98 / 101
蛙の子は蛙
自分だけの愛がほしい
しおりを挟むいつものように彼と待ち合わせをしていつもの部屋に入った。
ベッドの上にはうさぎのぬいぐるみが置いてあった。
「あれはなんだ」
「前に女の子が持っていたぬいぐるみを欲しそうに見ていただろ?」
「欲しそうには見ていない」
「なら羨ましかった?」
俺はうさぎのぬいぐるみを手に取った。
「父上が娘にぬいぐるみを買ったらしい。大事そうに抱えている娘から奪い取るのも可哀想だと見て見ぬふりをしたが」
「そのぬいぐるみが欲しかったのか?」
「違う。俺は父上から何一つ貰った事はない。なのに娘は父上から貰えた。それが腹立たしく、羨ましかったのかもしれない。
俺も父上から何か、俺の為の玩具を父上が選び贈ってもらいたかった。ぬいぐるみじゃなくても、お菓子一つでも、何でも良かったんだ。
父上は俺を見ようとはしなかった。母上の言うように俺が女の子なら何か貰えたのだろうか…」
「俺はお前の父親は知らない。ただの気まぐれか、孫は可愛いのか、それは分からない。でも息子は何も貰ってないんだろ?」
「それは分からない。息子は見せびらかすような子ではないし、俺が父上を嫌っているのを知っているから、もしかしたら部屋に隠しているのかもしれない」
疑いだしたらきりがない。もしかしたら妻も何か貰っているのかもしれない。そう思うと本当に俺の存在はなんだと思ってしまう。
跡取りだけの存在だと、そう言われているようだ。
幼い頃は子供が嫌いなのかと思っていた。あの女好きの父上の子は俺しかいない。大人になり俺も調べたが、やっぱり父上の子は俺しかいなかった。
ならどうして唯一の子の俺を愛してくれないのかと。女性を何人も愛せるのなら、その愛を俺に分けてくれてもいいのにと、何度思ったか分からない。
俺も愛してほしい。
父上からも、母上からも、二人の愛が俺もほしかった。
少しでいい、ほんの少しでいいから、俺を見てほしかった。
「父上はただ俺が嫌いだっただけだ、そう突きつけられたように思えた。なぜそこまで嫌われているのか、まともに話した事は数えるほどしかない。我儘も言わなかった。文句の一つも言っていない。なのにどうしてそこまで嫌われないといけない」
彼は俺を抱きしめた。
「それは父親にしか分からないよ」
彼はなだめるように俺の背中を撫でる。
彼は本当の事しか言わない。俺の機嫌を取るような事も言わない。
それが俺には心地よかった。
「でもさ、そんなに父親って必要か?俺にしてみればそこまで父親に拘るのが分からないけどな。
ならどうして母親には拘らないんだ?母親からも愛なんて貰ってないだろ」
「そう、なんだが…」
「母親から言われた言葉はお前を否定する事ばかりだっただろ?」
母上からの愛は諦めた。というより諦められた。
父上よりも話したからか?
でも話したというよりは貶され俺を否定する言葉だった。会話でもない。一方的に言われただけだ。
やっぱりどんな母でも母と言うだけで違うのだろうか。腹の中で繋がっていたからかもしれない。
幼い頃はそれが分からなかったが、大人になり少しづつ母上を受け入れられた。
母上も可哀想な人なんだと。
父上に翻弄されている、可哀想な人。それでも健気に耐えて、その姿に自分で自分に酔いしれる。
家に帰ってくる、愛してる、その言動だけで愛されてると思っている。
でも本当に父上が母上を愛しているのなら、他の女性に目移りしないのではないだろうか。
「愛か…」
「お前は知っているだろ?」
「俺だけを愛してくれる人がほしい」
「奥さんがいるだろ」
「妻は息子も娘も愛してる」
「でもお前と子供達では愛の質が違うだろ。お前だって子供達を愛しているんだろ?」
「可愛いとも愛しいとも思う。だがそれが愛だとどうして言い切れる。妻を愛してる、そう思っていても本当にそれは愛か?そう言い切れる自信がない。
そもそも愛ってなんだ?」
「ならお前が思う愛とはなんだ」
「俺だけを見てほしい。俺だけを愛してほしい。子供よりも誰よりも」
「それだと子供達はお前と一緒だぞ?まだ母親の愛情が必要な年齢だ。
それに愛の形は人それぞれ違うだろ。結局これが愛という定義はないんだと思う。手をかけて大事に大事に育てるのも愛情の一つ。怪我をしても見守るのも愛情の一つ。自由に好きな事をやらせるのも愛情の一つ。
受け取る側がどう思うか、じゃないのか?厳しく育てようが放任しようが、受け取る側が愛情だと思えばそれは愛だ。受け取る側が窮屈に思えばそれは愛じゃない、支配や放棄だ。
俺と母親は親子というよりは友達に近い。子が宿ったから生んだ。母親のような無償の愛はもらえなかったが、こうして育ててくれた。お姉様方に可愛がってもらった。美味しいお菓子を貰ったり、愚痴も聞いたが寂しい夜は一緒に寝てくれた。熱を出した時は次から次へと俺の様子を見に来てくれた。
俺には母親が大勢いる。愛ではなく情に近くても、俺は俺を否定しない。俺は俺自身を恥だとは思わない。俺の母親は娼婦だけどそれがなんだと胸を張って答える。
お前は親から放棄され、爺さんからは支配された。だからお前は歪になった。お前はその歪な自分を認めてやれよ。俺は歪だと胸を張れよ。そんなお前を愛してくれる人は必ずいる。そんなお前の愛に付き合ってくれる人が必ずいる」
23
お気に入りに追加
797
あなたにおすすめの小説
二度目の恋
豆狸
恋愛
私の子がいなくなって半年と少し。
王都へ行っていた夫が、久しぶりに伯爵領へと戻ってきました。
満面の笑みを浮かべた彼の後ろには、ヴィエイラ侯爵令息の未亡人が赤毛の子どもを抱いて立っています。彼女は、彼がずっと想ってきた女性です。
※上記でわかる通り子どもに関するセンシティブな内容があります。
王命を忘れた恋
須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』
そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。
強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?
そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。
君に愛は囁けない
しーしび
恋愛
姉が亡くなり、かつて姉の婚約者だったジルベールと婚約したセシル。
彼は社交界で引く手数多の美しい青年で、令嬢たちはこぞって彼に夢中。
愛らしいと噂の公爵令嬢だって彼への好意を隠そうとはしない。
けれど、彼はセシルに愛を囁く事はない。
セシルも彼に愛を囁けない。
だから、セシルは決めた。
*****
※ゆるゆる設定
※誤字脱字を何故か見つけられない病なので、ご容赦ください。努力はします。
※日本語の勘違いもよくあります。方言もよく分かっていない田舎っぺです。
夫の浮気相手と一緒に暮らすなんて無理です!
火野村志紀
恋愛
トゥーラ侯爵家の当主と結婚して幸せな夫婦生活を送っていたリリティーヌ。
しかしそんな日々も夫のエリオットの浮気によって終わりを告げる。
浮気相手は平民のレナ。
エリオットはレナとは半年前から関係を持っていたらしく、それを知ったリリティーヌは即座に離婚を決める。
エリオットはリリティーヌを本気で愛していると言って拒否する。その真剣な表情に、心が揺らぎそうになるリリティーヌ。
ところが次の瞬間、エリオットから衝撃の発言が。
「レナをこの屋敷に住まわせたいと思うんだ。いいよね……?」
ば、馬鹿野郎!!
【完結】私の大好きな人は、親友と結婚しました
紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
伯爵令嬢マリアンヌには物心ついた時からずっと大好きな人がいる。
その名は、伯爵令息のロベルト・バミール。
学園卒業を控え、成績優秀で隣国への留学を許可されたマリアンヌは、その報告のために
ロベルトの元をこっそり訪れると・・・。
そこでは、同じく幼馴染で、親友のオリビアとベットで抱き合う二人がいた。
傷ついたマリアンヌは、何も告げぬまま隣国へ留学するがーーー。
2年後、ロベルトが突然隣国を訪れてきて??
1話完結です
【作者よりみなさまへ】
*誤字脱字多数あるかと思います。
*初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ
*ゆるふわ設定です
【完結】婚約者が恋に落ちたので、私は・・・
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
ベアトリスは婚約者アルトゥールが恋に落ちる瞬間を見てしまった。
彼は恋心を隠したまま私と結婚するのかしら?
だからベアトリスは自ら身を引くことを決意した。
---
カスティーリャ国、アンゴラ国は過去、ヨーロッパに実在した国名ですが、この物語では名前だけ拝借しています。
12話で完結します。
この恋に終止符(ピリオド)を
キムラましゅろう
恋愛
好きだから終わりにする。
好きだからサヨナラだ。
彼の心に彼女がいるのを知っていても、どうしても側にいたくて見て見ぬふりをしてきた。
だけど……そろそろ潮時かな。
彼の大切なあの人がフリーになったのを知り、
わたしはこの恋に終止符(ピリオド)をうつ事を決めた。
重度の誤字脱字病患者の書くお話です。
誤字脱字にぶつかる度にご自身で「こうかな?」と脳内変換して頂く恐れがあります。予めご了承くださいませ。
完全ご都合主義、ノーリアリティノークオリティのお話です。
菩薩の如く広いお心でお読みくださいませ。
そして作者はモトサヤハピエン主義です。
そこのところもご理解頂き、合わないなと思われましたら回れ右をお勧めいたします。
小説家になろうさんでも投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる