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第四十三話 規格の外にいる者

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 私はお兄ちゃんと一緒に、〝クラス代表戦〟に出るアオスさんの応援にやってきていた。
 これまでアオスさんが本気で戦ったところをまだ私は見ていない。

 お兄ちゃんは、アオスさんが模擬戦をする様子を見たというが、あのお兄ちゃんがこんなことを言っていた。

『多分アイツには死力を尽くしても勝てるか分かんねえな』

 お兄ちゃんは、身内びいきになるかもしれないが、戦闘センスだけはピカ一だ。地元でも将来を期待されるほどの実力者で、全力になったお兄ちゃんとまともに戦える人なんて、同期にはいないと思っていた。

 しかしその年に最も優秀な合格者に与えられる特待生。

 それはお兄ちゃんじゃなくてアオスさんだった。たまたまこの国に来る船の中で乗り合わせた人だったが、まさかあの人がお兄ちゃんを超えるような人だったとは思わなかった。

 あの負けず嫌いの塊のようなお兄ちゃんに、弱気の発言をさせるなんて初めてだ。
 次席のカイラという人も、成績だけ見ればお兄ちゃんよりも上かもしれないが、それでもお兄ちゃんは、別にカイラを見て怖いとは思わないと言っていた。

 ただアオスさんだけは、何か得体の知れないものをその身に秘めているようで、先の模擬戦を見た時に怯えを感じてしまったのだという。

 何せ魔力を一切感じさせないのに、圧倒的な武を見せつけたとのことで、一体どうしたらそれほどの高みに魔力無しで上り詰められるか理解できないとお兄ちゃんは言っていた。

 そんな兄が認めざる得ない人が今、私たちの所属するクラスの代表者として闘技場に立っている。

「お兄ちゃん、アオスさん……勝てるかな?」
「大丈夫だって! アイツが負ける姿なんて思い浮かばねえしな。ぜってえ勝つよ!」
「……うん。でも勝っても負けても、無事に戻ってきてくれればそれでいいと思う」

 主席と次席だ。恐らく拮抗した戦いになるから、無事に終わるとは到底思えない。聞いたところ、毎年模擬試合は激しくなり、やはり双方とも多少なりとも怪我を負うらしい。

 それでもできれば回復できるような身体で帰ってきて欲しいと願う。
 私はドキドキする胸を右手で押さえて、軽く深呼吸をしながら視線を泳がせると、不意に近くに座っているトトリさんが目に入った。

 彼女も食い入るようにアオスさんを見つめている。きっと彼女もアオスさんを応援してくれているのだろう。

 そして審判役の先生が右手を上げ、振り下ろすと同時に開始宣言を放った。
 直後、アオスさんの相手であるカイラさんから膨大なまでの魔力が放出され、観客全員がギョッとなる。

 凄まじい魔力量だ。事前情報では、彼はジェーダン家始まって以来の天才児と言われ、文武両道を地で行くエリートである。

 何でも彼の上にはお兄さんがいるらしく、そのお兄さんも優秀で、名の知れたギルドに勧誘されて現行の冒険者として腕を振るっているという。

 魔法も武も高い位置で兼ね備えた天才児と、魔力を持たない謎に包まれた特待生が今拳を交える。

 一体どんな戦いになるのか。

 正直私としては是非ともアオスさんに勝ってほしいが、前評判ではどちからというとカイラさんの方に傾いている。

 カイラさんは、授業などで実力を隠すことなく存分に周りの者たちに見せつけているからこそ、皆も彼の実力を把握できているが、アオスさんは基本的に最低限の力しか出していないような気がして、誰もが彼の実力を図れないでいたのだ。

 だから分かりやすい実力を持つカイラさんに、自然と気持ちが向かっていく。
 実際カイラさんが放出した魔力量だけでも、その恵まれた才の大きさが伝わってくる。

 魔力量は生まれつき決まっていて、鍛錬では増やせないとされていた。年齢を重ねて成長すれば、自ずと増えたり減ったりするものだ。
 故にあれだけの魔力量を有する人材はそうはいない。

 量だけでも、有名なギルドがこぞって欲しくなる逸材だろう。
 しかも槍を所持しているということは、間違いなく『魔法闘士』だ。ただ槍は地面に突き刺したまま手に取っていない。

 まるで魔法だけでも事足りるとでも言いたそうな顔だ。
 そんなカイラさんが、右手に魔力を一気に収束した。

 ――収束時間も早い!

 あれだけの量を一つに集約させるには時間がかかる。慣れていない者ならば十秒以上かかってもおかしくはない。それが彼はほんの一息でそれを成した。
 そしてそのまま集約された魔力を媒介にし、燃え盛る炎に姿を変えたのである。

「炎属性の魔法!?」
「ああ、しかもすげえ熱量だ!」

 炎の温度は赤、黄色、白、青といった順に高くなる度に変化する。
 彼が纏った炎は黄色っぽく、普通の炎より高温なのは明らかだ。

 その炎を纏った右手を、アオスさんに向けて突き出した。
 すると炎が、ドラゴンのブレスのような形になってアオスさんへと迫っていく。

 あんな熱量の炎が命中すればタダでは済まない。下手をすれば一気に肉体を焼失してしまう。

 あんな魔法を模擬試合で使うなんて!?

 そう思ったのは私だけじゃなく、他の生徒たちも同様で、ほとんどの人がギョッとして目を丸くしている。

「アオスさんっ、避けてくださいっ!」

 しかし私の声も虚しく、アオスさんに炎が命中してしまった。

 そ、そんな……! アオスさんなら避けられたはずなのに……。

 私の胸中を不安と絶望が支配する。
 そしてそんな中……。

「ククク……やれやれ、五秒で終わってしまったかな?」

 愉快げに笑みを浮かべるカイラさん。私はそんな彼に怒りを覚えたが、その時だった。

 アオスさんを包み込んでいた炎が、まるで霧のように一気に晴れて霧散してしまったのだ。
 そこから現れたのは、火傷のみならず傷一つ汚れ一つないアオスさんだった。

「んなっ!?」

 当然カイラさんが愕然とした表情をするが、その直後に私の視界からアオスさんが消えた。

 そして瞬きする間もなく、一瞬にしてカイラさんの懐へ飛び込んだアオスさんが、カイラさんの顔面に向けて拳を突き出したのだ。

「んぶへぇっ!?」

 醜い声を出しながら、弾丸のように吹き飛んでいくカイラさんは、そのまま後ろの壁に激突してしまった。頬を陥没させながら白目を剥いて壁にめり込んでいる。
 あまりにも突然のことに、会場中が鎮まり返っている中、一人アオスさんが口を開く。

「――お前が言った通り、十秒で終わったな」

 何のことだか分からなかったが、とりあえず誰が勝利者なのかは明らかになった。


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