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蛙の子は蛙

自分だけの愛がほしい

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いつものように彼と待ち合わせをしていつもの部屋に入った。

ベッドの上にはうさぎのぬいぐるみが置いてあった。


「あれはなんだ」

「前に女の子が持っていたぬいぐるみを欲しそうに見ていただろ?」

「欲しそうには見ていない」

「なら羨ましかった?」


俺はうさぎのぬいぐるみを手に取った。


「父上が娘にぬいぐるみを買ったらしい。大事そうに抱えている娘から奪い取るのも可哀想だと見て見ぬふりをしたが」

「そのぬいぐるみが欲しかったのか?」

「違う。俺は父上から何一つ貰った事はない。なのに娘は父上から貰えた。それが腹立たしく、羨ましかったのかもしれない。

俺も父上から何か、俺の為の玩具を父上が選び贈ってもらいたかった。ぬいぐるみじゃなくても、お菓子一つでも、何でも良かったんだ。

父上は俺を見ようとはしなかった。母上の言うように俺が女の子なら何か貰えたのだろうか…」

「俺はお前の父親は知らない。ただの気まぐれか、孫は可愛いのか、それは分からない。でも息子は何も貰ってないんだろ?」

「それは分からない。息子は見せびらかすような子ではないし、俺が父上を嫌っているのを知っているから、もしかしたら部屋に隠しているのかもしれない」


疑いだしたらきりがない。もしかしたら妻も何か貰っているのかもしれない。そう思うと本当に俺の存在はなんだと思ってしまう。

跡取りだけの存在だと、そう言われているようだ。

幼い頃は子供が嫌いなのかと思っていた。あの女好きの父上の子は俺しかいない。大人になり俺も調べたが、やっぱり父上の子は俺しかいなかった。

ならどうして唯一の子の俺を愛してくれないのかと。女性を何人も愛せるのなら、その愛を俺に分けてくれてもいいのにと、何度思ったか分からない。

俺も愛してほしい。

父上からも、母上からも、二人の愛が俺もほしかった。

少しでいい、ほんの少しでいいから、俺を見てほしかった。


「父上はただ俺が嫌いだっただけだ、そう突きつけられたように思えた。なぜそこまで嫌われているのか、まともに話した事は数えるほどしかない。我儘も言わなかった。文句の一つも言っていない。なのにどうしてそこまで嫌われないといけない」


彼は俺を抱きしめた。


「それは父親にしか分からないよ」


彼はなだめるように俺の背中を撫でる。

彼は本当の事しか言わない。俺の機嫌を取るような事も言わない。

それが俺には心地よかった。


「でもさ、そんなに父親って必要か?俺にしてみればそこまで父親に拘るのが分からないけどな。

ならどうして母親には拘らないんだ?母親からも愛なんて貰ってないだろ」

「そう、なんだが…」

「母親から言われた言葉はお前を否定する事ばかりだっただろ?」


母上からの愛は諦めた。というより諦められた。

父上よりも話したからか?

でも話したというよりは貶され俺を否定する言葉だった。会話でもない。一方的に言われただけだ。

やっぱりどんな母でも母と言うだけで違うのだろうか。腹の中で繋がっていたからかもしれない。

幼い頃はそれが分からなかったが、大人になり少しづつ母上を受け入れられた。

母上も可哀想な人なんだと。

父上に翻弄されている、可哀想な人。それでも健気に耐えて、その姿に自分で自分に酔いしれる。

家に帰ってくる、愛してる、その言動だけで愛されてると思っている。

でも本当に父上が母上を愛しているのなら、他の女性に目移りしないのではないだろうか。


「愛か…」

「お前は知っているだろ?」

「俺だけを愛してくれる人がほしい」

「奥さんがいるだろ」

「妻は息子も娘も愛してる」

「でもお前と子供達では愛の質が違うだろ。お前だって子供達を愛しているんだろ?」

「可愛いとも愛しいとも思う。だがそれが愛だとどうして言い切れる。妻を愛してる、そう思っていても本当にそれは愛か?そう言い切れる自信がない。

そもそも愛ってなんだ?」

「ならお前が思う愛とはなんだ」

「俺だけを見てほしい。俺だけを愛してほしい。子供よりも誰よりも」

「それだと子供達はお前と一緒だぞ?まだ母親の愛情が必要な年齢だ。

それに愛の形は人それぞれ違うだろ。結局これが愛という定義はないんだと思う。手をかけて大事に大事に育てるのも愛情の一つ。怪我をしても見守るのも愛情の一つ。自由に好きな事をやらせるのも愛情の一つ。

受け取る側がどう思うか、じゃないのか?厳しく育てようが放任しようが、受け取る側が愛情だと思えばそれは愛だ。受け取る側が窮屈に思えばそれは愛じゃない、支配や放棄だ。

俺と母親は親子というよりは友達に近い。子が宿ったから生んだ。母親のような無償の愛はもらえなかったが、こうして育ててくれた。お姉様方に可愛がってもらった。美味しいお菓子を貰ったり、愚痴も聞いたが寂しい夜は一緒に寝てくれた。熱を出した時は次から次へと俺の様子を見に来てくれた。

俺には母親が大勢いる。愛ではなく情に近くても、俺は俺を否定しない。俺は俺自身を恥だとは思わない。俺の母親は娼婦だけどそれがなんだと胸を張って答える。

お前は親から放棄され、爺さんからは支配された。だからお前は歪になった。お前はその歪な自分を認めてやれよ。俺は歪だと胸を張れよ。そんなお前を愛してくれる人は必ずいる。そんなお前の愛に付き合ってくれる人が必ずいる」



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