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「ノア、どこに行っていたの?」

「すまない」


イザベラが倒れ目を覚ました時、俺を見て「ノア」と言った。兄上の名前を俺に向かって呼んだ。

医者の話だと一時的に記憶が混濁しているのだろうと言われた。兄上の死を受け入れられず、兄上によく似た俺を兄上だと思っていると。

そしてイザベラのお腹には兄上の子が宿っていた。

医者から余り精神的な不安を与えないようにと言われた。


「レオ、子が産まれるまでお前はノアとして生きろ」

「父上!」

「ならお前はノアの子が産まれない方が良いのか!イザベラに不安を与えて子が流れた方が良いと言うのか!」

「そうではありません」

「イザベラも子が産まれれば母としてノアの死を受け入れれるはずだ。それまではイザベラと腹の子をお前がノアとなり護れ!腹の子はこの伯爵家の跡取りになる大事な子だ」

「エリザと、婚約者としてエリザに会うのだけは譲れません」

「エリザな。ノアが亡くなりお前がイザベラと結婚してイザベラの腹の子を育てると言うのなら私の跡を継いでも良いのだぞ」

「俺が結婚したいのはエリザだけです。そこは譲れません」

「子が産まれるころには喪があける。婚姻はどちらにせよ喪があけてからだ。それまではノアとして生きても問題はないだろ。分かったな!お前はノアとして生きるんだ!良いな!」

「父上!」

「勘当されたくないなら私の言う事を聞け!」


それから俺は家の中だけ兄上として生きる。週に一度、エリザに会えるその日を楽しみに、その日を生き甲斐にして息の詰まるこの家で兄上として過ごす。

週に一度、エリザに会える日、出掛けようと、


「痛い!お腹が、お腹が痛い!」


イザベラの声が聞こえ部屋に向かう。


「ノア!お腹が……」


直ぐに医者を呼び診察をしてもらう。その間にエリザと待ち合わせの喫茶店へ行く。もう随分待たせている。もう待っていないだろうと思い喫茶店に着くとエリザは待っていてくれた。

エリザの顔を見て初めて息が出来た。

それでも直ぐに戻らないといけない。エリザに謝り帰るように言い、俺は直ぐに戻った。

一目だけ、

その一目だけが今の俺を生かしている。

兄上の代わりになるのも、レオという俺自身の存在が家から皆からなくなるのも、俺ももう限界にきていた。

あと4ヶ月、

まだ4ヶ月、

エリザ…、

俺を助けてくれ………



「ノア様、どちらに行かれていたのですか?イザベラ様が何度もお呼びですよ。早く部屋まで行ってください、イザベラ様がお待ちです」


家に帰るとメイドから言われた。エリザと会う日になるといつもイザベラは調子が悪くなる。

ようやく愛しいエリザに会えると、レオに戻れると、そう思っていてもエリザの顔を一目見るだけの時間しか俺には無い。

でも、その一目だけでも会いたいんだ。

メイドも執事もこの家で働く者は皆、俺を「レオ」ではなく「ノア」と呼ぶ。イザベラの前ならまだしもそれ以外でもだ。

俺は「レオ」だ。今、俺の事を「レオ」と呼んでくれるのはエリザだけしかいない。

好きだエリザ、

愛してるエリザ、

俺の愛しい人よ俺を嫌わないでくれ…。




「ノア、お腹の子大丈夫だって」

「そうか」

「この子が動いただけだったの。それを早とちりして母様失格だと思わない?

ノア、名前考えておいてよ?男の子だと良いな。ノアはどっちが良い?男の子?女の子?」

「どっちでも良い」

「そうよね。一人っ子は可哀想だものね」

「………」

「ノア?」

「一人で良い」

「女の子でも?」

「ああ」

「ふふっ、父様はこう言ってるけど産まれたらあなたにも弟か妹をって言うのよ。だから安心してね、私達の赤ちゃん」


イザベラは愛おしそうにお腹を撫でていた。

兄上の子の誕生は嬉しい。

それでも、

それでも…、

俺はいつまでこんな事を続けないといけないんだ…。


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