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しおりを挟む私の婚約者になったのは3歳年上の公爵令息のヒュース様。とても優しそうな男性だった。公爵家の三男だからといっても子爵家の婿にならなくても引く手数多のはず。それに公爵家なら継ぐ爵位はあるはず。
『はじめましてエリーゼ嬢。君の婚約者に選ばれて私は嬉しいよ』
そう言って笑った顔に嫌悪は感じられなかった。ただ好意も感じられなかったけど。
それから婚約者としてヒュース様は度々私に会いに来て一緒にお茶をしたり庭を散歩したり、街へ一緒に行ったり、少しずつ距離が近付いていった。
婚約して1年、もうそろそろ結婚式を挙げようと話も出ている。結婚準備はもうほとんど終わっている。後は式の日取りをいつにするかくらい。
今日も庭を歩きながら話をする。
『ヒュース様、ヒュース様にとってお金は大事ですか?』
私は何気なく聞いた。
『お金はあった方がいいとは思うけど君は違うのかな?』
『勿論お金は無いよりあった方がいいです。日々暮らすにはお金は必要不可欠ですから。ですがお金で得られる物は物欲です。
私達の婚約もそうですが、信用や信頼それもお金で買えます。ヒュース様の公爵家という後ろ盾、そして公爵家という信用と信頼、それをお父様はお金で買いました』
『それを否定はしないよ。それが良いか悪いかは別として君のお父上はそうして信用も信頼も得てる』
『それに、命もお金で買えます…』
『それは…、私には答えられない』
『そうですよね…。
私もお父様を否定はしません。結果が全て、そう言われればそうですから。お父様が投資した画家は今では有名になりました。そうした人達が大勢いるのも事実です。それに人だけでなくお店も有名店になりました。お父様が見抜く目は確かです。投資には欠かせない目だと思います』
『お父上は神のギフトを貰ったんだね』
『神のギフト?ですか?』
『神の使い、もしかしたらお金の妖精かもしれないね』
『よう、せい…?』
『どうかした?』
『いいえ…、でもお金で買えない物があります。それは人の心です』
『確かに心は買えない。でもそれはエリーゼ君の心も同じだ。君は望まない婚約だったかもしれない。私達は政略結婚だ。
でも私はエリーゼの心が欲しい。君が寂しいと私が辛くなる。君が嬉しいと私は幸せだ。
私はエリーゼを愛しいと思っている。それが伝わっているといいんだけど…』
『なら、私は貴方を愛していいんですか?』
『愛してくれるかい?
私はエリーゼを愛してる。始まりは政略結婚だとしても今は違う。愛する人と結婚する、私はそう思っている』
『それなら私を愛してくれますか?』
『それを言うのは私の方だ、私を、いや、俺を愛してほしいエリーゼ』
ヒュース様は私を抱きしめた。
婚約して1年、距離は縮まった。それでも今日初めて心が近付いた、そう私は思った。
公爵令息ではない一人の男性として、子爵令嬢ではない一人の女性として、私達はお互いを愛したいと、愛してほしいと、そう願った。
今までは手を繋ぐぐらいの関係がその日から変わった。今までは距離を感じた堅苦しい『私』と言う言い方が『俺』になり『君』から『エリーゼ』になった。話し方も少し砕けた口調になり、ヒュース様の素を見せてくれる事に喜びを感じた。
そして幸せな時間。手を繋ぐだけだった関係から腰を抱かれ肩を抱かれ、膝の上で座りお互いの顔を見つめながら話をする。額や頬に口付けされ抱きしめられる。
『愛してる』その言葉は魔法の言葉。
私の心をヒュース様で埋め尽くし、寂しさも悲しさも何もかも忘れられた。
私達は政略結婚の先、愛を築いた。
『婚姻式が半年後に決まった』
お父様からそう告げられ私は喜んだ。ようやくヒュース様と結婚できる。ようやくヒュース様の妻になれる。
幸せな二人の姿が目に見えるようだった。
それにお父様もヒュース様を気に入っていた。お父様の仕事を教えたり手伝わせたりしている。
私も跡継ぎとして一通りの事は教えてもらい手伝っている。私を支え手伝ってくれる強い味方を手に入れた。
『お父様はどうしてヒュース様を選んだんですか?』
『彼の目かな。俺は俺と同じ奴に興味が湧いた、それだけだ』
『お父様と同じ、ですか?』
『フッ』
お父様は不敵な笑みを浮かべた。
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