を見ると先程までいた駅が見える。
「時間を止めているだけで、移動できる距離は実際に歩いた距離なんだよねぇ。まぁ、障害物とか関係なく移動できるのは便利だからいいんだけどさぁ」
 そんな仕様なのかと私は深く考えるのはやめた。
 そんなことより私は旅人さんに聞きたいことがたくさんある。

「いらっしゃいませー。2名様ですね、お席にご案内しますー」
 ゆったりとした声を掛けられ、案内された席につく。しばらくすると注文したコーヒーが机の上に置かれた。

「あの、聞きたいんだけど……旅人さんは最初のあの時何をしていたの?」
「それは、答えられない質問ですねぇ」
 コーヒーの香りを楽しんでいる旅人さんは答える。
「僕が答えられるものには答えてあげるよ。あんなに楽しかったのは久しぶりだったしねぇ」
「うーん、じゃあ、記憶操作のサプリを飲まない方が良いっていうのは?」
「あぁ、だってアレ飲んだら葉月は僕のこと忘れちゃうからねぇ。寂しいだろう」
 くくっと笑いながら旅人さんが言う。
「それにあれを飲まれちゃぁ、ゲームが出来ない」
「……ゲーム?」
 旅人さんに視線を向けると楽しそうに笑っていた。

「じゃあ、今から本題を話そう」
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