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プロローグ

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 ――ある日、突如として世界がガラリと変貌を遂げた。

 まず初めに、その時に地球に住んでいた者たちが全員ある音を聞いたのだ。
 それはガクォンッ、という骨の関節を外したような乾いた音で、かつ耳元でそれが鳴ったかのような大きな音だったため、誰もが耳を押さえたり顔をしかめたりした。

 そしてその音が響いた直後、SNSを通じて地球のあちこちから妙な情報が流れ込んできたのである。
 ある山では、見たこともない生物が現れただの、ある森では突然迷宮化して出られなくなっただの、ある大型デパートではマネキンや食材などがひとりでに動き出し襲い掛かってきただの、ひっきりなしに大炎上していた。


 俺はバカげた情報をスマホで確かめながら、そんなわけがないだろうと鼻で笑いつつ家のトイレのドアを開けた時だ。
 バレーボールほどの大きさの、ゼリー状をした青色の物体が便座の上に鎮座しているのを見た。

「…………は?」

 プルプルとひとりでに動きながら、時にはその場で飛び跳ねたりしている。

 何なのコイツ……?

 すぐにRPGなどに出てくるようなスライムを思い浮かべたが、そんなことがあるわけないと考えを破棄した。
 だってココ、異世界じゃねえし。そもそもスライムは空想上の生き物だし。

 しかしならばコイツをどう説明すればいいのか。
 いまだにピョンピョンと飛び跳ねていることから、生きているであろうことは分かるが、こんな生物がいるなんて公表されていない。
 半ば呆然としながらも、不意に視線が再度スマホに向く。
 そこでは新たな情報が画像付きで送られてきていて、そこには今目の前にいるコイツと同じような生物が映し出されていた。

 ――スライム、ナウ――

 そんな簡潔な言葉とともに。
 他にも見たこともない生物の写真が確認できる。世界中で次々と珍種新種が発見されているようだ。

 ……え? マジでスライムなの、コイツ?

 再度確かめようとゼリー状の物体に目を向けた時だ。
 すでに飛び跳ねるのを止めており、まるでジ~ッとこちらを見るような様子である。

「お、おい……」

 とりあえず話しかけようとした矢先、スライムが俺の腹に向けて突撃してきた。

「ぐふぁっ!?」

 ドッジボールでもしている時に、無防備で鳩尾にくらった時くらいの衝撃だろうか。
 思わず肺から一気に空気が放出され、そのまま蹲ってしまう。

 するとゼリー状の奴は何が嬉しいのか、俺の背中に乗って楽しそうに飛び跳ねている。

「くっ……コノヤロウッ!」

 俺は右肘で突くが、そいつは軽やかに避けて廊下へと出る。
 腹を押さえながら立ち上がると、ゼリー状……ああもうスライムでいいか、スライムが再度突っ込んできた。

「くらうかボケッ!」

 向かってきたスライムに対し蹴り上げたら、カウンターで見事に命中し、スライムは天井へとぶち当たる。
 そしてそのまま床にボタリと落下し、少し平べったい形になった。

「し、死んだ……のか?」

 と思いきや、再度丸々とした形に戻って飛び掛かってきた。

「うわっと!?」

 危うくというところで身を翻して回避したが、スライムはさっきの一撃で怒ったのか、何度も攻撃を繰り返してくる。
 俺も応戦して何度も迎撃するが、その度に効いていない様子で起き上がってくるのだ。

「コ、コイツ……効いてねえのかよ……!」

 身体がゴムのように柔らかいので、もしかしたら打撃は吸収されてしまうのかもしれない。
 このまま馬鹿正直に相手してるだけじゃ、いずれこっちが疲れてしまうと判断し、俺はすぐにキッチンへと駆け出した。
 そこにあった包丁を手に持つと、追ってきていたスライムと対面する。 

「さあ、来いよ!」

 スライムが俺の顔面に向けて飛び跳ねてきた。

「うおらぁぁぁっ!」

 力任せに包丁を振るい、スライムの身体を真っ二つにすることに成功した。
 ベチャッと、テーブルと床にそれぞれ飛び散るスライムの身体。

「うわ、気持ち悪ぃ……」

 物語の中にはスライムが可愛らしく描かれてたりするが、こんなヘドロみたいな感じだし、ちょっと臭いしとても好感度が上がりそうにない。

「生き返ってこないよな?」

 一応恐る恐る包丁でつついてみたが、ピクリともしないところを見ると倒したようでホッとする。
 するとスライムが、急に霧状になって消えてしまったのだ。

「おわ……き、消えた? もしかして倒したら消えんのか?」

 何とも分かりやすく、またゲームっぽい仕様だと思った。

「それにしても何だよいきなり。家の中にスライムとか普通じゃねえし」

 俺は再度スマホを確認する。
 どうやら様々な場所で、スライムのようなモンスターの目撃情報があるらしい。
 それこそ王道でいうならゴブリンやオークに似た生物や、人間くらいの大きさがあるコウモリまで発見されている。

「おいおい、こんなコウモリがいるなんて冗談じゃねえぞ。つーか世界は一体どうなっちまったんだ?」

 その時、静寂が包んでいた最中に、どこからか音がした。
 息を飲んだ俺は、すぐさま腰を低くしながらゆっくりと音のする方へと向かう。
 俺の家は一軒家で、現在両親はいない。ともに海外で活躍する仕事人であり、この家にも一年に数回ほどしか帰ってはこない。
 だから今は一人暮らしをしているのだ。

 音は和室の方から……か?

 ダイニングルームから廊下へ出て、和室がある部屋へと近づく。
 静かに障子を少し開き中の様子を確認する。

「ギギ? ギギギィ……」

 和室の真ん中にはちゃぶ台が置いてあるのだが、その上に有り得ない生物が立っていた。
 いや、今は有り得る存在なのか。

 ……ゴブリン、だよな。

 情報と照らし合わせて、恐らくはそうだと判断する。
 緑色の身体に、ボロボロの腰布と短いこん棒を身に着けた、醜悪な顔をしているモンスターだ。
 体長は一メートルほどなので、その気になれば倒せそうだが、よく見ると他にも数体和室を歩き回っている。

 ムリムリ、絶対にムリ。あんな怖そうな奴相手にバトルなんて主人公じゃねえんだから!
 スライムならまだしも、武器持った奴とか戦いたくねえ。下手すりゃ死んじまうじゃねえか!
 まだ女の子とだって付き合ったことねえんだぞ! 可愛いことシッポリするまで死ねるかってんだ!

 俺はそっと障子を閉じると、忍び足で二階へと向かう。
 包丁じゃ心許無いことから、二階の物置部屋にある鉄製のバットを確保するつもりだった。

 そろりそろりと二階へ上がり、物置部屋に向かう廊下を歩いていると、踏み出した右足が何かのスイッチを押したような感触がした。
 直後に右の壁から小さな穴が開いて、そこから一本の矢が飛んでくる。

「ひにゃっ!?」

 咄嗟に身体を沿ってギリギリ回避することに成功した。

「っておい! 何で家がいきなりダンジョンみたいになってんだよっ!」

 とつい感情が爆発して大声を張り上げてしまった。
 すると階下からバタバタと激しい足音が聞こえてくる。

 マズイッ! さっきのゴブリンたちか!?

 俺は急いで物置部屋へと走り扉を開けて中に入る。どうか誰もいないことを願って。
 その願いが通じたのか、中にはモンスターらしき存在はいなかった。
 扉を閉めて息を殺す。
 外ではゴブリンが上ってきたのか、徘徊する足音が聞こえる。

 頼むからこっち来んなよぉぉぉ……っ!

 そう祈って待っていると、そのうちゴブリンが下に戻っていく音がした。

「…………ふぅぅぅぅ~」

 どうやら危機は去ったようだ。
 全身が冷や汗でビッショリだが、これが生きているってことだ。

 ああ、命って素晴らしい。

「……んなことよりバットバット……って、え?」

 物置部屋は八畳ほどの大きさで、そのほとんどは両親が海外から土産として持って帰ってきたよく分からない代物で埋め尽くされている。
 俺の私物なんて些細なものだ。
 そんな見慣れたはずの物置部屋に、見たことのない物体があった。
 それは部屋の中央にプカプカと風船のように浮いている。

「な、何だこの光の玉は?」

 何ていうのか、直径三十センチメートルほどのシャボン玉みたいな感じで、淡い発光現象を引き起こし周りを照らしている。
 糸で吊るされているわけでもなし、かといってどこかに固定されているわけでもない。
 完全に浮いている。

 …………いやいや、おかしいだろ。

 普通質量のあるものなら、重力に従って落下するだろうし、ずっとその場で硬直したままなんて考えられない。

「ま、まさかコレもモンスターじゃないよな?」

 俺は手に持ったナイフでつつきながら様子を見る。
 ピクリともしない様子から生物ではないらしい。
 ナイフを押す手にさらに力を込めて突き出してみる。

 するとプツッ……と先端が沈み込んだと思ったら、そこから全体に亀裂が走りガラス玉が割れたかのような音とともに弾け飛んだ。

「ビ、ビックリしたなあもう……!」

 一応身体を確かめるが怪我などは負っていなかった。
 するとその時だ。


〝ダンジョンクリア コア撃破ボーナス獲得〟


 そんな文字が突如として目の前に浮かび上がった。



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