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「……む? クロメや、そろそろ手を抜いてやらんとそのまま昇天するぞい」
ガレブ王が眼差しを向ける相手――ロニカに俺も視線をやると…………泡を吹いて白目を剥いていた。これが女の子の見せる顔か……。
「……あ」
「まあ、これで少しは懲りたじゃろう」
「だといいんですけどね」
俺は彼女から頭を放すと、そっと横抱きに持ち上げる。
――軽い。
それはまるで羽のようだ。元々小さい身体だからということもあるが、華奢で少し力を入れただけでも壊れかねない自分の主。
もう少し世間に目を向けて働いて欲しいが、彼女の執務室にあった書類を確認して分かったが、すでに解読作業は終了していた。
僅か一時間で、常人が五時間以上もかかる仕事を終わらせるのだからびっくりだ。
やれやれ。一度手に付けた仕事は完璧に仕上げるからこれ以上怒るに怒れないなんだよな。
彼女がサボるとしたら、まったく手を付けていない仕事があった時や、仕事が終わった時。まあ仕事を終わったといっても、他にもまだやってもらいたい仕事があるので、できれば五時間以上は働いてほしいのである。
ただ彼女が携わった仕事は、絶賛されるべきクオリティを維持しており、だからこそリピーターが多い。ここにいるガレブ王でもこうして仕事を依頼するほどに。
その才能をもっといかんなく発揮してくれればいいんだけどな。
「ではガレブ王、俺たちはこのへんで。コイツがご迷惑をかけてすみませんでした。あとコレ、疲労回復薬の《キュアドロップ》を作ったので召し上がってみてください。そうすれば少しだけ楽になるかと」
そう言って懐から取り出した小袋をテーブルの上に置く。恐らく彼のもとに逃げ込んだと推理したので、せっかくだから日頃国民のために奮闘している彼の労いとして作って持ってきたのだ。
「フォッフォッフォ、別に構わんわい。お主にもこうして世話になっておるしな。どうじゃ、ペットなど止めてワシの直属の側近に」
「いえ、ご遠慮します。コイツを放ってはおけないので」
「むぅ、では孫の嫁になどどうじゃ? 三人おるし、選り取り見取りじゃぞ?」
たはは……この爺さん、毎回この話題を吹っ掛けてくるので困る。王の孫、つまり王女殿下たちなのだが、いくら小国だからといっても身分も低い俺が嫁いでいい相手じゃない。
まあ、彼も愉快なジョークとしてからかうために言っているのだと思うが。
「光栄なお話ですが、何度も言うようにコイツの世話で忙しいので。他の女性にかまけている余裕なんてないんです」
「……お主も変わらんのう。その愚直なまでの忠誠心に、そやつがちゃんと応えてやってるか不安じゃわい」
「はは、まあこれがロニカですから」
俺はただコイツの傍にいられるだけでいい。それだけで安心するから。
ロニカが出て行け、もう用は無いというまではずっと一緒に生きていこうと思っている。
「そういえばクロメや、また暇があったら例のものも持ってきてくれたら嬉しいのう」
「はは、王もお好きですね、分かりました。その時は是非」
では今度こそ、と言ってロニカと一緒に窓の外から出て行った。
帰り際に「何も窓から出んでも……」という言葉が聞こえたが、王城内を幼女を抱えながら歩くというのは些か職務質問を受ける側になってしまうので勘弁ったのである。
とはいっても、こうして俺が彼女を運んでいる姿は別段珍しくないのも確か。
だからといって恥ずかしくないというわけでもないので、できれば人目につかない方が俺的には嬉しい。
獣人である身体能力を余すことなく使用し、普通の人間では考えられない脚力で屋根を跳び、そして走り瞬く間に王城の外へと脱出することに成功。
ここからは人目があまりない道を行き、例の場所へと向かうつもりだ。
ロニカをおんぶに抱え直して、あまり振動が彼女へ行かないように気をつけて歩く。
しばらく歩いていると、目的地が見えてきた。
黒々とした煙突が突き出ていて一軒家くらいの大きさで、建物の前には立て看板が設置されている。他にも遠くからでも見えるように建物には大きな看板が備え付けられていて、
――【ふわふわハート】――
とても可愛らしく、男が入るのにちょっと躊躇するような文字が刻まれていた。
白と薄いピンク色を施した外観で、愛らしい羊のイラストや人形が壁や扉に飾られているのだ。
次いで建物に近づく度に、香ばしいニオイが鼻を刺激してきた。扉を見れば〝OPEN〟の意味合いを持つ文字が刻まれている。この世界の文字も、もうお手の物だ。
どうやら今日も元気に商売しているようだな、うん。
とはいっても他人事ではなく、俺とは縁深い場所でもある。
何せ、ここは俺の仕事先でもあるのだから。
――カランコロン。
扉を開くと、そんな楽し気な鈴の音が響き渡り、中にはトレイを持った一人の女性が立っていた。
「あら、クロくん。おはよう~」
「はい、おはようございます、メリエールさん」
彼女はメリエール・フランさんと言って、俺の仕事先の直属の上司であり、パン作りの師匠でもある。
そう、ここは――パン屋なのだ。
「今日は早いわね~。あれ? 早い……のよね? もしかしてわたしの勘違い? そうだったらごめんね~」
この間延びした喋り方が特徴で、またほんわかした雰囲気とふわふわもこもことした白髪と、頭の両サイドから生えている羊のような角が印象的だろう。
見て分かる通り、彼女は俺と同じ獣人で『羊人族』だ。
女神のような微笑みとエプロン姿に癒しを求める男性客は後を絶たない。普通は入りにくい店でも、彼女がいるから男の利用客も多いのだ。
ガレブ王が眼差しを向ける相手――ロニカに俺も視線をやると…………泡を吹いて白目を剥いていた。これが女の子の見せる顔か……。
「……あ」
「まあ、これで少しは懲りたじゃろう」
「だといいんですけどね」
俺は彼女から頭を放すと、そっと横抱きに持ち上げる。
――軽い。
それはまるで羽のようだ。元々小さい身体だからということもあるが、華奢で少し力を入れただけでも壊れかねない自分の主。
もう少し世間に目を向けて働いて欲しいが、彼女の執務室にあった書類を確認して分かったが、すでに解読作業は終了していた。
僅か一時間で、常人が五時間以上もかかる仕事を終わらせるのだからびっくりだ。
やれやれ。一度手に付けた仕事は完璧に仕上げるからこれ以上怒るに怒れないなんだよな。
彼女がサボるとしたら、まったく手を付けていない仕事があった時や、仕事が終わった時。まあ仕事を終わったといっても、他にもまだやってもらいたい仕事があるので、できれば五時間以上は働いてほしいのである。
ただ彼女が携わった仕事は、絶賛されるべきクオリティを維持しており、だからこそリピーターが多い。ここにいるガレブ王でもこうして仕事を依頼するほどに。
その才能をもっといかんなく発揮してくれればいいんだけどな。
「ではガレブ王、俺たちはこのへんで。コイツがご迷惑をかけてすみませんでした。あとコレ、疲労回復薬の《キュアドロップ》を作ったので召し上がってみてください。そうすれば少しだけ楽になるかと」
そう言って懐から取り出した小袋をテーブルの上に置く。恐らく彼のもとに逃げ込んだと推理したので、せっかくだから日頃国民のために奮闘している彼の労いとして作って持ってきたのだ。
「フォッフォッフォ、別に構わんわい。お主にもこうして世話になっておるしな。どうじゃ、ペットなど止めてワシの直属の側近に」
「いえ、ご遠慮します。コイツを放ってはおけないので」
「むぅ、では孫の嫁になどどうじゃ? 三人おるし、選り取り見取りじゃぞ?」
たはは……この爺さん、毎回この話題を吹っ掛けてくるので困る。王の孫、つまり王女殿下たちなのだが、いくら小国だからといっても身分も低い俺が嫁いでいい相手じゃない。
まあ、彼も愉快なジョークとしてからかうために言っているのだと思うが。
「光栄なお話ですが、何度も言うようにコイツの世話で忙しいので。他の女性にかまけている余裕なんてないんです」
「……お主も変わらんのう。その愚直なまでの忠誠心に、そやつがちゃんと応えてやってるか不安じゃわい」
「はは、まあこれがロニカですから」
俺はただコイツの傍にいられるだけでいい。それだけで安心するから。
ロニカが出て行け、もう用は無いというまではずっと一緒に生きていこうと思っている。
「そういえばクロメや、また暇があったら例のものも持ってきてくれたら嬉しいのう」
「はは、王もお好きですね、分かりました。その時は是非」
では今度こそ、と言ってロニカと一緒に窓の外から出て行った。
帰り際に「何も窓から出んでも……」という言葉が聞こえたが、王城内を幼女を抱えながら歩くというのは些か職務質問を受ける側になってしまうので勘弁ったのである。
とはいっても、こうして俺が彼女を運んでいる姿は別段珍しくないのも確か。
だからといって恥ずかしくないというわけでもないので、できれば人目につかない方が俺的には嬉しい。
獣人である身体能力を余すことなく使用し、普通の人間では考えられない脚力で屋根を跳び、そして走り瞬く間に王城の外へと脱出することに成功。
ここからは人目があまりない道を行き、例の場所へと向かうつもりだ。
ロニカをおんぶに抱え直して、あまり振動が彼女へ行かないように気をつけて歩く。
しばらく歩いていると、目的地が見えてきた。
黒々とした煙突が突き出ていて一軒家くらいの大きさで、建物の前には立て看板が設置されている。他にも遠くからでも見えるように建物には大きな看板が備え付けられていて、
――【ふわふわハート】――
とても可愛らしく、男が入るのにちょっと躊躇するような文字が刻まれていた。
白と薄いピンク色を施した外観で、愛らしい羊のイラストや人形が壁や扉に飾られているのだ。
次いで建物に近づく度に、香ばしいニオイが鼻を刺激してきた。扉を見れば〝OPEN〟の意味合いを持つ文字が刻まれている。この世界の文字も、もうお手の物だ。
どうやら今日も元気に商売しているようだな、うん。
とはいっても他人事ではなく、俺とは縁深い場所でもある。
何せ、ここは俺の仕事先でもあるのだから。
――カランコロン。
扉を開くと、そんな楽し気な鈴の音が響き渡り、中にはトレイを持った一人の女性が立っていた。
「あら、クロくん。おはよう~」
「はい、おはようございます、メリエールさん」
彼女はメリエール・フランさんと言って、俺の仕事先の直属の上司であり、パン作りの師匠でもある。
そう、ここは――パン屋なのだ。
「今日は早いわね~。あれ? 早い……のよね? もしかしてわたしの勘違い? そうだったらごめんね~」
この間延びした喋り方が特徴で、またほんわかした雰囲気とふわふわもこもことした白髪と、頭の両サイドから生えている羊のような角が印象的だろう。
見て分かる通り、彼女は俺と同じ獣人で『羊人族』だ。
女神のような微笑みとエプロン姿に癒しを求める男性客は後を絶たない。普通は入りにくい店でも、彼女がいるから男の利用客も多いのだ。
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