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番外編
電子書籍発売記念 母さん…… アンスレード視点
しおりを挟む俺は母さんの墓石の前に立っている。
母さんが亡くなり、俺は王都に来るのを避けた。
母さんが生きていた頃は何度も秘密裏に会いにきていた。闇夜に紛れ会いにきても母さんはいつも笑顔で迎えてくれた。
辺境へ行ったあとも秘密裏に会いにきた。
「アンスレード殿下、陛下と王妃殿下にもご挨拶はお済みになられましたか」
「日が高いうちに堂々と玄関からお越しください」
厳しくも優しい母さんが俺は好きだった。
ほんの少し、顔を見るだけ。
ほんの少し、言葉を交わすだけ。
そのほんの少しの時間が俺の原動力だった。
「いつまでも元気でいてくれよ」
俺がそう言うと、母さんはなんともいえない顔をして微笑む。
寂しい、心配、愛おしい。
そして自分より大きな体格になった俺を、まるで幼子の頃のように抱きしめた。
「殿下もお体にお気をつけください。お怪我はしないでくださいね。そして殿下らしく元気に駆けていってください」
昔より小さくなった手で俺の背中を撫でる。あの頃と変わらない温もりに俺はまた安心する。
俺がぎゅっと抱きしめれば潰れてしまう母さんを優しく包む。
『母さん……』
俺は心の中で何度もつぶやく。
母さんとの一時の時間と原動力を得た俺はまた辺境へ帰っていく。
二階にある母さんの部屋のバルコニーから地面に飛び降り、馬に跨り上を見上げる。
母さんはずっと俺を見つめている。
母さんにじゃあなと挨拶するかのように手を挙げ、俺は公爵邸の庭を駆けていく。
「アンスレード、私の可愛い子…」
俺の願望か、はたまた風の悪戯か、俺が駆けていくといつも母さんの声が聞こえてくる。
俺が振り返れば俺の背を見送り続ける母さんの姿。その横にはいつの間にか現れた宰相の姿。宰相は母さんの肩を抱き寄せ、母さんと一緒に俺を見送る。
公爵邸の門の前。
「気をつけて帰れよ」
「ああ、またなケニー」
秘密裏に会いにきているというのに、こうしていつも最後はケニーが見送ってくれる。
俺にとって本当の家族はエイブレム公爵家だけだ。
それでも俺は第二王子。
父上に疎まれているのは知っている。俺をまるで害虫のように見つめる父上の目。離宮には寄りつこうともしない母上。まるで自分は味方だと偽善者の兄上。
それでもこれが俺の本当の家族。
王位継承権を放棄する代わりに唯一得た辺境伯という地位。俺に子供ができても譲る爵位は辺境伯だけだ。
願わくば男と女、一人づつ子が産まれることを祈った。
「母さん、俺は母さんの死に目にも会えず、こうして母さんに会いにきたのも何十年と経ってからだ。俺はなんて親不孝者なんだろうな。
なあ母さん、もうげんこつを落としにこないのか?もう説教を言いに俺に会いにはこないのか?なあ、母さん……」
母さんの訃報を知ったのはエーゲイト国と和解してからだ。もうすでに埋葬も終わり一ヶ月経ったあとだった。
あれは…、息子二人を王城へ送った帰り、どうしても俺は母さんの顔が見たかった。
もしかしたらもう会えないかもしれない。
ふとそう思った。俺の内で何かがザワザワと騒ぐ。不安のような、虫の知らせのような。戦に出れば生きて帰ってこれる保証はない。俺は少し気弱になっていたのだろうか。
母さんと最後に会った日、母さんはベッドに背を預け座っていた。
「殿下、貴方はいつも皆の前に立ってください。貴方の背に鼓舞され、勇気を得、そして貴方に付いていこうと、付いていけば道は開けると、皆が貴方の背に希望を見るのです」
母さんは優しい顔で笑った。
「貴方は皆から愛される子。アンスレード、私の可愛い子…」
母さんの微笑みはまるで女神のような、優しく慈しむそんな微笑みだった。
その日、帰る俺を母さんは一人でずっと見送っていた。何度振り返っても、母さんはずっと手を振っていた。
門の前に立つケニー。
「気をつけて帰れよ、アンスレー。無茶はするな。俺はお前が心配だ」
本格的にエーゲイト国との戦いが始まる。もう避けては通れない所まできた。
母さんもケニーもその情報を知っているのだと思った。
「俺を誰だと思っている、任せろ」
母さんと会い、原動力を得た俺は無敵。
ケニーは何か言いたそうな顔をしたが口を噤んだ。それからいつものようにケニーは俺の姿が見えなくなるまで見送った。
長きに渡り続いたエーゲイト国との争いは、お互い手を引くという結果で終わり、事実上の和解。
捕虜になった領民達と辺境へ帰り、そこで母さんの訃報を聞いた。
あの日の母さんはいつもと違った。
あの日のケニーもいつもと違った。
「母さん……」
「母上はいつもお前を案じていた」
振り返ればケニーが立っていた。一歩一歩俺に近づくケニー。
「怪我をしていないか、無茶はしていないか、体調を崩していないか、毎日お前を案じていた。寂しがり屋のお前が泣いてはいないだろうか、今日も笑って過ごしているだろうか、元気に駆けているだろうか、毎日毎日母上はお前のことを案じていたよ」
「どうして母さんの体調がよくないと教えてくれなかった」
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なぁ、アンスレード、お前は母上がいたから生きてこれた、そう思っているだろうが、そうじゃない。お前がいたから母上は生きられたんだ」
俺はケニーを見つめた。
「母上はお前が思うほど強い人ではなかった」
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