21 / 39
21
しおりを挟む「でも子爵なのよね?」
身分差があるのは私が一番よく分かってる。子爵令嬢が侯爵令息の婚約者になるなんて、本来なら烏滸がましい。
身の程をわきまえなさい、そう言われても仕方がない。
「子爵だろうが、俺の婚約者になってくれる女性が現れただけでも奇跡です。それに母上は身分は気にしないと言っていたじゃないですか。それがいざ婚約者ができたら身分だなんだと、言っていることが違います。身分がと言うなら俺の方が相応しくない」
ラウル様とお母様はお互い視線をそらさない。
私はオロオロと二人を見つめるばかり。
「別に子爵が駄目だとは言っていないわ。だけど、セレナさんはいずれ侯爵夫人になるのよ?貴方に守られているようでは駄目なの。子爵令嬢の気分でいてもらっては困るのよ」
お母様の言おうとしていることは何となく分かる。
子爵と侯爵では身分が違うだけではない。振る舞いも違う。
同年代の侯爵令嬢は、子爵令嬢の私からしたら手本にするような女性。誰にでも優しく、分け隔てなく接し、皆に話しかけ、それでいて品がある。だから令嬢達は憧れる。
下位貴族の私のことなんか知らないと思っていたのに、私の名前を知っていた。それにその人その人に合わせ会話を楽しんでいた。私が着ているドレスや身に着けている物なんか、彼女が身に着けている物に比べれば安物。それでも素敵ねって、子爵令嬢の私にも微笑んでくれる。
彼女は否定的なことは絶対に言わない。いつも全体を見ていて把握してる。マナーがおぼつかない令嬢が居たら手本を見せ、陰口を叩く令嬢が居たら優しく窘める。
だから彼女を中心に皆が集まるわ。皆が彼女と話をしたいの。『お茶会は楽しく交流する場よ』彼女はそう言って皆を和ませ、彼女が参加するお茶会はいつも楽しい。
居心地の良い時間に、話に花が咲く。
私達下位令嬢からすれば、準王族の公爵令嬢は高嶺の花。侯爵令嬢は令嬢達の纏め役。伯爵令嬢は高位貴族と下位貴族の橋渡し役。私達は彼女達の後ろに付いていけばいい。
お母様はいずれ侯爵夫人になるなら、今のままでは駄目だと、そう言っている。
後ろを付いていくのでは駄目だと、皆を纏められるようにならないと駄目だと。
私は少し離れた所から眺めていれば良かった。陰口を叩かれている令嬢が居ても、意地悪されている令嬢が居ても、侯爵令嬢達がどうにかしてくれる、そう思っていた。実際侯爵令嬢達がどうにかしてくれた。
中心に立ち、皆を先導するように。
ラウル様と結婚し侯爵夫人になれば、今度は私がその立場になる。
私にできるかしら……。
常に全体を把握し、注意し窘める。
幼い頃から流れに沿って、ただ流れに身を任せて育ってきた。令嬢達との交流もここを進みなさいと、誰かが作ってくれた道を私はただ歩いてきただけ。
今だって私はオロオロするだけでラウル様に守られている。
「あの!私に侯爵夫人としての心構えをご教授くださることは可能でしょうか」
今のままでは駄目。でも一人でどうにかなる問題でもない。ならお母様に直接教えてもらえばいい。
私は真っ直ぐお母様を見つめる。
「私は厳しいわよ?」
「はい、厳しくなくては困ります」
「そう。わかったわ。なら今日から周りの仕草を観察しなさい」
「分かりました」
「貴女が息子の婚約者だと受け入れてはいるわ。でも、まだ婚約者だと認めてはいない」
「母上!」
ラウル様はお母様に近寄ろうと身を動かした。私はラウル様と繋がる手に力を入れ、ラウル様を止める。
「認めていただけますよう精進してまいります」
私はラウル様の手を離し、お母様に頭を下げる。
「よろしくお願いいたします」
「セレナ行くぞ」
ラウル様は私の手を握り部屋から出た。私の手を引いて前を歩くラウル様の顔は見えない。それでもその足取りは少し怒っているよう。
そのままラウル様は庭に出た。邸から少し離れた所で立ち止まった。
振り返ったラウル様の顔は険しい顔をしている。
「セレナはしなくていい。お前は俺に守られていればいい」
「ラウル様に守られていれば安全でしょう。ですがそれでは駄目なんです。それでは貴方の妻にはなれません」
「だとしてもお前が苦労する必要はない。俺とお前は仮初の婚約者だ」
声を荒げるラウル様。
「はい……」
私は顔を俯けた。瞳に涙が溜まるのが分かった。
私達は仮初の婚約者。ラウル様に好きな人が現れたら別れる関係。
それは分かってる。それでもラウル様の口から聞きたくなかっただけ。
これは、ただ、私の我儘……。
「すまない……」
私は顔を横に振った。
「怒鳴るつもりはなかった。すまない」
私は何度も顔を横に振った。
ラウル様は仮初の婚約者として私に接しているだけ。
そこに意味を持ったのは私。
このまま本物の婚約者になりたいと……。
私達は気まずい雰囲気のまま今日は別れた。
馬車を見送る私。
昨日は「明日も会いたい」と言ってくれた。でも今日は何も言わなかった。ラウル様は最後まで「すまない」と言っていた。
昨日は優しかった顔。今日は険しい顔。
私が仮初の婚約者なのに出しゃばったから?
31
お気に入りに追加
1,040
あなたにおすすめの小説
会うたびに、貴方が嫌いになる
黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
長身の王女レオーネは、侯爵家令息のアリエスに会うたびに惹かれた。だが、守り役に徹している彼が応えてくれたことはない。彼女が聖獣の力を持つために発情期を迎えた時も、身体を差し出して鎮めてくれこそしたが、その後も変わらず塩対応だ。悩むレオーネは、彼が自分とは正反対の可愛らしい令嬢と親しくしているのを目撃してしまう。優しく笑いかけ、「小さい方が良い」と褒めているのも聞いた。失恋という現実を受け入れるしかなかったレオーネは、二人の妨げになるまいと決意した。
アリエスは嫌そうに自分を遠ざけ始めたレオーネに、動揺を隠せなくなった。彼女が演技などではなく、本気でそう思っていると分かったからだ。
わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑
岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。
もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。
本編終了しました。
王子様、あなたの不貞を私は知っております
岡暁舟
恋愛
第一王子アンソニーの婚約者、正妻として名高い公爵令嬢のクレアは、アンソニーが自分のことをそこまで本気に愛していないことを知っている。彼が夢中になっているのは、同じ公爵令嬢だが、自分よりも大部下品なソーニャだった。
「私は知っております。王子様の不貞を……」
場合によっては離縁……様々な危険をはらんでいたが、クレアはなぜか余裕で?
本編終了しました。明日以降、続編を新たに書いていきます。
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。
星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。
グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。
それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。
しかし。ある日。
シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。
聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。
ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。
──……私は、ただの邪魔者だったの?
衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。
[完結]本当にバカね
シマ
恋愛
私には幼い頃から婚約者がいる。
この国の子供は貴族、平民問わず試験に合格すれば通えるサラタル学園がある。
貴族は落ちたら恥とまで言われる学園で出会った平民と恋に落ちた婚約者。
入婿の貴方が私を見下すとは良い度胸ね。
私を敵に回したら、どうなるか分からせてあげる。
蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる