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5 ヒュース視点
しおりを挟む「どうぞ私を殺して下さい」
目の前で手を広げているのは俺の妹の仇の一人。
何年も憎んできた相手だろ!
何を躊躇う事がある!
そうだろ?
何のためにこれまでやってきた
こいつを殺すためだ!
さあ剣を振れ、そして殺すんだ!
俺は平民だ。平民がなんで公爵令息になれたのか。別に公爵の隠し子でもなんでもない赤の他人だ。
公爵は子爵を恨んでいる。そして俺も恨んでいる。
お互い利害が一致して協力しただけだ。
子爵の妻、今は義理の母親は元々公爵を『兄様』と呼んで慕っていた。公爵は子供の頃から結婚するつもりでいた。義母もそのつもりでいた。
それが子爵の援助を受ける代わりに子爵の妻になった。望まない結婚、望まない出産、そして今、義母は公爵の愛人になった。愛人というよりは不倫だな。公爵にも妻はいる。それでも諦めきれなかった長年の恋心に火がついた。毎日街外れにある家で逢瀬を繰り返している。
公爵は『奪われた恋人を取り戻しただけだ』とそう言ったがお互い伴侶を持ち子供もいる。それに先に結婚したのは公爵の方だろ。お前は恋人だと言った女を捨てて地位を取った。
それを逆恨みか?馬鹿らしい。
それともう一つ、病弱の三男、『あの男は私の息子を見殺しにした』そう言った。病弱の三男が助かるには金が必要だった。この国の医学では限界があった。医学が発展している他国へ行けば助かるかもしれないと医師に言われた。まるで悪魔の囁やきだ。他国へ行けば息子は助かると。
でも他国へ行くには金がかかる。船で何ヶ月もかかる遠い国。公爵といえど多額の金は用意出来なかった。妻の父、大公にも用意は出来なかった。公爵は国王に頼んだ。だけど『国庫を使用してまで民一人に多額のお金を渡す事は出来ない』と言われた。
別にこの国が貧乏なんじゃない。ただ額が破格なだけだ。用意しようと思えば用意出来たと思う。でも国に民に何かあった時の為の国庫だ。それを公爵の息子だからと渡せば病気で苦しんでいる全ての人達に渡さないといけない。
そこで公爵は子爵に頼んだ。公爵は子爵なら貸してくれると思った。高位貴族からの申し出、断られるとは微塵にも思っていなかった。何度も頼みにいき最後は頭を下げ土下座までした。それでも子爵は首を横に振った。
三男は苦しみながら死んだ。
公爵は子爵の妻を愛人にし優越感に浸った。『お前の妻は私の下で女になっている。どうだ、自分のものが奪われるその屈辱の味は』と。
だが子爵は違った。二人の逢瀬を楽しんでいた。女になる妻の様子を密偵に監視させ全てを報告させた。どんな言葉を交わしどんな情事をしたか、密偵からの報告を笑いながら聞いていた。
その報告の中で義母は『離縁し家を出ます』そう言った。その時の子爵の顔はまるで悪魔のようだった。
不敵な笑みを浮かべ
『羽を折る時が来たようだ。自由に羽ばたく姿は美しかったんだがな、残念だ』
子爵は妻を殺した。
寝室のベッドの上、真紅に染まった白い花弁が敷かれたその上で全裸の義母の姿。部屋には羽毛が舞っていた。
子爵はその姿を椅子に座りただじっと見つめていた。うっとりとした目で、獲物を狙う獣のような目で、そして全裸の義母の体中に口付けをした。
まるで舐めるように子爵の口元は真っ赤に染まった。
子爵は子爵という籠の中で自由に羽ばたく妻を飼っていた。籠の中の鳥が自分の元から外へ飛び立とうとした。だから出れないように羽を折り永遠に自分だけのものにした。
歪んでいる。あの男の愛は歪んでいる。
愛憎、まさにそれだ。
子爵は公爵に奪われたとは思っていない。奪わせたと錯覚させ優越感に浸らせただけだ。
愛した分だけ愛を返せ、そうじゃない。見返りを求めない愛、それだけだ。
己が誰を思い誰を愛しているか、己の中で自由にさせ己の愛の深さに満足する。
なんて狂気な愛だ。
あの男は狂っている…
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