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「フランベル伯爵、本日はお願いがあります。先日我儘を聞いて頂いたばかりですが、それでも私の話しを聞いて頂けませんか」

「何だ」

「ありがとうございます。先程婚約も婚姻も私の両親は受け入れたとおっしゃいました」

「そうだ」

「そして私とサリーリ嬢は実質婚約者同士」

「そうだ」

「それなら直ぐにでも婚姻をさせて頂けないでしょうか。婿に入る私から申し出るのは不謹慎なのは重々承知しています。ですがもうサリーリ嬢と離れるのは耐えられません。側に居たい、顔を見たい、声を聞きたい。12年この日をずっと待っていました。記憶を取り戻すサリーリ嬢をずっと待っていました。記憶を取り戻す事を信じて、私を思い出す事を信じて、それだけを心の支えにして、希望にして生きてきました。長く辛く苦しい12年でした。それでも私を思い出すまで何年も何十年も待ち続ける覚悟でいました。私を思い出したら直ぐにでも迎えにこようと。

ようやくなんです。ようやく私を思い出してくれ、幼き日の、私を恋い慕ってくれた思いと同じ気持ちで今のサリーリ嬢が私を恋い慕ってくれてる。ようやく幼いリーに約束した、リーが成人したら迎えに来ると言う約束を、お嫁さんにすると言う約束を叶えられるのです。

どうかお願いします。まだ未熟な若輩者です。剣を振るう事しか能の無い男です。ですがサリーリ嬢の側に居られる為ならどんな努力も惜しみません。お願いします、サリーリ嬢と婚姻させて下さい。お願いします」

「今更反対はしない」

「それでは」

「だが直ぐには無理だ」

「何故です」

「ジークルト君の12年は絶望と希望の12年だったと思う。サリーリが記憶を取り戻しそれでも君を慕う気持ちを持っているのなら、婚約も婚姻も反対する気は無い。だかな、貴族とは厄介なんだ。王家から信頼されてる公爵家と我が伯爵家の縁組を面白く思わない者はいる。両家に縁が出来れば実質貴族の中で立場が一番上になる。それと王女殿下が婚約したばかりだ。第二王子殿下も婚姻する。その中で両家の縁組を表に出す事はまだ出来ない。王女殿下が隣国へ嫁ぐまで婚約を発表するのは待ってほしい。婚姻もその後になる」

「では婚約者として側に居る事も一緒に出掛ける事も出来ないと言うのですか」

「王女殿下が嫁ぐまでの辛抱だ」

「私は直ぐにでも伯爵家へ入り、伯爵の跡を継ぐ為にご指導を受けたいと思っています。明日にでも近衛を辞めてこちらで暮らしたい。婚約者ではなく夫として、サリーリ嬢を私の妻にしたい。私は本日、お許しを頂く為に伺いました」

「私は賛成できない」

「父上!」

「ジークルトとサリーリ嬢の婚約も婚姻も反対はしない。ジークルトが12年間苦しんできたのは知っている。サリーリ嬢を一途に慕う気持ちも、騎士としても一人前にもなった。だがお前は王女殿下付の近衛隊の副隊長だ。王女殿下が嫁ぐ日まで責任を持って最後までお護りするのが騎士だ。違うか」

「王太子殿下と王女殿下も了承済みです」

「それでも王女殿下が嫁ぐ日まで近衛隊の騎士として職務を全うするべきだ」

「ですが」

「ジークルト君、私も公爵の意見に賛成だ。今更引き離すつもりもない。君が早く婚姻したい気持ちも分かる。数年、早くて1年だ。それまで待ってほしい」

「嫌です。待てません。もう側を離れる事など出来ません。記憶が戻った初めは毎日不安でした。また全てを忘れられるのではないか、朝目覚めたら私を覚えていないのではないか、側で確認しないと安心出来ませんでした。

ですが今は一緒に過ごす心地良い時間が安らぎを、今迄声に出して言えなかった私の気持ちを今はサリーリ嬢に伝える事ができる嬉しさ、顔を見て会話をする事でようやく不安がなくなり眠れる様になりました。

父上や伯爵は今迄待てたのだから数年待てるだろうと言うでしょう。ですが、お互い慕う気持ちが、思いが通じ合った後の数年は今迄とは違うのです。思いが通じ合ったからこそ待てないのです。12年側に居る事も側で護る事もできず離された。でも今は側に居る事も側で護る事も離れずにいる事もできる。それなのにまだ待てと言うのですか」

「王女殿下が嫁ぐまでだ」

「嫁ぐまで1年もあります」

「1年の辛抱だ」

「待てません」

「自分の職務も全う出来ない男に大事な一人娘はやれん」

「っ…」

「私も卑怯な事を言っている自覚はある。ジークルト君にとってはようやく手に入れたサリーリとの時間だ、早く婚姻したい気持ちも分かる。だが今後も貴族として過ごす以上、貴族を敵には回せないんだ。分かってくれ」

「っ……」

「ジークルト君にはこの1年が12年よりも長く辛く苦しい1年になるだろう。だが12年と違うのはサリーリが君を支える事ができる。婚約の発表はまだ出来ないが、各々の家で会う事は出来る。ふたりでこの1年を乗り越えてほしい」

「分かりました」

「分かってくれるか」

「婚約も内密にします。婚姻も待ちます。ですが、私からも一つ条件があります。私の休みの日はこちらで宿泊させて頂きます。婚姻するまでサリーリ嬢に手は出しません。騎士として剣に誓います。ですが同じ部屋で過ごす事は許して頂きたい」

「それは同じベッドで眠るという事か?」

「はい。側に居るという実感を、離さなくて良いという安心を自分自身で感じたい」

「剣に誓うのだな」

「誓います」

「仕方ない、許そう」

「ありがとうございます」


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