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ご挨拶

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約束の日、私はドレスを身に纏い砦に向かう。


「ミシェル、私はどうしたらいい」


今は馬車の中、目の前に座る殿下。


「誠心誠意謝罪するしかありません。今回、王家への信頼と王への忠誠を改めて誓って頂く為に皆が動いています。

殿下にははっきりと言いますが、辺境の彼等にとって殿下は殺したいほど憎むべき相手です。仇討ち、その言葉がどういう意味かお分かり頂けます?」

「ああ、私が浅慮だった。ミシェル…」


捨て犬のように見ないでほしいわ。


「殿下の言葉一つ、態度一つが見られているとお思い下さい。

もう、土下座でもなさったら?」

「土下座か」

「本当にしろとは言っていません。それくらいの心持ちをという意味です」


私は窓を少し開けリックを呼んだ。


「砦は?」

「合同で訓練中だと知らせがきました。門番には話が通してあります、そのまま進みます」

「お願いね」


馬車にはニーナとシャルクも乗っている。不安そうなニーナ。でも私も不安なの。馬車を降りたらどうなるのか検討もつかない。まあ、まず初めは誰?だと思うけど。


「大丈夫よニーナ」

「ですが」

「シャルク、ニーナをお願いね」


辺境の砦の門をくぐり馬車はそのまま奥まで進む。訓練場の横に横付けされ、馬車の扉が開いた。先に降りたのはシャルク。


「殿下、よろしいですね」

「ああ」


震えている殿下。私もドレスに隠された足が震えている。

殿下が降り、私はシャルクの手を借りて馬車を降りた。

殿下の後ろには近衛隊の騎士が、私の後ろにはリックが付いている。私は二人に手で制し顔を横に振った。ここからは二人で行かないといけない。


「殿下、では参りましょう」


一息吐いた殿下は歩きだし、私はその後ろを付いて歩きだした。

訓練場へ入る柵の前、訓練をしている騎士達の視線が一斉にこちらに向いた。『誰だ?』と至る所から声が聞こえる。


「これはこれはジークライド殿下、よくぞ辺境まで足を運んで下さいました」


声をかけてきたのはおじさま。

『ジークライド殿下だって?』『本当にあの?』騎士達のざわざわとした声が聞こえる。


「さあさあ、どうぞ、殿下、中までお入り下さい」

「テネシー隊長…その…、私はここで…いい…」

「いいえ、中までお入り下さい」


殿下とおじさまは顔を向けあった。さっきまではにこやかにしていたおじさまの顔は笑っていない。

促されるように殿下は一歩訓練場に足を踏み入れた。訓練場の外にいる私にも伝わる殺気。殿下は一度立ち止まり、歩き出した。目には見えない殺気が私にも突き刺さる。

馬車から降りたニーナは何とか踏ん張っているよう。隣にはシャルクが立っている。それでも二人共背筋を伸ばし立っている。ボビンやリック達、近衛隊の騎士達も動きはしない。ただこの場を見届けている。

流石、陛下の近衛隊だわ。

私も殿下に続き訓練場の中に入る。

先を歩く殿下が立ち止まり、私は少し離れた所で立ち止まった。

リーストファー様が私の視線の先に姿を見せた。慌てて走ってきたのだろう、とても驚いた顔をしている。というより怒ってる?

にっこり笑いたいけど、今この場では不謹慎。

騎士達皆の視線が殿下に集まる。刺すような痛い視線、嫌悪する視線、恨みのこもった視線。


「殿下、皆にご挨拶を」

「ああ」


おじさまの声掛けに、俯いていた殿下が顔を上げた。


「申し訳なかった」


殿下は絞り出すように言った。それでもか細い殿下の声は騎士達のざわざわとした声には勝てなかった。

殿下は両膝をつき顔は皆に向けた。


「私が浅慮だった。皆の仲間を、尊い命を、私が奪った。本当に申し訳ない」


殿下は頭を地面に付けた。

『謝罪で赦せると思うのか』『お前が、戦も知らないお前が、王宮の安全な場所しか知らないお前が、俺達の仲間を殺したんだ』『死んで償え』次から次へと発せられる言葉。

殿下は頭を下げ続けた。

私は頭を地面に付けている殿下の隣に立ち、騎士達と向き合った。

ここに立つからこそ分かる。彼等の怒り、叫び、矛先を向ける所が今までなかった。そして目の前に矛先を向ける相手が現れ、その感情をぶつけている。

剣を抜かないのは騎士としての矜持だろう。


「わたくしは殿下の元婚約者です。わたくしがもっと強く、殿下がこちらへ来る前に思考を正していれば、わたくしの思慮が足りないばかりに、殿下は過ちを犯しました。謝罪が受け入れられない事も充分分かっています。それでも、」


私は殿下の隣に両膝をついて座った。


「わたくし達は謝罪し続けるしか、頭を下げ続けるしかないのです。

本当に申し訳ありませんでした」


私はそのまま頭を下げた。


「ミシェル」


リーストファー様の声が聞こえる。それでも顔を上げる訳にはいかない。

元婚約者だから関係ない、そう言えたら良かった。それでも王族の婚約者だったからこそ関係ないとは言えないの。

皆が彼等の為に動いているのなら、私も元婚約者として動かないといけない。

頭だって下げるわ、謝罪もする、赦してほしいなんて言わない。彼等が負った痛みは今も心を傷つけ続けてる。


「ミシェル立つんだ」


強い口調でリーストファー様は言い、片膝をついて私を立ち上がらせようとした。


「いいえ、これは殿下の元婚約者としての最後の務めです」


私は頭を下げたまま答えた。


「ミシェル」

「ごめんなさい、それでも私は止めません」


ごめんなさい、ごめんなさいリーストファー様。貴方から戦場での出来事を聞いてから考えていたの。

私にも責任はあると。

婚約者という立場でありながら私は見て見ぬふりをしてきたの。私達の間には浅い関係性しかなかった。殿下の命令も私は予測できたわ。

唯一私だけは予測できたの。

もしあの時、私は後悔しかない。

辺境伯に、テネシー隊長に、その旨の書簡を送っていれば、殿下が何を命令しても陛下の意志ではなく聞かないようにと伝えていれば、強く訴えていれば、あの出来事は未然に塞げたことなの。

私は殿下の元婚約者だからではなく、私は自分の罪に向き合わなければいけない。

そうしないと、貴方の隣に立つ資格がない。貴方の妻だと彼等に名乗る資格がないの…。



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