7 / 24
7
しおりを挟むあれからお父様が薦める男性と何人か会った。
それでも私の心が揺れる人は現れなかった。それに人も獣人も大勢集まる模擬試合会場で、それも優勝したウォルに皆の視線が集まった時の求婚はまだ記憶に新しい。
そして幻と言われている魂の番が現れた事も、魂の番に惹きつけられるように私の手を離し、惹きつけ合うようにウォルが魂の番に歩き出した事も、そして私が捨てられた事も、まだ皆の記憶に新しい出来事。
お父様が薦める男性の中には私を捨てられた可哀想な子として接してくる人もいる。実際捨てられたんだけど。
獣人と恋人だったのならと会ったその日に体を求めてくる人もいた。
ウォルは私の破瓜を大事にしてくれた。貴族令嬢としての立場も大事にしてくれた。
でも駄目ね
いつまでもたってもウォルと比べてしまう。ウォルならと、いつも相手にウォルに勝るものを探してしまう。
いつまでも引きずっていても仕方がない事は分かってる。人は人と結婚するのが幸せ、それも分かってる。
きっとお父様の薦める男性は誠実な人。でもそれが私には伝わらない。
言葉より雄弁に語った尻尾も人にはない。言葉で意思疎通をする人に言葉を隠されたら、私は何を信じればいいんだろう。
この前会った人も、ハーブティーを美味しいと言っていたわりに一口飲んでカップを置いた。それから一口も口につけなかった。
それは美味しいと言えるの?好みの味じゃないからそう言ってくれれば他のものを用意したわ。だってクッキーは美味しいと何枚も食べてたじゃない。
好みか好みじゃないか、言葉で返してくれないと分からないわ。違う飲み物を用意しようとしたら『大丈夫です』とにこやかに微笑んでいた。
ならなんで一口しか飲まなかったの?
話をしていても、私の話に相槌は打っても自分からは何も話さない。何が趣味で何が得意なのか、結局最後まで分からなかった。
初めて会う者同士なんだから歩み寄りは必要でしょ?
話も弾まず微妙な空気で終わったけど、今後も同じ様な男性ばかりだと私も困る。
これが所謂妥協って事?
こんな私の婚約者になってくれる男性なんだから目を瞑れって?
そうね、もう次の人に決めても良いかもしれない。何人もの男性と会うのも疲れた…。
「メアリ、良い男性はいたか?」
「お父様、こんな私の婚約者になっても良い人ならもう誰でも良いです」
「メアリ、自分の事をこんななど言ってはいけない。気に入らないなら何人でも会ってみれば良い」
「もうそれも疲れました。お父様が薦める男性で私は良いです」
「そうか、分かった」
親が決めた婚約者と婚約するのが貴族令嬢として一般的。私は今まで恵まれていた。お父様は無理に婚約を進める事もなかったしウォルとの事も認めてくれていた。
ウォル以上好意を抱くかは分からないけど、良好な関係にはなりたいとは思う。その為に私が相手に寄り添えばいいだけ。
ウォルが私に寄り添ってくれたみたいに私も相手に寄り添えばいい。
それから1ヶ月後、王宮から帰って来たお父様に呼ばれ私はお父様が待つ書斎へ向かった。ついに私の婚約者が決まったのだと、もうこれでウォルを忘れないといけないと、ウォルとはもう交わらない人生を歩むのだと…。
私の心は悲しみの涙が流れていた。
コンコン
「お父様メアリです」
「入りなさい」
書斎に入るとお父様はソファーに座っていた。私はお父様と向かい合うようにソファーに座った。
お父様は私の顔を見た。
「もうウォルの事は良いのか?」
お父様の言葉に私は一瞬泣きそうになった。ウォルを愛している、長年愛した人を数ヶ月で忘れる訳がない。生涯を共にしようと誓った人。獣人と人、元々交わらない人生を歩む異種族。それでも私達は愛しあった。
「お父様やめて。どうしようもない事はあるの。私が獣人なら、私が狼獣人なら…、そんな事何度も思ったわ。でも私は人間だわ。そしてウォルは狼獣人、それは変わらない。
お父様も言ったじゃない。人は人と結婚するのが幸せになれるって、だから私は人と結婚するの、しないといけないの。
私も幸せになりたい…」
「メアリの幸せは本当にウォル以外で得られるものなのか?」
私はお父様を睨んだ。
「私はウォル以外の人で幸せになるわ。ウォル以外の人で幸せにならないといけないの。きっと愛せる、愛してみせるわ」
「そうか…」
お父様は一言言うと黙った。
何かを考えているお父様を見つめていたらお父様と目が合った。
「一週間後、婚約者に会わせる。一度話してみなさい」
「分かりました」
一週間、私はどんな人が婚約者になってもその人を好きになろうと愛そうと心に決めた。
そして約束の一週間後、私は自分の邸の庭でその相手を待っている。庭を一人で歩き爽やかな風が私の頬を優しく撫でる。
一人で歩いていると突然後ろから抱きしめられた。
「離してウォル」
振り返らなくても分かる。幼い頃から何度も抱きしめられた逞しい腕、温もり、そしてウォルの匂い。
「メアリ…」
ウォルの儚く消えそうな声。不安、緊張、心痛、そのどれもを含んだ声を初めて聞いた。
優しく私を抱きしめる腕が震えている。いつもみたいに力強く抱きしめるのではなく私の反応を見ているような…、私に拒絶されないか、まるで確かめるように優しく抱きしめる。
ここまで弱ってるウォルを見た事はない。
まるで怯える子供みたい…
「離して」
ウォルは私を抱きしめる腕をゆっくり離した。
私はウォルと向き合った。
ふぅ、情けない顔…
泣きたいのは私の方よ?
どうして貴方がそんな、泣きそうな辛そうな、どこか不安な、縋るような、そんな顔をするの?
10
お気に入りに追加
539
あなたにおすすめの小説
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
【完結】私の婚約者は妹のおさがりです
葉桜鹿乃
恋愛
「もう要らないわ、お姉様にあげる」
サリバン辺境伯領の領主代行として領地に籠もりがちな私リリーに対し、王都の社交界で華々しく活動……悪く言えば男をとっかえひっかえ……していた妹ローズが、そう言って寄越したのは、それまで送ってきていたドレスでも宝飾品でもなく、私の初恋の方でした。
ローズのせいで広まっていたサリバン辺境伯家の悪評を止めるために、彼は敢えてローズに近付き一切身体を許さず私を待っていてくれていた。
そして彼の初恋も私で、私はクールな彼にいつのまにか溺愛されて……?
妹のおさがりばかりを貰っていた私は、初めて本でも家庭教師でも実権でもないものを、両親にねだる。
「お父様、お母様、私この方と婚約したいです」
リリーの大事なものを守る為に奮闘する侯爵家次男レイノルズと、領地を大事に思うリリー。そしてリリーと自分を比べ、態と奔放に振る舞い続けた妹ローズがハッピーエンドを目指す物語。
小説家になろう様でも別名義にて連載しています。
※感想の取り扱いについては近況ボードを参照ください。(10/27追記)
その日がくるまでは
キムラましゅろう
恋愛
好き……大好き。
私は彼の事が好き。
今だけでいい。
彼がこの町にいる間だけは力いっぱい好きでいたい。
この想いを余す事なく伝えたい。
いずれは赦されて王都へ帰る彼と別れるその日がくるまで。
わたしは、彼に想いを伝え続ける。
故あって王都を追われたルークスに、凍える雪の日に拾われたひつじ。
ひつじの事を“メェ”と呼ぶルークスと共に暮らすうちに彼の事が好きになったひつじは素直にその想いを伝え続ける。
確実に訪れる、別れのその日がくるまで。
完全ご都合、ノーリアリティです。
誤字脱字、お許しくださいませ。
小説家になろうさんにも時差投稿します。
侍女から第2夫人、そして……
しゃーりん
恋愛
公爵家の2歳のお嬢様の侍女をしているルイーズは、酔って夢だと思い込んでお嬢様の父親であるガレントと関係を持ってしまう。
翌朝、現実だったと知った2人は親たちの話し合いの結果、ガレントの第2夫人になることに決まった。
ガレントの正妻セルフィが病弱でもう子供を望めないからだった。
一日で侍女から第2夫人になってしまったルイーズ。
正妻セルフィからは、娘を義母として可愛がり、夫を好きになってほしいと頼まれる。
セルフィの残り時間は少なく、ルイーズがやがて正妻になるというお話です。
(完結)貴女は私の親友だったのに・・・・・・
青空一夏
恋愛
私、リネータ・エヴァーツはエヴァーツ伯爵家の長女だ。私には幼い頃から一緒に遊んできた親友マージ・ドゥルイット伯爵令嬢がいる。
彼女と私が親友になったのは領地が隣同志で、お母様達が仲良しだったこともあるけれど、本とバターたっぷりの甘いお菓子が大好きという共通点があったからよ。
大好きな親友とはずっと仲良くしていけると思っていた。けれど私に好きな男の子ができると・・・・・・
ゆるふわ設定、ご都合主義です。異世界で、現代的表現があります。タグの追加・変更の可能性あります。ショートショートの予定。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる