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中編

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今日も僕は小屋に入れられたキャロルを迎えに行く。


「キャロル立てる?ここを出よう」

「…うん」


キャロルの手を引きキャロルの部屋に帰る。とぼとぼと僕に手を引かれ俯いて歩くキャロル。

いつ頃からかおじさんはキャロルを小屋に閉じ込めるようになった。真っ暗な小屋に窓はなく光も入らない。キャロルは真っ暗な小屋の中でいつも小さく丸まっている。

泣きもせずただじっと耐えている。泣いてくれたらどんなに楽か、何も言わずただ耐える姿を見ると僕の方が苦しくなる。

泣いてもいい、おじさんの文句を言ってもいい。僕が聞いてあげる。僕がキャロルを隠してあげる。

だから、泣いていいよ、キャロル…



部屋に戻ると待機していたメイドがキャロルの着替えを手伝っている。その間僕は部屋の前で待っている。

『僕は強くなろう。キャロルを守れるくらい強くなろう。今はまだ手を引いて部屋に戻る事しか出来ない。でももっと大きくなればこの家からキャロルを連れ出せる。それまでは僕が、俺がキャロルを守る』



それからもおじさんの怒鳴り声が聞こえると俺は直ぐにキャロルの元に向かう。

扉の向こう、


「どうしてお前が笑っていられる。笑うな!俺の前で二度と笑うな!」

「ごめんなさいお父様…。もう笑いません」


俺は扉の取手に手をかけた。

キャロルの笑顔を消したのはお前だ。キャロルから全て奪えばお前は満足か!

俺は怒りで手が震えた。片手の握り拳に力が入る。


「いけません、フレドリック坊ちゃま」

「離せ」


扉の取手にある俺の手を押さえるのは執事の力強い手だった。


「旦那様もお辛いんです。どうかお察し下さい」


8歳の俺に何を察しろって言うんだ。おじさんが辛い?そんな事知るか。キャロルの方がもっと辛いだろ。


部屋から出て来たおじさんを俺は睨む。おじさんは俺を睨み去って行った。俺は急いで部屋の中に入りキャロルを抱きしめた。


「キャロル大丈夫か」

「フレッド…」

「行くぞ」


俺はキャロルの手を引いて自分の家に帰って来た。


「お父様、今日は機嫌が悪かっただけなの。いつもは優しいのよ?すれ違いざまに頭をぽんぽんって撫でてくれるの」


作り笑いで語るキャロル。

流れている涙を俺は拭う。


「そうか」


それ以上の言葉が出てこない。口を開けばおじさんの文句しか出てこない。


「今日はお父様にとって特に特別の日だから…」

「それはキャロルにとってもだろ。キャロル、誕生日おめでとう。キャロルが産まれてきて俺は嬉しい」

「産まれて、きて…良かった、の、かな……」

「当たり前だろ。今年も元気に俺と過ごすんだ」

「…うん」


キャロルの誕生日は俺の家族と祝う。いつもより長い祈りの後、食事をする。

父様にとっても母様にとっても兄様にとってもキャロルは家族の一員。娘だと妹だと皆が思ってる。それは俺も同じ。

父様はキャロルを抱き上げ、母様は一緒に湯に入る。兄様はキャロルの頭を撫で膝に座らせる。俺は手を繋いで一緒に眠る。

母様はできるだけ自分の手で育てたいと兄様の時も乳をあげ育てた。勿論俺の時も。

赤子の時は父様と母様と俺とキャロルで寝室で一緒に寝ていたらしい。俺達はいつも一緒に泣いてどれだけ仲が良いんだといつも笑い話だ。父様も母様も分け隔てなく俺達を育てた。

褒め怒りそして愛情を注いだ。

父様は俺達二人を同時に抱き上げた。母様は俺達を膝に座らせた。兄様なんて弟の俺よりもキャロルを可愛がった。

それでもキャロルの帰る家は隣。

メイドが迎えに来てキャロルは毎日帰っていく。

だからせめておじさんから俺が守ろう。傷ついたなら俺が慰めよう。涙は何度でも拭ってやる。

だから生きろ

だから笑ってくれ

俺だけはキャロルの誕生を喜ぶ

だから幸せになる事を諦めないでくれ…





あれから10年…、今日キャロルは結婚式を挙げた。俺の大好きだった満面の笑顔を見せて。


「フレッド」


満面の笑みで俺に手を振るキャロル。

眩しい笑顔で俺の元に近寄ってきた。


「キャロルおめでとう」


キャロルは俺に抱きついた。


「フレッド…、ありがとう…。フレッドがいたから私は生きてこれた。フレッドがいつも側にいてくれたから私は寂しくなんてなかったわ。フレッドが私の生きる支えだったの。

ずっと側で守ってくれて、ありがとう…」


俺はキャロルをぎゅっと抱きしめた。


「ああ、幸せになれよ」

「うん」


キャロルを離すと涙を流していた。


「花嫁が泣くな」


俺はキャロルの涙を手で拭った。

遠くでキャロルを呼ぶキャロルの夫。
一回り年上の大人の男。キャロルの笑顔を取り戻した男。キャロルを幸せにする男。

俺はキャロルの夫に『キャロラインをお願いします』と頭を下げた。



幸せそうな顔で夫の元に向かうキャロルの後ろ姿。

さっきキャロルの涙を拭った手。キャロルの涙を拭うのは幼い頃から俺の役目だった。

もう拭う事はない…

キャロルを側で守るのはずっと俺だった。

これからは彼が守る…



笑わなくなった幼馴染みが今日笑顔で嫁に行った。

キャロルの後ろ姿を眺め、俺はポタポタと涙を流した。


この涙は恋愛なのか親愛なのか兄妹愛なのか友愛なのか…

ずっと守ってきた

寂しい思いはさせないと、辛い思いはさせないと、

いつかまた本当の笑顔で笑ってほしいと…


願わくば

俺が笑わせたかった

俺が幸せにしたかった

俺がずっと側で守りたかった


それでも俺はキャロルの幸せを祝うよ。

キャロルには笑顔が似合うから…。



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