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4 礼
しおりを挟む食堂で働く事も1ヶ月もすれば慣れてきた。
「運んでくれ」
「はい」
私は料理を運ぶ。
「お待たせしました」
「ねぇ、仕事終わったらさ遊ばない?」
お客様に手首を掴まれた。
「申し訳ありませんが。あの、手を、離して下さいませんか?」
「あんた修道女だろ?なら今まで散々遊んできたんだろ?」
修道院に来る人の中で何人もの男性と体を繋げた令嬢だった人もいる。
「あの、離して」
私は強く握られた手首を一生懸命抜こうとした。
「離せ!」
「痛い、痛い」
団長さんがお客様の手首を掴み捻り上げた。
「そうゆう事をするならもう来るな!ここは食堂であって女を口説く所じゃない!
うちの従業員に手を出すな!金はいらない、出てけ!」
「ちょっと誘っただけだろ」
団長さんはお客様を睨んでいた。お客様が出て行った店内は静まりかえった。
「すみません…」
「謝るな」
「すみません」
団長さんは厨房へ行き、私は後片付けをした。
「気にするなよ」
年配のお客様に声をかけられた。
「はい、ありがとうございます」
「坊もいっちょ前に女を庇うか。ハハッ、これはいいものが見れた」
「………?」
私は首をかしげた。
「坊は女っ気全くないからな」
団長さんは見目が悪い訳ではないし、とても気さくで良い人だと思うけど。
店主さんも少し近寄りがたいけど優しい人。休憩中に食べるご飯には必ず私だけ果物を付けてくれる。
昼の営業が終わり、昼食を3人で食べる。
「先程はすみませんでした」
「謝るなと言ったはずだ」
「はい…、すみません…」
チリンチリン
「ルナちゃん暇?」
「ルナさん。今は休憩中ですが、夜の営業前に準備をしないといけません」
「そんなの任せればいいのよ。ルナちゃん借りてくね~」
「おい!ルナ」
私はルナに手を引かれルナの店に連れて来られた。
「見て下さい。これお嬢様に似合うと思うんです」
ルナは出来上がったばかりの服を見せてくれた。
「可愛い」
「でしょう。それよりお嬢様どうしたんですか?」
「それがね、」
昼間店であった事を話した。
「お嬢様、きっとあいつは『すみません』より『助けてくれてありがとう』って言ってほしかったんじゃないですかね」
「ありがとう?でもお店に迷惑をかけたわ」
「迷惑をかけたのはその客であってお嬢様ではありません」
「そうだけど」
「それにお嬢様もそんな客引っぱ叩いてやれば良かったんです」
「そんな事出来ないわ。食堂にとってお客様は大切でしょ?」
「店をやっているとお客さんは大切です。お客さんが買わないと売上にはなりません。ですが乱暴されてまでそのお客さんにこだわる必要もありません。また新たなお客さんを探せば良いだけです。おじさんもあいつも同じ気持ちだと思います。
二人が作る料理が美味しいから客は店に通います。確かに客商売は愛想が必要です。ですが愛想が良くても不味ければ二度と行きません。反対に愛想が悪くても美味しければまた行こうと思います。
おじさんとあいつには誇る腕があります。美味しい料理を作り出す腕を持っています。お嬢様の貴族令嬢としての矜持と同じで二人には料理人という矜持があります。
それはお客さんの機嫌をとる為に従業員に我慢させる事ではなく料理で勝負をしている腕とその心です。
あいつの気持ちは分かりませんが、私なら『すみません』より『ありがとう』と言われる方が嬉しいです」
「ありがとう?」
「お嬢様はいつも私に『ありがとう』と言ってくれました」
「それは当たり前だわ。何かしてもらえばお礼を言うのは当たり前でしょ?メイドだから当たり前、そう言う人も勿論いるわ。でも私はルナのように出来ないもの。私のお世話をして邸の掃除、洗濯、メイドは休みがない程忙しいのよ?今の私は多少それなりに出来るようになったけど、でもあの頃は何も出来ない令嬢だったもの」
「それでもお嬢様の気持ちが嬉しかったんです。『ありがとう』と言われればまた何か手助けしたいと思います。お嬢様の為に何か私が出来る事を、私はいつもそう思っていました」
「ルナ…」
「だからきっとあいつも謝られるよりお礼を言われた方が嬉しいんじゃないですかね」
「そうね」
「それとお嬢様は謝りすぎです」
「そうかしら」
「お嬢様はもっと言いたい事を言っていいと思います」
「言いたい事?」
「文句でも何でも。それこそ休みをくれ、どれだけこき使うんだ、って」
「ふふっ、確かに休みはないわね」
「そうですよ。働く者に休みは必要です。断固抗議しましょう。私もその時は一緒に抗議します。私とお嬢様との時間くらい確保しないと」
「ルナ…、そうね」
私はルナのお店を出て食堂へ戻ってきた。
チリンチリン
「遅くなりました」
「今は休憩中だ。何をしていても構わない」
「はい。あの、団長さん」
「何だ」
「先程は助けて頂きありがとうございます。助けて頂けとても嬉しかったです」
「あぁ、これからもああいう奴がいたら俺を呼べよ」
「はい」
団長さんが少し笑ったように見えた。
『ありがとう』魔法の言葉みたいだわ。
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