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許してほしい

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「ゔぅ…」

「お嬢様!ミシェルお嬢様!」


私は起こされ目を覚ました。


「ん?マーラ?どう、したの?」

「お嬢様…うぅ…、目が覚めて……良かっ、た…うぅ……です…」


涙を流すマーラ。


「こ、こ、は?」

「公爵邸の、お嬢様の、お部屋です…うぅ……」

「そ、う…」

「覚えて、いらっしゃい、ますか?」

「ええ、覚えて、いるわ。ねぇ…マーラ、リースト、ファー…様は?…どこに、いるの?」

「先程までこちらに座っておいででしたが、急に席を立たれ部屋を出て行かれました」


マーラの言葉に私は目を見張った。


「先程ってついさっき?それともかなり前?」

「お嬢様?」


私はマーラを真剣な顔で見つめた。


「つい先程です」

「ならマーラ、悪いんだけど直ぐにボビンを呼んで、大至急よ」


マーラはバタバタと部屋を出て行った。私は唇を噛み握り拳に力が入った。

私の記憶が残すリーストファー様の最後の顔、あの顔がさっきから脳裏をよぎる。そして嫌な胸騒ぎがする。

バタバタと足音が聞こえてきて『入ります』と部屋に入ってきたボビン。


「ボビン、大至急伯爵邸へ騎士を向かわせて。できれば数人で」

「取り押さえるんですか?」

「ええ、リーストファー様はきっと自死するつもりだわ。足が悪いと言っても元は騎士、分かるわよね?」

「はい、剣は帯刀しないで見習い抜きで向かいます」

「ええ、お願い。きっとまだ馬には乗れないから馬車で戻ったと思うの。馬なら馬車より早く伯爵邸に着くわ。

お願いボビン、リーストファー様を死なせないで」

「分かりました。急いで向かいます」


部屋から出て行ったボビンは邸の中を走って行ってくれる。騎士数人ならリーストファー様を止められる。

急いで、間に合って。


『入りますよ』と部屋に入ってきたのはワンズ。


「少しお転婆すぎましたね」

「それを言わないで」

「咄嗟に剣を止めたので傷口は少し深いですが傷は小さいです。剣を止めいなしたのでしょう肩以外に傷はありません。

ただ、あれだけ血が出ていたのなら立ち話などせず治療を受けるのが先決です」

「ごめんなさい」

「彼は大丈夫でしょうか」


ワンズは窓越しで空を見上げた。


「それが気掛かりだわ。私が倒れてどれだけ経ったの?」


私に視線を移したワンズ。


「丸2日です」

「そう…」


丸2日も目を覚まさない私を見てリーストファー様は何を思ったのかしら。


「リーストファー様の様子はどうだった?」

「心ここにあらず、ですかね。奥様を見つめここから離れなかったんですが…。

マーラの話では、丸2日何も口にせず、眠ってもいなかったと。急に立ち上がり、何も言わずフラフラと部屋を出て行ったと言っていました」

「ねぇワンズ、ワンズもリーストファー様は自死するつもりだと思う?」

「おそらく」

「はあぁぁ、そうよね」

「ボビンが慌てて出て行ったので今は待ちましょう。さあ、診察しますよ」


目が覚めてリーストファー様の事に集中していたから今になって痛みが襲ってきた。それに体も怠い。

ワンズは包帯を取り塗薬を塗りまた包帯を巻いた。そして私はワンズに支えられながら苦い薬を飲んだ。『少し眠って下さい』とワンズが出て行き、代わりにマーラが入って来た。私の側にはマーラがいる。片手で私の手を握り、もう片手で私の頭を撫でている。マーラは幼い頃よく聞いた子守り歌を歌い、私はマーラの心地良い歌に眠りについた。


「マーラ?」


私の手を包む手に何かが当たった。

目が覚めた私は視線を向けた。


「リーストファー、さま…」


顔を上げたリーストファー様は涙を流している。


「悪い……」

「お水を…」

「ああ」


リーストファー様は私の手を離し、水差しからコップに水を移し、ベッド脇のテーブルに置き私を支えるように座らせた。

少しづつ口に含みゴクンと喉を潤した。


「もう、大丈夫です」


コップをテーブルに置いたリーストファー様は私を横にしようと、私の後ろから離れようとした。


「リーストファー、さま」

「なんだ?」

「私を、抱きしめて、下さい」


後ろから私を抱きしめるリーストファー様に私は力を抜いて全身を預けた。

まだ体が怠くゆっくりでしか話せない。それでも私達はゆっくりには慣れてる。


「重い、ですか?」

「いや軽い」

「重いですか?」


ちょっと声を低くしてもう一度同じ言葉を行った。


「重いな」

「ええ、私の命の重さです。そして私は今生きています。そうでしょ?」

「ああ…」


リーストファー様は私をギュッと抱きしめた。私は私のお腹の前で手を組んでいるリーストファー様の手に手を重ねた。


「もうご自分を許してください。私は生きているし、少し傷を負っただけです」

「負う必要がない傷だ」

「あら、傷持ちの妻は必要ありませんか?」

「そうじゃない」

「そうなんです、この傷は夫を守った証です、私の勲章です。私はこの傷が誇らしい。だって愛しい夫を私が守れたんですもの。私だってリーストファー様を守れるんです」

「いつも守ってくれてるだろ」

「リーストファー様もいつも私を守ってくれています」

「俺は守ってない。何も、守ってない…」

「いいえ、私の心を守ってくださいます。私のほんの僅かな表情も見逃さず声を掛けてくださいます。それは私をいつも見ていてくれるからです。

それと私にとても大切なものを授けてくれました。私にとって本当は一番守ってほしいものでした。それは心の奥底でずっと抱いていた私の願念でもあるんです。何だと思います?」

「なんだ?」

「愛です。本当は得たくて、でも得る事が出来なかったものです。手にしたいと、でも諦めたものです。

リーストファー様は私に愛を授けてくださいました。そして私のこの愛を守ってくださいます。それがどれだけ尊いものなのかお分かりですか?

そして私の愛する人の命を今も繋いでくれています。

私の為にご自分を許してください」


これは卑怯な言い方。自分が傷つけた私から私の為にと言われて嫌だとは言えない。

そう、私は言わせないようにしたの。強引にでも自分を許してほしかったから。



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