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第十六話 外に意識を
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「――――ぐっふわぁっ!?」
寝ているところにいきなり腹の上でとてつもない衝撃が走り、肺の中の空気が一気に押し出されてしまった。
一体何事だと悶絶しながらも原因を確かめるために瞼を上げる。
「おっきろぉ~! 朝だぞぉ~!」
そこには五歳児くらいの少女が楽しそうに笑っている。大きな口から見えている八重歯が愛らしい子なのだが……。
「あ、あのな……毎朝言ってるようにその起こし方は止めろっちゅうに……」
そのうちショック死しそうだ。
この前、カヤちゃんが作ってくれた料理があまりにも美味くて食べ過ぎたあと寝てしまったことがあった。
その時にも、今のような起こし方をされたのだけど、当然――吐きました。
「ほらほらぁ、早く起きて行こうよぉ~!」
掛け布団を引っ張って俺を癒しの空間から出そうとする少女。
さて――この少女は一体誰なのかというと―――――ポチなんだぜ。驚きだろ?
どうやらポチは《人化の術》という人型になれる手段を持っており、こうして少女の姿になっているのだ。
犬なので当然真っ白い頭には獣耳が可愛らしくチョコンと生えていて、臀部近くにはフワフワモコモコの尻尾もある。ファンタジー用語でいうと、いわゆる獣人というやつだ。
呆れるほど長く生きているらしいが、何故見た目が少女……というか幼女なのかというと、そっちの方がエネルギーの消耗が少ないかららしい。
その気になれば大人になることもできるが、精神的にも子供っぽいポチは、こっちの姿の方がしっくりくるのも事実である。
俺は視線を窓の外へと向けてみた。
「……まだ薄暗いじゃねぇかぁ」
「いいでしょ! 散歩行こ散歩ぉ~!」
「コイツは毎朝毎朝……」
爺さん――桃爺のログハウスで世話になって三週間が過ぎた。
桃爺には魔力の扱い方や、世界常識などを教えてもらっていて、ある程度異世界の知識は頭の中へと叩き込んだ。
カヤちゃんも、しんどい修行の癒しとなって傍で笑ってくれるし、彼女の作る料理は本当に美味い。
それはいい。凄くいい。
ただ問題は……コイツだ。
どうも懐かれたようで、毎朝……ていつか早朝にこうやって起こされて散歩の同行を求められるのである。
「桃爺とカヤちゃんはどうしたんだよぉ」
「? まだ寝てるよ。起こしたら可哀相じゃん」
「俺だったらいいんかい!」
「うん!」
ものすっごい笑顔で返された。屈託なさ過ぎて反論ができない。反論しても基本的に聞いてはくれないが。
「ねえ……ダメ?」
泣きそうな顔の上目遣い。これには滅法弱い。
「はぁぁ~、分かった分かった。準備すっから先に外に出てろ」
パアッと顔色が華やぐと、ポチは「じゃあすぐに来てね!」と言って出て行った。
めんどくさいが、泣かれてグズられるのはもっと厄介なので、仕方なく起き上がる。
「ふわぁ~、チクショウ……ペットを飼ったことなんてねぇのに、飼ってる気分だなマジで」
カヤちゃんが用意してくれた、いつも寝る時に使用している浴衣を脱いで、桃爺にもらった青い道着を着る。どうせ汗かくのは目に見えているので、修行時に着ているコレを着用することに。
そしてそのまま家から出ると、嬉しそうにポチが飛び掛かってきた。いつの間にか幼女から犬の姿へと戻っている。
「早く早くぅ! 早く行こうよぉ~!」
「分かったから纏わりつくなぁ!」
リードは無しだ。あってもコイツを制御なんてできねぇしな。俺が振り回されて余計疲れるだけだ。
こうしてまだ朝日が昇り切っていない早朝の、二人だけの散歩が始まった。
この【最果ての山・冥ヶ山】は、かなり規模が広い。ただただゴツゴツした岩があり、渇いた大地が広がっているだけなのだが、ここには魔物と呼ばれる存在も出てくる。
一応桃爺の結界のお蔭で、結界内に魔物たちは入ってこれないので安心だが、このポチ、たまに結界の外へ引っ張り出すので困ったものだ。
ポチは強いので魔物と遭遇しても無双するので問題ないが、俺は怖いので止めてほしい。
前にポチに置いて行かれた時はマジで泣きそうになったしな。
その時にも魔物に襲われたが、数に限りがある〝外道札〟のお蔭で事なきを得た。
そうそう、〝外道札〟に関して、この三週間で三枚の作成に成功したのである。
とはいっても、元々あった三枚と合わせて六枚。
しかし修行の時に三枚使い、ポチの散歩時に一枚使ったので、結局二枚しか手元には残っていない。
三歩進んで四歩下がったような気分である。
それにしても俺の魔術って燃費が悪いよなぁ。
〝外道札〟にしろ〝外界移し〟にしろ、大量の魔力を必要とするので、通常ならすぐに枯渇すると桃爺は言っていた。魔力容量が多い俺だから、まだ一週間かけて〝外道札〟を一枚作れるが、普通なら一カ月くらいかかるらしい。
もっと魔力コントロールが上手くなれば、この作成期間は短くなるとのこと。要修行ということだ。
俺は別に必死こいて成長しなくてもいいんだけどな。ここにいたら安全だし。
ただこの三週間で気になるといえば、やはり幼馴染たちのこと。
織花あたりは、勝手にいなくなったことに烈火の如く怒っているかもしれない。京夜は……まあ、要領もいいから織花を宥めながら過ごしていることだろう。
アイツらがこの世界に召喚された理由も、桃爺から聞かされた世界事情で大よそ見当もついた。
国王と会話していないので、ハッキリとしたことは言えないが、恐らくは京夜たちの力を国の防衛に当てると思う。
もしかしたら彼らの力を利用して、他国を支配しようと企てるかもしれないし、現在その考えのもと動いているかもしれない。それは定かではない。
ただ京夜もお人好しだけど丸っきりバカじゃねぇし、上手くやってるとは思うんだけどなぁ。
一応〝外道札〟で連絡を取れればと思ったが、これは効果範囲にも制限があるので、さすがに真逆の大陸に存在する彼らと連絡は取れなかった。距離が離れ過ぎている。
「三週間……か」
「どうしたの? お腹減ったぁ?」
「バーカ、すぐ腹が減るお前じゃねぇんだしまだ大丈夫だよ」
バカ呼ばわりされていても、頭を撫でてやると「えへへ~」と喜ぶポチ。
「そろそろ基本的なことは学んだし、外に目を向けるってのもいいかもなぁ」
「お外ぉ? ……! も、もしかして出てっちゃうの、ボータ!?」
「そういうのも視野に入れてるってこと」
「やだよぉ! ボータはここでずっと一緒に暮らすんだよ!」
「いやでもな、元々俺はこっちの世界の住人じゃ……」
「ボータがいなくなったら、誰が毎朝僕の散歩に付き合ってくれるんだよぉ!」
「一人で行けや! 良い歳して寂しがり屋か!」
「だってぇ……」
だからそんなに悲しそうな顔をしないでほしい。
安全なこの場所でずっといるってのも魅力的なのは確かだ。けどこのまま何もしないってのも、多分……違う。
せっかく異世界に来たんだし、見て回りたいって思いもある。幼馴染とも連絡を取らないといけない。
それに前に桃爺に聞いたけど、この世界には地球にはない甘い菓子とかもあるらしいしな。
是非とも堪能してみたいというのが本音だ。そしてついでに元の世界に戻れる方法も探った方が良い。
俺はともかくとして、織花たちを向こうの世界に帰してやらないといけないし。
俺の場合は、親も海外出張が多くて、たまにしか家に帰ってこない放任主義だ。元気でやってるならどこに居てもいいって言うような親だし。
だから織花たちが帰る時に一筆をしたためればそれでいいだろう。
「まあ、今生の分かれってわけでもねぇんだぞ?」
「それでも悲しいものは悲しいですよぉ!」
「そうだそうだぁ!」
「俺だって世話になってるし、別れるのは寂しいけど」
「だったら一緒にいましょうよぉ!」
「そうだよぉ! みんなのことボータはキライなのぉ!」
「嫌いなわけねぇだろ……って、ん?」
俺は違和感を覚えて周りを見渡す。
「わたしだってボータさんのこと嫌いじゃないですよ!」
「…………いたの、カヤちゃん」
気づけばそこに幽霊少女が浮かんでいた。どうやら先程から俺とポチの会話の間に入っていたのは彼女だったみたい。
寝ているところにいきなり腹の上でとてつもない衝撃が走り、肺の中の空気が一気に押し出されてしまった。
一体何事だと悶絶しながらも原因を確かめるために瞼を上げる。
「おっきろぉ~! 朝だぞぉ~!」
そこには五歳児くらいの少女が楽しそうに笑っている。大きな口から見えている八重歯が愛らしい子なのだが……。
「あ、あのな……毎朝言ってるようにその起こし方は止めろっちゅうに……」
そのうちショック死しそうだ。
この前、カヤちゃんが作ってくれた料理があまりにも美味くて食べ過ぎたあと寝てしまったことがあった。
その時にも、今のような起こし方をされたのだけど、当然――吐きました。
「ほらほらぁ、早く起きて行こうよぉ~!」
掛け布団を引っ張って俺を癒しの空間から出そうとする少女。
さて――この少女は一体誰なのかというと―――――ポチなんだぜ。驚きだろ?
どうやらポチは《人化の術》という人型になれる手段を持っており、こうして少女の姿になっているのだ。
犬なので当然真っ白い頭には獣耳が可愛らしくチョコンと生えていて、臀部近くにはフワフワモコモコの尻尾もある。ファンタジー用語でいうと、いわゆる獣人というやつだ。
呆れるほど長く生きているらしいが、何故見た目が少女……というか幼女なのかというと、そっちの方がエネルギーの消耗が少ないかららしい。
その気になれば大人になることもできるが、精神的にも子供っぽいポチは、こっちの姿の方がしっくりくるのも事実である。
俺は視線を窓の外へと向けてみた。
「……まだ薄暗いじゃねぇかぁ」
「いいでしょ! 散歩行こ散歩ぉ~!」
「コイツは毎朝毎朝……」
爺さん――桃爺のログハウスで世話になって三週間が過ぎた。
桃爺には魔力の扱い方や、世界常識などを教えてもらっていて、ある程度異世界の知識は頭の中へと叩き込んだ。
カヤちゃんも、しんどい修行の癒しとなって傍で笑ってくれるし、彼女の作る料理は本当に美味い。
それはいい。凄くいい。
ただ問題は……コイツだ。
どうも懐かれたようで、毎朝……ていつか早朝にこうやって起こされて散歩の同行を求められるのである。
「桃爺とカヤちゃんはどうしたんだよぉ」
「? まだ寝てるよ。起こしたら可哀相じゃん」
「俺だったらいいんかい!」
「うん!」
ものすっごい笑顔で返された。屈託なさ過ぎて反論ができない。反論しても基本的に聞いてはくれないが。
「ねえ……ダメ?」
泣きそうな顔の上目遣い。これには滅法弱い。
「はぁぁ~、分かった分かった。準備すっから先に外に出てろ」
パアッと顔色が華やぐと、ポチは「じゃあすぐに来てね!」と言って出て行った。
めんどくさいが、泣かれてグズられるのはもっと厄介なので、仕方なく起き上がる。
「ふわぁ~、チクショウ……ペットを飼ったことなんてねぇのに、飼ってる気分だなマジで」
カヤちゃんが用意してくれた、いつも寝る時に使用している浴衣を脱いで、桃爺にもらった青い道着を着る。どうせ汗かくのは目に見えているので、修行時に着ているコレを着用することに。
そしてそのまま家から出ると、嬉しそうにポチが飛び掛かってきた。いつの間にか幼女から犬の姿へと戻っている。
「早く早くぅ! 早く行こうよぉ~!」
「分かったから纏わりつくなぁ!」
リードは無しだ。あってもコイツを制御なんてできねぇしな。俺が振り回されて余計疲れるだけだ。
こうしてまだ朝日が昇り切っていない早朝の、二人だけの散歩が始まった。
この【最果ての山・冥ヶ山】は、かなり規模が広い。ただただゴツゴツした岩があり、渇いた大地が広がっているだけなのだが、ここには魔物と呼ばれる存在も出てくる。
一応桃爺の結界のお蔭で、結界内に魔物たちは入ってこれないので安心だが、このポチ、たまに結界の外へ引っ張り出すので困ったものだ。
ポチは強いので魔物と遭遇しても無双するので問題ないが、俺は怖いので止めてほしい。
前にポチに置いて行かれた時はマジで泣きそうになったしな。
その時にも魔物に襲われたが、数に限りがある〝外道札〟のお蔭で事なきを得た。
そうそう、〝外道札〟に関して、この三週間で三枚の作成に成功したのである。
とはいっても、元々あった三枚と合わせて六枚。
しかし修行の時に三枚使い、ポチの散歩時に一枚使ったので、結局二枚しか手元には残っていない。
三歩進んで四歩下がったような気分である。
それにしても俺の魔術って燃費が悪いよなぁ。
〝外道札〟にしろ〝外界移し〟にしろ、大量の魔力を必要とするので、通常ならすぐに枯渇すると桃爺は言っていた。魔力容量が多い俺だから、まだ一週間かけて〝外道札〟を一枚作れるが、普通なら一カ月くらいかかるらしい。
もっと魔力コントロールが上手くなれば、この作成期間は短くなるとのこと。要修行ということだ。
俺は別に必死こいて成長しなくてもいいんだけどな。ここにいたら安全だし。
ただこの三週間で気になるといえば、やはり幼馴染たちのこと。
織花あたりは、勝手にいなくなったことに烈火の如く怒っているかもしれない。京夜は……まあ、要領もいいから織花を宥めながら過ごしていることだろう。
アイツらがこの世界に召喚された理由も、桃爺から聞かされた世界事情で大よそ見当もついた。
国王と会話していないので、ハッキリとしたことは言えないが、恐らくは京夜たちの力を国の防衛に当てると思う。
もしかしたら彼らの力を利用して、他国を支配しようと企てるかもしれないし、現在その考えのもと動いているかもしれない。それは定かではない。
ただ京夜もお人好しだけど丸っきりバカじゃねぇし、上手くやってるとは思うんだけどなぁ。
一応〝外道札〟で連絡を取れればと思ったが、これは効果範囲にも制限があるので、さすがに真逆の大陸に存在する彼らと連絡は取れなかった。距離が離れ過ぎている。
「三週間……か」
「どうしたの? お腹減ったぁ?」
「バーカ、すぐ腹が減るお前じゃねぇんだしまだ大丈夫だよ」
バカ呼ばわりされていても、頭を撫でてやると「えへへ~」と喜ぶポチ。
「そろそろ基本的なことは学んだし、外に目を向けるってのもいいかもなぁ」
「お外ぉ? ……! も、もしかして出てっちゃうの、ボータ!?」
「そういうのも視野に入れてるってこと」
「やだよぉ! ボータはここでずっと一緒に暮らすんだよ!」
「いやでもな、元々俺はこっちの世界の住人じゃ……」
「ボータがいなくなったら、誰が毎朝僕の散歩に付き合ってくれるんだよぉ!」
「一人で行けや! 良い歳して寂しがり屋か!」
「だってぇ……」
だからそんなに悲しそうな顔をしないでほしい。
安全なこの場所でずっといるってのも魅力的なのは確かだ。けどこのまま何もしないってのも、多分……違う。
せっかく異世界に来たんだし、見て回りたいって思いもある。幼馴染とも連絡を取らないといけない。
それに前に桃爺に聞いたけど、この世界には地球にはない甘い菓子とかもあるらしいしな。
是非とも堪能してみたいというのが本音だ。そしてついでに元の世界に戻れる方法も探った方が良い。
俺はともかくとして、織花たちを向こうの世界に帰してやらないといけないし。
俺の場合は、親も海外出張が多くて、たまにしか家に帰ってこない放任主義だ。元気でやってるならどこに居てもいいって言うような親だし。
だから織花たちが帰る時に一筆をしたためればそれでいいだろう。
「まあ、今生の分かれってわけでもねぇんだぞ?」
「それでも悲しいものは悲しいですよぉ!」
「そうだそうだぁ!」
「俺だって世話になってるし、別れるのは寂しいけど」
「だったら一緒にいましょうよぉ!」
「そうだよぉ! みんなのことボータはキライなのぉ!」
「嫌いなわけねぇだろ……って、ん?」
俺は違和感を覚えて周りを見渡す。
「わたしだってボータさんのこと嫌いじゃないですよ!」
「…………いたの、カヤちゃん」
気づけばそこに幽霊少女が浮かんでいた。どうやら先程から俺とポチの会話の間に入っていたのは彼女だったみたい。
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