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陛下から頼まれた事

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コンコン

「シャルクです」


5日目の朝、ようやくシャルクが宿屋にやって来た。


「入って」


扉を開けたシャルクの目には大きなお腹で椅子に座るニーナの姿。シャルクとほんの数秒見つめ合った。


「ニーナ、俺の子は大丈夫か?不安だったよな、すぐに迎えに来れなくてごめんな」


シャルクはニーナに駆け寄りニーナを抱きしめた。


「シャルク…」


ニーナは涙をポロポロと流し泣き出した。


「貴方方にとっては仕事かもしれませんが、こんな監視みたいに四六時中見張り、妻とお腹の子にもしもの事があったら貴方方は責任を取ってくれるんですか。もう連れて帰ります。俺が迎えに来て確認は取れましたよね」


シャルクは関所の騎士達を睨みながら言った。

『ニーナもう大丈夫だから』『うん、うん』とニーナは泣きながら頷いている。ニーナの涙は演技ではなく本物の涙。でもニーナが泣いてくれたおかげで私達は宿屋から解放された。


宿屋から出て馬車の中。


「奥様、一度懇意にしてもらっている方の家に身を寄せましょう」

「ええ」


辺境の街の中にある酒場に着いた。まだ昼間で酒場は閉まっている。夜には賑わいをみせる酒場は静まり返り、今は店主しかいない。


「ダグラスさんですか?」

「おお、お前ボビンか?」


ボビンは店主さんと握手をしている。

『旦那様の旧友です』シャルクが私の耳元で教えてくれた。

ダグラスさんと目が合った。


「あいつの娘か?」

「はい、初めまして、娘のミシェルです」

「そうか」


ダグラスさんは懐かしむように私を見つめている。

『立ち話もなんだ、座ろう』と、ダグラスさんに促され皆椅子に座った。


「ここは見ての通り酒場でな、酒が入ると皆陽気になって口が軽くなる。辺境が暴動を起こしそうだとあいつに教えたのは俺だ」


こちらがどう切り出そうか様子を見ていたのが分かったのだろう。


「今、辺境はどのような状況ですか」

「王宮軍が来てから、辺境伯の砦には誰も近づけない」


私はシャルクを見た。シャルクはホーゲル領から来た。砦に近づけないならどうやって来たのだろう。


「ホーゲル領から獣道を通り街へ抜けました。関所の騎士と私が領地を出てからロッド達が辺境を偵察に行きましたが、返事はまだ…」

「リックも偵察に行ったから直に合流して帰ってくるわ、それまで待ちましょう。シャルク、この近くで宿屋を探してくれる?」


シャルクは元は公爵家の第三執事だった。ニーナが私に付いてきてくれたようにシャルクも付いてきてくれた。ニーナとシャルクは夫婦なの。今は伯爵家の執事よ。


「それなら2階を使えばいい」


ダグラスさんの言葉に甘え、リック達が戻るまで2階を使わせてもらう事になった。


「奥様、それよりもどうして」

「陛下から頼まれたからよ」


シャルクの視線の先、騎士服を着ている殿下。


「今は危険です」

「今だからよ。王族として王子として最後の公務なの、無期限のね」


辺境の騎士達の王家への信頼の回復、王への忠誠、それが殿下に与えられた公務。王子として最後の責任を取る。

王宮軍が辺境を制圧したとしても、くすぶり続ける火種を本当の意味で消す事はできない。

陛下が最後の頼みと私に頼んだ事。

『愚息を辺境へ一緒に連れて行ってほしい。無理矢理でも、引き摺ってでもいい、あやつを連れて行ってほしい。そして王子として責任を取らせる。新たな王家への信頼、新たな王太子殿下への忠誠、それがあやつの最後の仕事だ。何年かかるか分からない。途中で逃げ出す事も投げ出す事も許さない。辺境の騎士全員の信頼と忠誠が得られた時、あやつの王子としての最後の日だ。それまで伯爵令嬢と婚姻は結べないようにした。

私の最後の頼みだ、ミシェル、あいつを辺境まで連れて行ってくれないか』


陛下はあの時『王の裁き』は必ず執行されると思っていた。自分亡き後、王妃様亡き後、殿下が耳を傾ける可能性があるのは伯爵令嬢の彼女。それでも彼女には殿下を無理矢理連れて行くことは出来ない。それに危険な辺境に、彼女のご両親が何の覚悟もない彼女を行かせる訳がない。

なら次に可能性があるのは私だと思う。私なら無理矢理連れて行く。辺境も国にとって要だから。


「ですがよくここまで誰にも気づかれずに来れましたね」

「ほら、ぽっちゃりさんがあれだけ痩せればね。絵姿もぽっちゃりの殿下しか出回っていないし、見た目が変わると案外気づかれないものよ。身近な人は騙せなくても、絵姿しか知らない民衆は騙せるわ。それに騎士服を着て騎士達に紛れたら、そこに殿下がいるとは誰も思わないでしょ」


辺境へ向かう道中の離宮で殿下と合流した。離宮での生活は厳しかったと聞いた。痩せた殿下を見た時、一瞬『誰?』と思ったわ。すぐに殿下だと気づいたけど。

ニーナがいるとはいえ、同じ馬車の中で辺境へ向かうのか、と思っていたから少し苦痛だったの。でも殿下は乗馬が出来るし、見た目もあれだけ変われば騎士達に紛れさせた方が、いい目眩ましになると思ったの。殿下を護衛する騎士達もいるから大所帯にはなったけど。

離宮での生活が相当厳しかったのか、怖いくらいに従順なの。黙ってこちらの話も聞くし、宿屋や流石に別だったけど、次の日も逃げ出さず待ち合わせ場所まで来たわ。それに、声を聞いた?というくらい静か。少し心配になるほどよ。

辺境伯の砦まですぐそこ。

もうこの旅も終わる。


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