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辺境伯独自の権限
しおりを挟む「今更…、今更どんな顔で会えばいいと言うんだ」
テオドールさんの苦しそうな声。
「どんなって、そのままの顔で会えばいいじゃないですか。今の貴方の顔が貴方の気持ちなのでしょう?ならそのままの顔でご両親にお会いすればいいんです」
表情が見えにくいから声だけで判断するしかないけど、苦しんでいるように思える。
「では早急に陛下からバーチェル国の国王に書簡を送ってもらいます。本音を言えばこの闇夜に隠れてこっそりこちらに来てもらえれば簡単だとは思うんですが、今後の事を考えてもそれは得策ではありません。見つかればお互い罰を受けますから。少し時間はかかりますが両国の王を通じてこちらに来て頂くほかありません」
「父さんは、それまで生きているでしょうか」
「ダムスさんの生命力を願いましょう」
「俺は罰を受けてもいい」
「いいえ、貴方の奥様は、子供はどうするおつもりです?
私も罰を恐れていません。ですが、私も妻、夫に迷惑をかけます。それに私の両親や弟、私の側で仕えてくれている者達に迷惑をかけたくありません。
天涯孤独の独り身なら罰は自分だけで済みますが、お互い独り身ではありません。守る家族がいます。
医師にはできるだけ手を尽くして頂きます。焦る気持ちは分かりますが、今暫くお待ちください」
リックに王都まで駆けてもらえば早くいけば一週間くらい。お父様から陛下に伝えてもらい陛下からバーチェル国王へ。返答をその場でもらい、早くて一ヶ月、長くて数ヶ月。それまでダムスお爺さんが生きられるか、それは誰にも分からない。
そりゃあここを越えてくるのが早い。国境沿いの警備はテオドールさんが所属する隊。その隊長もこの場にいる。敵か味方か、それでも今日ここにテオドールさんを連れて来たんだからもう巻き込まれたのと同じ。そしてリーストファー様もここにいる。今は石垣に背を預けて私達のやり取りを黙って聞いているけど…。
テオドールさんが勝手にここを越えたとしても、私達が見て見ぬふりをすればいいだけ。私達の案内がなければ家に帰れない訳でもない。生まれ育った勝手知ったる土地なんだから。
でもそれは危険な賭け。私達以外に見つからない保証はない。だからこそ正当な手順を踏むのが一番確実。
「一回だけだが手はある」
私の隣に立ったリーストファー様。
「リーストファー様、どんな手ですか?」
私はリーストファー様を見上げる。
「リーストファー、貴方でしたか、そうですか…」
突然相手の隊長さんの声が聞こえた。
「隊長!リーストファーってあのリーストファーですか?悪鬼の、戦場の悪鬼の、王宮軍副隊長」
テオドールさんの怒気を含んだ声。
カチャカチャと音が聞こえ、私はリーストファー様の背中に隠された。
「やめろ!テオドール!」
隊長さんの大きな声が静けさの中響いた。
「どうしてです。またとない機会ではありませんか」
「今は戦じゃない。今日は何のためにここに来たんだ!思い出せ」
隊長さんとテオドールさんの声だけが響いている。
「なんか面白そうな事をやってるな。これは俺も剣を抜いた方がいいか?なぁリーストファー」
「やめろルイス」
リーストファー様の隣に立ったルイス様。
私は驚き、目の前に立つ二人の背中を見るしかなかった。
どうしてルイス様がここにいるのかしら。話し方から驚いているような様子はなかったし。
「それで?」
「辺境伯からの答えは『貸しだぞリーストファー』だってよ。今日は久々にゆっくりしようとしていたのに今から辺境伯に届けて返事をもらってこいなんて、俺の扱い雑じゃねえ?」
「お前だから俺は頼れる」
夕食の時、先に席を立ったリーストファー様。私は怒っているとばかり。でもリーストファー様はずっと何か手はないかと考えていた。そして辺境伯に何かを頼む為に、きっと『手はある』の手を頼む為に手紙を書いた。それをルイス様に届けてもらい、その場で返答を聞いてルイス様はここに来た。
来たら何やら物騒な事になっていてルイス様は声をかけた。
剣を抜いた方がいいかと言っていたわりに剣に手を置いていない。それはリーストファー様もだけど、こちらは剣を抜くつもりはないと示している。でもそちらが剣を抜くのならこちらも抜くぞとルイス様は言った。
「話を進めてもいいか」
「はい、すみませんでした。テオドールには後で厳しく指導します」
流石隊長の名を背負う人は違うわね。
と、感心している場合じゃないわ。どんな手なのか私にはさっぱり分からない。
「ミシェルは知らないだろうが辺境伯独自の権限が一つだけある。わざわざ陛下を通さなくてもな。バーチェル国はどうだか知らないが、ただ、今までは両国の辺境伯の同意で行われていた。そして今回はまだ行われていない」
辺境伯独自の権限?初めて聞いたわ。確かに王宮と辺境は遠い。辺境伯が権限を持つ事は可能だわ。バーチェル国が怪しい動きをしていればそれを対処するのにいちいち陛下に了承を得てはいられない。その間に攻められれば先手を打たれてしまう。
でもそれは予め陛下が伝えているはずだわ。辺境伯の判断に任せるって。それは辺境伯独自の権限ではなく国の総意だから。
防衛、警備、それらはそこで守る者にしか分からない。だからその権限は辺境伯に委ねられる。
でもそれを独自とは言わない。
「遺品の返納、辺境伯同士で確約した事だ。エーネ国王も知ってはいるが黙認している。多分バーチェル国王も黙認していると思うが」
「はい、辺境伯に委ねています」
「国境を封鎖した事で今回はまだ行われていない。いつもならもう行われているはずだがな」
遺品の返納、剣とか槍とか弓とか、戦場に遺されたもの。遺品を待ち望む家族は多い。それは両国共に。
騎士にとって剣は己の命と同等。槍使いなら槍、弓使いなら弓、それぞれ己の命と同等。それらを祖国に、その思いから辺境伯同士で確約した辺境伯独自の権限。
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