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第十話 追放は狙い通り

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 逆行してから六年。十五歳になったが、世間ではまだ十四歳である。とりあえず【ユエの森】での一年は数えずに、十四歳ということにしておこう。

 この五年間、兄弟たちの思惑とは外れて、平々凡々な生活を満喫できていた。
 ただ当然屋敷から一歩も外に出ることは許されなかったが。

 それでも俺は充実した日々を送ることができていたと思う。

 そしていよいよ、かねてからの計画を進めるだけ。その準備も整えられている。
 俺はトイレと称し自室から出ると、監視のためについてきているメイドを導術で眠らせた。

 次に父上が仕事をしているであろう書斎へ向かう。
 ノックも無しに扉を開くと、それと同時に執務から視線を切って俺を見据えた父はギョッとする。

「何故ここにいる? さっさと部屋に戻っていろ」
「父上、お願いがあって参りました」
「聞くつもりはない。早くここから去れ、目障りだ」

 ……これが実の息子に言うセリフか。

「いいえ、聞いてもらいます。そろそろこの家にも飽きてきたので、外出許可をください」
「っ……何を言い出すのかと思いきや、バカバカしい、寝言は寝て言え愚か者」
「ならば勝手に外へ出ます。確か今日はオルフェント伯爵様が視察に来られるんでしたよね? ならが挨拶をしなければ」
「ど、どこでそれを!?」

 記憶に残っているだけだ。
 そう、前の人生でも今日この日だけは忘れることはない。

「ではさっそく伯爵様をお迎えに行って参ります」
「ならぬ! そのようなことは許可できん! お前は――」
「――すでに死んでいるはずだから、ですか?」
「!? ……アオス」

 この男――ジラスは、俺という存在をなかったものにしている。十歳の時に流行り病にかかって死んだ、と。

 それほどまでに俺はジェーダン家において汚点であり、出世の足枷にしかならないと判断され、生涯家に閉じ込めておくつもりだったのだ。

 前の人生では十歳の時に監視がさらにキツクなったことからおかしいと思っていたが、妖精さんたちの調べによって理由が明らかになった。

「亡霊が現れては事ですからね。帝国に連なる者たちに嘘を吐いたあなたにも責が襲う」
「くっ……とにかく外へ出ることは許さん。もし守れないというのであれば……」

 ジラスの敵意が徐々に殺意へと変わっていく。
 自分の出世のために子供まで手に掛けようとするか……。本当にこの家は腐っている。

「では名を剥奪し、この家から追放されてはいかがでしょうか?」

 そこへ一人の少年が割って入ってきた。

 ……来たな。

「! ……カイラか。今の話、聞いていたのだな」
「はい、父上」

 優雅な佇まい。歩く姿だけで絵になるカイラが、ゆっくりと俺の前に立った。

「この者の存在をなかったものにしたい。それが父上のお望みですよね?」
「む……うむ」

 ハッキリ頷いちゃったよ。親として最悪だなコイツは。

「では幼い頃よりアオス・ゼノ・アーノフォルド・ジェーダンは追放処分を受けたことにするのですよ」
「追放……だと?」
「いわゆる縁切りというやつですね。親の言うことを聞かず、周りには迷惑しかかけない。いいえ、暴力沙汰を起こして追放の方がらしいですね」

 ニヤニヤと笑みを浮かべながら次々と偽りを並べ立てていく。コイツ、かつて嘘は人の格を下げるとか言ってたが、あの考えはどこにおさらばしたのだろうか。

「確かにジェーダン家にそのような者が生まれた事実には傷がつきますが、死んだとしている理由に手頃な言い訳ができますから、帝国も理解してくれるでしょう。ただここで殺すのは少々問題が。悪童とはいえ自分の子供を殺したとすれば、父上の評価が下がるやもしれません。外聞が良くありませんしね」
「無論家の者たちには口止めはする」
「人の口に戸は立てられない。口止めしていても、従者たちから外へと漏れる可能性だってあります。しょせんは他人ですよ?」

 本人を目の前に、どれだけ恐ろしい画策をしているのか分かっているのだろうか。

「ふむ……だから追放か」
「名も奪うことにより、この者がジェーダン家の威光を振りかざすこともできなくなります。まあそもそも世間では死んだことになっているのですから、名を騙っているとされ処罰の対象になるやもしれませんしね」
「……そうだな」

 フッとジラスからの殺意が緩む。どうやら俺の処断が決まったようだ。

「アオスよ、外に出たいなら好きにせよ。ただしジェーダンの名を名乗ることを禁じ、この領へ戻ってくることもまた許可せん。それと出て行く時はその不愉快な顔を隠せ」

 ……願ってもない。

「構いませんよ。俺としても二度とここには戻ってきたくはないし、ジェーダンの名を名乗るつもりもない」

 カイラが「ん?」と少し引っかかったような表情を浮かべる。俺がてっきりジェーダンの名にしがみつくとでも思っていたのだろう。

「今日、この日から貴様は私の息子ではない。ただの無価値なガキだ。この家から出ていけ」

 そんなことずっと前から思っていたことだろうに。
 だが一応これだけは言っておく。

「今までお世話になりました」

 この十数年、衣食住を与えてくれていたことだけは感謝しておく。でもただそれだけだ。
 俺はジラスに頭を下げると、そのまま部屋を出て行った。

 自室に入って、すでに荷造りしていたバッグを持ち、言われた通りに顔がバレないようなフードつきのコートを羽織る。

「何年もいたけど、まったく名残惜しくはないな」

 それどころか解放感しかない。
 そうして玄関へと向かう俺を、メイドたちが驚きながら見ている中、

「ちょっと、どうしてあなたが外に出てるの! というかどこに行くつもり!?」

 ヒステリックな声が屋敷中に響き渡った。
 その声の持ち主に視線を向ける。

 そこにはカテリーナ・ゼノ・アーノフォルド・ジェーダン――俺の母が立っていた。

「父……ジラス殿には許可を得ています。あなたが出る幕ではありませんよ、カテリーナ殿」
「は……はあ?」

 俺の言葉遣いの真意に気づかないようで困惑している。

「安心してよ母上。ソレはもうこの家の者じゃないから」
「カイラ!? ど、どういうことなの?」

 追ってきていたらしいカイラが、カテリーナに近づき説明をすると、カテリーナがホッとしたような顔つきになる。

「そう、ようやく厄介払いができるというわけね」

 はい、これが母親の言葉です。まったくもって信じられませんよね。
 俺は多くの視線に見守られつつ、不本意ながらも長きに渡って住み続けてきた屋敷から外へと出たのである。

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