80 / 101
半日だけの…。貴方が私を忘れても
いつかまた、
しおりを挟む夜、ロイスが私の私室に入って来た。
「母様、僕お祖父ちゃまの家に行きたい」
8歳になったロイスが泣きそうな顔で言った。
「分かったわ。明日荷造りしてお祖父ちゃまの家に行きましょ」
「ごめんね母様」
「ううん、こっちこそ長い間ごめんねロイス」
「僕、父様が大好きなんだ。大好きだから辛い……」
「うん、分かるわ」
「毎日『はじめまして』が嫌なんじゃない。父様の記憶が1日しか覚えていられないのも分かってる。でも僕には昨日約束した事だから……」
「そうね。昨日約束した事を父様は次の日には忘れちゃう。頭ではロイスも分かっていても心が追い付いてこないのよね」
「うん……」
私はロイスを抱きしめた。
私はルイ様の今の状態を理解している。ロイスもそれは理解している。理解し一緒に過ごしてきた。
大人の私でも頭では理解してても心が追い付いてこない日はある。それでも心を強く持てたのはルイ様との思い出と愛情が詰まっているから。
婚約時代、結婚し夫婦になり、ロイスが産まれ親になり、家族になった。
かけがえのない人、私の心を占めているのはルイ様だから。だから耐えられたし側にいたいと思った。
記憶を毎日失くすルイ様との新たな関係も辛い日もあったけど幸せな日もその分あった。
それでもロイスの気持ちの前に私の気持ちは取るに足らない事。
まだ子供のロイスの心は敏感。だからこそ護らないといけない。
「もう少し大きくなったらまた一緒に住みたいと思うかもしれない」
「その時また一緒に暮せばいいわ」
「もう会いたくないと思うかもしれない」
「その時は会わなくてもいいわ」
「母様…、僕、僕ね、父様が大好きなんだ。だから毎日顔を見て話しをしたかった。でも最近は顔を見たくないって思うんだ。ごめんね、僕が我慢すればいいんだけどもう無理なんだ。うあぁぁぁん、うあぁぁぁん」
私は抱きしめているロイスの背中を優しく撫でる。
「ロイスごめんね。我慢させて、無理させてごめんね…。ロイスが我慢する必要はないの。無理して父様と一緒に居なくていいのよ。今まで辛かったわね、悲しかったわね…、ごめんねロイス…。
ロイスは父様を嫌いになる前に、大好きのままでいたいのよね」
「…うん……」
「明日お祖父ちゃまの家に行きましょう」
「…うん…うん……」
次の日私は最後の朝の日課をした。
「お前は誰だ!誰に許可を得てここにいる!」
「はじめまして、私はリリーです」
心で『さよなら』と言った。
ベイクが来て私はニックにお別れの挨拶をした。
「ニック、ごめんなさいね。後はよろしくね」
「はい、お任せ下さい」
「エミーと幸せにね。子供が産まれたら知らせてね」
「俺が幸せになっていいんでしょうか。子が出来たから結婚しましたが、俺に幸せになる権利はあるんでしょうか」
「ニック、ルイ様がニックを覚えていたらきっとこう言うわ。
『俺の体とニックは関係ない。強い者が弱い者を護る、それが騎士の心だ。だから気にするな。今度はお前が弱い者を護れ。それにな、幸せになる権利は皆に与えられたものだぞ』
ニックはエミーとお腹の子を幸せにしないと、ね」
「はい」
荷造りが終わった私達はルイ様と暮らした邸を出て侯爵家へ向かった。
「お義父様、お世話になりました」
「こっちこそ長い間すまんな。世話になった」
私はお義父様とお義母様に頭を下げた。
「ロイス、ロリーナ、二人共俺の可愛い孫なのは変わらない。これからも遊びに来いよ」
「うん。お祖父様また遊びに来るね」
お義父様はロイスとロリーナを抱き上げ、お義母様は抱きしめた。
馬車に揺られ伯爵家に着いた。
玄関の前で待つお父様とお母様の姿を見て涙が流れる。
「お父様、お母様、」
「よく頑張った」
「はい…」
「ロイス、ロリーナ、今日から一緒に暮らそうな」
「お祖父ちゃまいいの?」
「当たり前だろ。お祖父ちゃまはロイスとロリーナと暮らせるのを楽しみにしていたんだぞ」
「本当?」
「ああ。今日は一緒に遊ぼうか」
「うん」
お父様はロイスを抱き上げた。
「なら私はロリーナと遊ぼうかしら」
「おばあちゃま」
「ロリーナ、何して遊びたいの?」
「えほんよんでほしい」
「絵本?ならお庭で読みましょうね」
「うん」
お母様がロリーナを抱き上げた。
「姉上」
「リーク、ごめんね。私も早く働く場所を見つけるから」
「姉上は働かなくていいです。姉上とロイスとロリーナの面倒を見るだけの蓄えはこの先一生あります」
「でも、」
「今はゆっくりして下さい」
「ありがとうリーク」
ルイ様とは離縁という形は取らなかった。これから先、ルイ様以外の男性と結婚するつもりも、好きになるつもりもない。
書類上だけの夫婦になってもどこかで繋がっていたいと思ったから。
離縁ではなく別居。それでも「子供達と一緒に帰ってこい」と言ってくれたお父様、お母様、そしてリーク。これから先、伯爵家で暮らす事を許してくれた。
お義父様も「いつでも離縁したいと思ったら言ってくれ。離縁してもリリーは可愛い俺達の娘だしロイスとロリーナは俺達の可愛い孫なのは変わらない」そう言ってくれた。
この先、また一緒に暮らす事になるのか、それは誰にも分からない。
それで今は良いと思ってる。
この先の事はその先にまた考えればいいから…。
3
お気に入りに追加
823
あなたにおすすめの小説
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
【完結】公女が死んだ、その後のこと
杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】
「お母様……」
冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。
古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。
「言いつけを、守ります」
最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。
こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。
そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。
「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」
「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」
「くっ……、な、ならば蘇生させ」
「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」
「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」
「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」
「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」
「まっ、待て!話を」
「嫌ぁ〜!」
「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」
「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」
「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」
「くっ……!」
「なっ、譲位せよだと!?」
「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」
「おのれ、謀りおったか!」
「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」
◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。
◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。
◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった?
◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。
◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。
◆この作品は小説家になろうでも公開します。
◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!
【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。
23歳の公爵家当主ジークヴァルト。
年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。
ただの女友達だと彼は言う。
だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。
彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。
また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
王子妃だった記憶はもう消えました。
cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。
元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。
実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。
記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。
記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。
記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。
★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日)
●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので)
●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。
敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。
●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
〖完結〗愛しているから、あなたを愛していないフリをします。
藍川みいな
恋愛
ずっと大好きだった幼なじみの侯爵令息、ウォルシュ様。そんなウォルシュ様から、結婚をして欲しいと言われました。
但し、条件付きで。
「子を産めれば誰でもよかったのだが、やっぱり俺の事を分かってくれている君に頼みたい。愛のない結婚をしてくれ。」
彼は、私の気持ちを知りません。もしも、私が彼を愛している事を知られてしまったら捨てられてしまう。
だから、私は全力であなたを愛していないフリをします。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
全7話で完結になります。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
【完結】そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします。
たろ
恋愛
わたしの愛する人の隣には、わたしではない人がいる。………彼の横で彼を見て微笑んでいた。
わたしはそれを遠くからそっと見て、視線を逸らした。
ううん、もう見るのも嫌だった。
結婚して1年を過ぎた。
政略結婚でも、結婚してしまえばお互い寄り添い大事にして暮らしていけるだろうと思っていた。
なのに彼は婚約してからも結婚してからもわたしを見ない。
見ようとしない。
わたしたち夫婦には子どもが出来なかった。
義両親からの期待というプレッシャーにわたしは心が折れそうになった。
わたしは彼の姿を見るのも嫌で彼との時間を拒否するようになってしまった。
そして彼は側室を迎えた。
拗れた殿下が妻のオリエを愛する話です。
ただそれがオリエに伝わることは……
とても設定はゆるいお話です。
短編から長編へ変更しました。
すみません
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる