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王太子の真意
しおりを挟む「もしそうなら、私を妻にしても意味はありませんでしたよ?殿下にはずっと好意を抱いている女性がいるんです」
「婚約者がいるのにか」
「王族の婚姻は先程も言ったように、覚悟を持てるか持てないかです。教養や所作も勿論大事ですが、教養は教養を持つ者が常に側に付き耳打ちすれば事足ります。妃はどんな時でも必ず一人、側にお付きの者を付けます。その側付きを教養を持つ者にすればいいだけです。所作は何度も練習すれば自然と身につきます。もし不慣れだとしても誰かが補えばいいだけです。
ですが覚悟は自分の心です。代わりに誰かが補う事はできません。自分自身で補うしかないんです。覚悟がないなら妃にはなれませんし、なってはいけません。
私は殿下の婚約者でしたが、いずれ王になる王子の婚約者です。そして王になる王子はいかなる時も個人を優先してはならない。個人を優先したいのなら王の道を退くしかありません。それは殿下も分かっていました。分かっているから例え好意を抱いていても、相手の女性を見つめるだけで留まっていたんです。
殿下からすれば、あの謁見の間での貴方の発言は、天にも昇る心地だったと思いますよ?」
「は?」
「私を妻にと貴方は言いました。私が誰かの妻になれば、殿下はまた新たに婚約者を設けるしかありません。今度こそ、殿下が好意を抱く女性を婚約者に出来るんですから、殿下にとっては青天の霹靂だったと思います。殿下にとっては王の道を諦める事なく、自分自身に傷を残さず婚約を白紙に戻せたんですから」
殿下にはずっと慕う女性がいた。思いを告げる事は出来ず、ひた隠しにしてきた。
陛下の子は殿下一人。それでも王位継承権を持つ者は殿下以外にもいる。そして例え王の子でも必ずしも王になれる訳ではない。個人を優先すれば王の道から強制的に外される。
だから、私と殿下の関係は、いずれ王になる王子とその婚約者。愛はなく冷めている関係だとはいえ、殿下は私を邪険に扱う事はしなかった。きちんと自分の婚約者として扱った。
心で誰を思おうが、その思いを誰にも気づかれなければそれでいい。殿下は上手に隠していた。己自身の心も欺くほどに。ただ私が気づいただけ。
熱い視線を送っていた訳ではない。二人だけで言葉を交わす事もなかった。相手の女性は殿下の気持ちにも気づいていない。殿下が一人で慕っているだけ。
ほんの些細な仕草。お茶会で彼女が近くを通ると背筋を伸ばしたり、彼女が近くにいると声質が変わったり、彼女が話の場に入っていれば多弁になったり、気づかなければ気づかない、ほんの些細な変化。
私はその変化に婚約して1年後に気づいた。
その時私は愛を手に出来ない者だと悟った。それからはいずれ王の妃になる婚約者として、自分の役目は全うしようと決めた。
ありがたい事に愛は家族が満たしてくれるから。
殿下の婚約者として教養も所作も身につけた。そして殿下の王になる立場が揺らぐ事はないと、覚悟も持った。
あの謁見の間の時、殿下はリーストファー様の言葉で浮かれていた。リーストファー様の言葉を聞いた時、きっと殿下の頭の中では色々な思いが巡ったに違いない。
でも自分で私に『副隊長の妻になってほしい』とは言えなかった。婚約者を簡単に捨てる王太子だと周りに思われたくなかったから。あの謁見の間には貴族の当主が揃っていた。勿論彼女のお父上もあの場にいた。
だから殿下は私に促した。
私個人が褒美を受け入れると言わせる為に。
あの場で私が褒美を拒否し『副隊長の妻になりたくありません』と言えば強欲だの、王太子の婚約者として失格だの、敵将を討った功労者への冒涜だの、きっと私は皆から糾弾されただろう。
あの場で、リーストファー様が褒美で私を妻にと言った瞬間、私はリーストファー様の妻になる事が決まった。
でも一人だけ、殿下だけはそれを拒否出来た。でも私は殿下が拒否はしないと分かっていた。
お父様が殿下の真意に気づいたのかは分からない。それでも勘が鋭いお父様ならきっと違和感を感じたと思う。いつもははっきり物事を言う殿下が、あの場では口籠り私に促した。そして私の意見を聞きはしても聞かない殿下が、私の意思を尊重した。
きっと誰も気づかない些細な行動。
自分の婚約者を急に妻にと言われ頭の中が真っ白になった、そう捉える方が腑に落ちるから。
殿下の婚約者が誰に決まるのかは分からない。それでも伯爵令嬢の彼女では妃にはなれない。後ろ盾が弱い、それもある。でも誰かに守ってもらえると思っている彼女は妃の器じゃない。彼女は貴族の妻がお似合い。
きっと殿下の婚約者には彼女ではない人が選ばれる。
あのお父様よ?殿下では相手にならないわ。今頃着実に手を回している。彼女ではない別の人。
殿下はこれからも自分の心を欺かないといけない。それでも一度は手が届くと、これで彼女を掴めると確信したその心を、もう一度欺くのはもう簡単じゃない。
一瞬、ほんの一瞬、殿下は個人を優先した。個人を優先した者に王の資格はない。
きっとお父様は王位継承権第二位の公爵令息を王太子にする為に裏で手を回している。
そして、多分、陛下も殿下の真意に気づいた。陛下は殿下が断ると思っていた。殿下が断り褒美を変えるように促そうとした。リーストファー様の褒美を私達の意見も聞かず『変えよ』とは言えないから、だから陛下は殿下に問うた。
あの場で、殿下が取る対応として正解だったのは、リーストファー様の功績を讃え、その上でリーストファー様を諭し褒美を変えるように促す。
でも、殿下は私に丸投げした。
殿下は敵に回してはいけない二人を敵に回したの。
それをこれから思い知る。
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