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お爺さん

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「ん、んっ、こんにちは」


私は澄ました顔で領民に挨拶をした。

後ろではリーストファー様とリックが笑っている。

そうやって笑っていなさいよ。


馬からどうやって下りるか、リーストファー様が動こうとすれば私が離さず、リックが私を抱きかかえて下ろそうとすればリーストファー様が私を離さず、わぁわぁぎゃあぎゃあ言っていたら家の中から年配の男性が出てきていた。

結局リックが馬の手綱を持ち、リーストファー様が馬から下りている間私の背中を支え、私はリーストファー様に抱きかかえられて馬から下りた。

『早く下ろしてください』

『ミシェル見てみろ、もう下りてるだろ』

『まだ揺れています。リーストファー様意地悪しないで早く下ろしてください』

懇願のようにリーストファー様にしがみついて頼んでいた。

『目を開けろ』

そりゃあ怖いんだからぎゅっと目を閉じていたわ。

恐る恐る目を開けたら足は地面に着いていたし、年配の男性はきょとんとした顔で私を見ていたわ。

私は何事もなかったように男性に挨拶をしたの。


「お前さん達は誰だ」


リーストファー様は男性の前に立った。


「俺はこの領地の当主だ。俺は様子見とかそういうのは苦手だ、だからはっきり聞く。どうしてここに残った」

「残ったって、残るしかなかったからだ」

「ならバーチェル国へ帰れると言ったら帰るか?」

「帰してやると言われても儂らはここを離れるつもりはない」

「どうしてだ?ここに残るという事はエーネ国の民になるという事だぞ?」

「エーネ国ではこんな爺さんを民にはしたくないと言うのか」

「そうじゃない。爺さんにとってバーチェル国は故郷だろ」

「儂の故郷はここだ、この地だ。この地がエーネ国になったのなら儂もエーネ国の国民になるだけだ」

「本当にそれが本心か?俺には本心には思えない。若者なら愛国心は薄いだろうが爺さんはもう何十年もバーチェル国の国民だった。バーチェル国に思い入れがあって当然だ」


リーストファー様の言いたい事は分かる。若者に愛国心がないとは言わない。若者でも愛国心はある。それでも他国にも興味がある。エーネ国でも若者は他国へ技術を学びに行く。留学という形で他国へ、それが今は可能になった。

でもお爺さんの年代は他国へ行く事はなかった。他国へ憧れていても今みたいに行き来ができる訳ではなく、国を捨てて親を捨てて、そういう時代だった。

生まれ育ったバーチェル国で何十年も暮らし、それこそ人生の大半をバーチェル国民として過ごしてきた。貧しい時代も裕福な時代も、戦になれば出兵していたのかもしれない。畑を耕す鍬を剣に変えて、バーチェル国を守る一人の民として。


「本心を聞かせてほしい」

「………儂は今でもバーチェル国の民だと思っている」


リーストファー様の真剣な顔にお爺さんはポツリポツリと話しだした。


「儂も若かりし頃は兵士としてバーチェル国を守っていた。息子が生まれこの地に家を建てた。だがな、その息子も死んだ。あんたさん達との戦いでな…」


お爺さんは険しい顔をしている。


「辺境伯様の使いの者がここに来てな、辺境へ移るかここに残りエーネ国の民になるか、そう聞かれた。儂は辺境へ移りたいと思った。だから辺境へ移った場合儂らはどこに住めばいいのか聞いた。そしたら『辺境で暮らすのは何も言わない。だが住む家くらい自分達で用意しろ。そこまでは面倒見れない。こちらとて歓迎しているわけではない』とな。こんな爺はお払い箱だと笑っておったわ。

家をこのまま持って行けたなら辺境へ移り住んだ。畑を持って行けたならここには残らなかった。家も畑も儂が汗水垂らし働いて得た財産だ。それを捨ててどこへ行けと言うんだ。

まだお前さんのように若ければ何も持たずとも、ここに捨ててもまた働けばいい。こんな老いぼれに選択などない。

お前さんは儂の本心を聞きたいと言ったな。儂の本心はもうどこの国民だろうとそんな事どうでもいい。この家と畑で採れる野菜と婆さんさえ居ればそれでいい」

「分かった。なら俺の領民になると言う事でいいな。エーネ国の国民になると、それでいいんだな」

「この家に住み暮らせるのならそれでいい」


私はお爺さんの手を握りお爺さんの目を見つめた。


「私達はここに残った貴方達を領民として大切にするわ。老いぼれなんてそんな寂しい事言わないで?この地はこれからなの。何もない所から始まる地なの。貴方にも貴方の奥さんにも見てほしい。この地がどう変わるか、そして手伝ってほしい。だって私達まだまだ若造だもの」


私はお爺さんに笑いかけた。


「畑の耕し方も苗の植え方も、どんな作物が育つのかさえ知らないの。畑の先生としてまだまだ活躍してもらわないと。ね?」

「こんな老いぼれに何ができる」

「何十年も生きてきた知識があるわ。体を動かすのは若者がやればいい。だって先生は教えるのが仕事なんだもの。椅子に座って次代に伝授するのもこの地を守る事に繋がるわ。貴方の故郷を守る事に繋がるの。

息子さんは亡くなってしまったけど、貴方にも奥さんにもまた大勢の息子や娘ができるわ。血の繋がりだけが家族じゃないもの。共に過ごせば家族にもなれるの。奥さんとは血が繋がっていなくても家族でしょう?」

「婆さんとは夫婦だ」

「でも家族だわ。

私達は長年いがみ合っていた敵国だった。でもこれからは違う。貴方はエーネ国の国民になりこの地の領民になる。今はバーチェル国の国民だと思っていてもいいわ。

でも、エーネ国の国民になって良かったって思わせるから。私達の領民になって良かったって思ってもらえるように変えてみせる」


私はお爺さんに微笑んだ。


「今は何も知らない若造を助けてほしいの」



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