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第五十九話 信じる者
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現在、私は非常に焦っていた。
隣を見ると、お兄ちゃんも気が気でない様子だ。腕を組みながら仁王立ちで目を閉じているが、グッと我慢をしているのは妹である私ならすぐに分かる。
それもそのはずだ。これから行われる予定の〝ダンジョン攻略戦〟。
開始時刻まで、あと三分ほどなのだ。
すでに対戦相手であるB組は、四人全員が揃って会場の中央に立っている。
だが私たちは、まだ二人のまま。B組や観客たちに不思議そうに視線を向けられていた。
「なあおい、これどうなるんだ?」
「さあ、二人だけで挑むってこと?」
「いやいや、四人全員じゃないと失格じゃなかったっけ?」
などと耳を澄ませば、観客たちが困惑している。
私たちのクラスメイトたちも、一様に不安にかられているような感じだ。
無理もない。彼らは何も知らないのだから。
何故アオスさんやトトリさんがこの場にいないのか、その事実を知らない人たちにとっては、戸惑いしか生まない状況だろう。
「そろそろ時間だ。このままメンバーが揃わないと失格になるが?」
進行役として傍にいる先生が、私たちにそう言ってきた。
「あ、あのその……も、もうすぐ来るはずですから!」
私にはそう言うことしかできない。
「ははは、どうやら君たちのリーダーともう一人の仲間は、負けることが怖くて逃げたようだね」
そこへ突如声を話しかけてきたのは、B組のクラス代表であるカイラさんだった。
「主席ともあろう者が、敵を前にして逃亡とは……冒険者になる資格なんてないんじゃないかな」
その言い分に、さすがにムッとなった。
「違います! アオスさんは逃げたわけじゃありません!」
「なら何故来ないんだい?」
「そ、それは……! で、でも昨日はあなたにも勝ってます!」
「ああ、確かに昨日は後れを取ってしまったよ。だけど彼は自分の力で勝ったわけじゃない」
「? ど、どういうことですか?」
「昨日のアレは、事前に用意したマジックアイテムを使っての勝利さ。誰も気づいていないようだけどね」
マジックアイテム? この人、何言っているの? アオスさんはそもそも、身に着けていた弓すら使っていなかったというのに。
「主席がマジックアイテムだけに頼るなんて、考えようによっては無様でしかない。自分の力じゃないんだからね。それに気づいた彼は、この〝攻略戦〟に自分だけの力で臨むのが怖くなった。だから……逃げた」
「ち、違いますっ! アオスさんはそんな人じゃありませんっ!」
「へぇ、ずいぶん肩を持つんだね。あんな『無価値』な存在に……」
え? 今、何言ったの……この人? アオスさんが……『無価値』?
どう判断したら、そんな禄でもない評価に辿り着くのかサッパリ分からない。そもそも何故そこまでアオスさんのことをこき下ろすことができるのか不思議でならない。
まるで昔からアオスさんのことを知っているかのような……。
「――うるせえな」
そこへドスの効いた声音が、お兄ちゃんから発せられた。
「ん? 今僕にうるさいって言ったかい?」
「ああそうだよ。試合前に喧しい。そんなに喋りたきゃ、落語家にでもなったらどうだ?」
「らくご……か?」
どうやらカイラさんは知らないようだ。無理も無い。だって落語家は、私たちの故郷にしかない職業らしいから。簡単にいうと、語りだけで人を笑わせる芸人さんだ。
「てかよぉ、お前さ、もしかしてアオスにビビッちまってんじゃねえの?」
「!? ……何を言ってる?」
初めてカイラさんから笑みが消え、鋭い視線をお兄ちゃんにぶつけてきた。
「まあ〝代表戦〟で、あんだけ見事な瞬殺かまされたんだもんな。アオスに怯えるのも無理はねえ」
「ぼ、僕があんな奴に怯えているわけがないだろうが!」
「そうか? アオスが来たらまた負けちまうかもってビビッてるから口数も多いんだろ? 安心しろって。お前の予想通り、アイツはちゃんと間に合って、お前を負かしてくれるからよ」
「っ……不愉快だよ」
そう言うと、クルリと踵を返すカイラさん。しかしそのままの状態で、まだ私たちに向けて言葉を放ってきた。
「まあ、好きなだけ信じればいいさ。すぐに結果は分かるだろうけどね」
私も同じことを彼に言いたい。そう……すぐに結果は出る。
お兄ちゃんも私も信じている。彼は……アオスさんは、きっとトトリさんを連れてここに来ると。
「――残り三十秒だ」
先生が淡々とした様子で告げてきた。
カウントダウンが始まる。
29、28、27……。
まだアオスさんが来る気配はない。私は両手を組んで祈る。
お兄ちゃんもジッと目を閉じて彼を待っているようだ。
15、14、13……。
だが無情にも時間は過ぎて行く。会場中が諦めムードになっているのが伝わってくる。
カイラさんは、もう勝利を確信したようにニヤニヤ笑っている。
アオスさん――っ!
心の中で彼の名を強く叫んだその時だった。
不意にどこかから悲鳴に似たような甲高い声が聞こえてくる。
そしてそれは徐々に大きくなって……。
「……上か!」
突然お兄ちゃんが叫びながら上空を見上げた。
私や他の人たちも同様に、空へ意識を向ける。
するとそこから確かに〝ナニカ〟が落下してきているような光景が飛び込んできた。
それはどんどん大きくなって、その正体が明らかになる。
「――――アオスさんっ!?」
そうだ。空から落下してくるその人こそ、私たちが求めていた彼だった。
どうやら背中にトトリさんを背負っているようで、彼女は涙を流しながら悲鳴を上げている。
「バ、バカなっ!?」
カイラさんが信じられないといった面持ちで声を上げた。
そしてそのままアオスさんは、凄まじい速度で会場に降り立つ。
その衝撃で粉塵が巻き上げられ周囲を覆い尽くす。
近くにいた私たちは、その粉塵によって咳き込んでしまう。
風が吹き、次第に粉塵が攫われていき視界がクリアになる。
私の瞳には、クレーターの中央に平然と立つアオスさんがいた。
隣を見ると、お兄ちゃんも気が気でない様子だ。腕を組みながら仁王立ちで目を閉じているが、グッと我慢をしているのは妹である私ならすぐに分かる。
それもそのはずだ。これから行われる予定の〝ダンジョン攻略戦〟。
開始時刻まで、あと三分ほどなのだ。
すでに対戦相手であるB組は、四人全員が揃って会場の中央に立っている。
だが私たちは、まだ二人のまま。B組や観客たちに不思議そうに視線を向けられていた。
「なあおい、これどうなるんだ?」
「さあ、二人だけで挑むってこと?」
「いやいや、四人全員じゃないと失格じゃなかったっけ?」
などと耳を澄ませば、観客たちが困惑している。
私たちのクラスメイトたちも、一様に不安にかられているような感じだ。
無理もない。彼らは何も知らないのだから。
何故アオスさんやトトリさんがこの場にいないのか、その事実を知らない人たちにとっては、戸惑いしか生まない状況だろう。
「そろそろ時間だ。このままメンバーが揃わないと失格になるが?」
進行役として傍にいる先生が、私たちにそう言ってきた。
「あ、あのその……も、もうすぐ来るはずですから!」
私にはそう言うことしかできない。
「ははは、どうやら君たちのリーダーともう一人の仲間は、負けることが怖くて逃げたようだね」
そこへ突如声を話しかけてきたのは、B組のクラス代表であるカイラさんだった。
「主席ともあろう者が、敵を前にして逃亡とは……冒険者になる資格なんてないんじゃないかな」
その言い分に、さすがにムッとなった。
「違います! アオスさんは逃げたわけじゃありません!」
「なら何故来ないんだい?」
「そ、それは……! で、でも昨日はあなたにも勝ってます!」
「ああ、確かに昨日は後れを取ってしまったよ。だけど彼は自分の力で勝ったわけじゃない」
「? ど、どういうことですか?」
「昨日のアレは、事前に用意したマジックアイテムを使っての勝利さ。誰も気づいていないようだけどね」
マジックアイテム? この人、何言っているの? アオスさんはそもそも、身に着けていた弓すら使っていなかったというのに。
「主席がマジックアイテムだけに頼るなんて、考えようによっては無様でしかない。自分の力じゃないんだからね。それに気づいた彼は、この〝攻略戦〟に自分だけの力で臨むのが怖くなった。だから……逃げた」
「ち、違いますっ! アオスさんはそんな人じゃありませんっ!」
「へぇ、ずいぶん肩を持つんだね。あんな『無価値』な存在に……」
え? 今、何言ったの……この人? アオスさんが……『無価値』?
どう判断したら、そんな禄でもない評価に辿り着くのかサッパリ分からない。そもそも何故そこまでアオスさんのことをこき下ろすことができるのか不思議でならない。
まるで昔からアオスさんのことを知っているかのような……。
「――うるせえな」
そこへドスの効いた声音が、お兄ちゃんから発せられた。
「ん? 今僕にうるさいって言ったかい?」
「ああそうだよ。試合前に喧しい。そんなに喋りたきゃ、落語家にでもなったらどうだ?」
「らくご……か?」
どうやらカイラさんは知らないようだ。無理も無い。だって落語家は、私たちの故郷にしかない職業らしいから。簡単にいうと、語りだけで人を笑わせる芸人さんだ。
「てかよぉ、お前さ、もしかしてアオスにビビッちまってんじゃねえの?」
「!? ……何を言ってる?」
初めてカイラさんから笑みが消え、鋭い視線をお兄ちゃんにぶつけてきた。
「まあ〝代表戦〟で、あんだけ見事な瞬殺かまされたんだもんな。アオスに怯えるのも無理はねえ」
「ぼ、僕があんな奴に怯えているわけがないだろうが!」
「そうか? アオスが来たらまた負けちまうかもってビビッてるから口数も多いんだろ? 安心しろって。お前の予想通り、アイツはちゃんと間に合って、お前を負かしてくれるからよ」
「っ……不愉快だよ」
そう言うと、クルリと踵を返すカイラさん。しかしそのままの状態で、まだ私たちに向けて言葉を放ってきた。
「まあ、好きなだけ信じればいいさ。すぐに結果は分かるだろうけどね」
私も同じことを彼に言いたい。そう……すぐに結果は出る。
お兄ちゃんも私も信じている。彼は……アオスさんは、きっとトトリさんを連れてここに来ると。
「――残り三十秒だ」
先生が淡々とした様子で告げてきた。
カウントダウンが始まる。
29、28、27……。
まだアオスさんが来る気配はない。私は両手を組んで祈る。
お兄ちゃんもジッと目を閉じて彼を待っているようだ。
15、14、13……。
だが無情にも時間は過ぎて行く。会場中が諦めムードになっているのが伝わってくる。
カイラさんは、もう勝利を確信したようにニヤニヤ笑っている。
アオスさん――っ!
心の中で彼の名を強く叫んだその時だった。
不意にどこかから悲鳴に似たような甲高い声が聞こえてくる。
そしてそれは徐々に大きくなって……。
「……上か!」
突然お兄ちゃんが叫びながら上空を見上げた。
私や他の人たちも同様に、空へ意識を向ける。
するとそこから確かに〝ナニカ〟が落下してきているような光景が飛び込んできた。
それはどんどん大きくなって、その正体が明らかになる。
「――――アオスさんっ!?」
そうだ。空から落下してくるその人こそ、私たちが求めていた彼だった。
どうやら背中にトトリさんを背負っているようで、彼女は涙を流しながら悲鳴を上げている。
「バ、バカなっ!?」
カイラさんが信じられないといった面持ちで声を上げた。
そしてそのままアオスさんは、凄まじい速度で会場に降り立つ。
その衝撃で粉塵が巻き上げられ周囲を覆い尽くす。
近くにいた私たちは、その粉塵によって咳き込んでしまう。
風が吹き、次第に粉塵が攫われていき視界がクリアになる。
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