5 / 24
5
しおりを挟む私の手を払い魂の番の元へ歩いていくウォル。
私の目の前で私はあの時の女性のようにただ眺めている事しか出来ない…。
名前を呼んでも、泣いて叫んでも、魂の番の前では人は手も足も出ない。魂で惹かれ合う二人を誰が邪魔出来ると言うの?
だから私は獣人が嫌いなのよ
さっき私に結婚しようと言ったのは誰?
初めて愛してると言葉に出した次の瞬間、私は目の前で捨てられたのよ。
分かってた。この時がいずれくると、分かってた。だから言葉にはしなかった。心を見せるつもりはなかった。
分かってたはずじゃない
獣人のウォルには魂の番がいるって。幻と言っても幻ではないと知っていたじゃない。
何度も想像したでしょ
魂の番に向かって歩いて行くウォルの姿を。そして残される私の姿を。
そしてこれは私の最後の意地
「さよならウォル」
どうせ私の声は彼には聞こえていない。それでも別れの言葉を言いたかった。
大好きな人
愛しい人
愛してる…
でももうさよなら…
私は踵を返して模擬試合会場を後にした。
馬車までの道のり、こぼれ落ちる涙。早足で馬車に乗り込み私は声を出して泣いた。
好きになって10年。ウォル以外の男性なんて目に入らなかった。私は人、だから気付かないだけで、本当は魂の番なのかも知れないと思っていた。
お互い惹かれ合う存在
ウォルの少し男臭い香りに私は安心した。包み込むように抱きしめる温もりに幸せを感じた。
人と獣人は魂の番にはならない
幻と言われた魂の番がいるなら、人と獣人の魂の番がいてもいいじゃない。だって出会う確率は奇跡なのよ。なら人と獣人、私達はその奇跡かもしれない。
でも違った
魂の番は同じ種族の獣人。それも知っていた。でも私は奇跡を信じたかった。奇跡を信じていた。
望んだ奇跡は絶望…
今目の前で見てきたのが奇跡。私の望んだのはただの妄想。
馬車が侯爵家に着いた時には涙は枯れ果てた。真っ赤な目をさせ足早に部屋に戻る途中、
「メアリ早かったな」
今日は模擬試合で王宮の仕事が休みになったお父様は家に居た。
「お父様…」
「どうした。なぜ泣いている」
「何でもないの」
「ウォルが泣かせたのか」
「仕方がないの。ウォルは魂の番に出会ったんだから…。ウォルは悪くないわ、だってそうでしょ?誰が魂の番同士を引き離せると言うの?魂の番は獣の本能だわ、魂の叫びなの、絆なの。誰も二人を止められない。誰も二人を邪魔出来ない。
だって、私が愛した人は、ウォルは狼獣人だもの…」
「そうかで納得出来る訳がないだろ。人を愛し結婚しようとしていた男なら魂の番ぐらい振り払うべきだ」
「魂の番を前にしたらそんな事出来ないわよ」
「そうだとしてもだ。何のために結婚を許したと思う。ただでさえ人と獣人の結婚は好奇な目で見られやすい。今はまだましになったが数十年前までは日陰者のように暮らしていたんだ。親なら可愛い娘を好奇の目に晒したくない。娘には幸せになってほしい。そう願うものだ。
だけどお前達は互いを愛し合い、娘の幸せを願ったからこそ結婚を許した。だが娘を泣かせる男に嫁がせるつもりはない。お前には獣人ではない人と婚約させる。人は人と幸せになるのが一番良い」
「お父様」
「今はウォルしか思えなくても違う男性と会い話せば必ずメアリを幸せにしてくれる男性が現れる。人には魂の番なんていない。そんな幻に振り回される事はない。積み重ねた時間で愛を育んでいけば良い。
今日は疲れただろ。少し眠りなさい」
お父様は私の頭を撫でた。
私は部屋に戻りベッドへそのままうつ伏せで寝転がった。
ウォルを好きだと自覚したのは10年前。でもその前から私はウォルを好きだったと思う。
ウォルの優しさ、まだ自覚する前、私が離れないように付かず離れずの距離でいつも後ろを振り返り私を確認していた。後ろを振り返るウォルの顔が見たくて私は必死に追いかけていた。私が疲れてくると『僕疲れちゃった。もう走れない。メアリ休憩しよう?』と自分は息も上がっていないのにいつも私の様子を見ていて私を優先するの。まだ自分は遊びたくても。
庭の芝生の上で寝転がりお互い顔を見合わせ笑い合う。当時はまだ恋とか好きとか分からない年代だった。早く遊びたい、毎日会いたい、遊べる日を楽しみにしていた。次の日遊べると知った夜は楽しみでなかなか眠れなかった。
今思えばあの当時から私はウォルが好きだったんだと思う。
初めて会った時は初めて見る獣人が怖くてお母様の後ろに隠れていた。そんな私にウォルは困った顔をして挨拶をしてくれた。
『ぼくはウォル。ぼくのことはいぬだとおもってくれていいよ』
『わんちゃん?』
『わんわん』
それからウォルは手を出して
『ぼくをさんぽにつれていって』
私は恐る恐る手を出した。初めて繋ぐ獣人の手。私と同じ温もりのある手に私は安心した。
少し強引な所もあるけどウォルの優しさにウォルの無邪気さに少しづつ心を開いていった。
幼少時代、子供時代、そして大人になるまでずっと私の隣にはウォルがいた。ウォル以外の男性と積み重ねて愛を育む?そんなの無理よ。
学園に入学した時、同じ年の令息達は紳士じゃなかった。紳士もいたわ、婚約者と仲良くする令息もいた。でも婚約者がいながら遊んでる令息もいたわ。
私はウォルしか知らないから、気持ちを真っ直ぐに伝えてくれるウォルしか知らないから、令息の嘘なんて見抜けない。
これから出来る婚約者が私だけなんてどうやって見抜けば良いの?
人は平気で嘘をつく。獣人だって嘘をつくのかもしれない。
でもウォルは私に嘘をついた事はないもの…
10
お気に入りに追加
539
あなたにおすすめの小説
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
その日がくるまでは
キムラましゅろう
恋愛
好き……大好き。
私は彼の事が好き。
今だけでいい。
彼がこの町にいる間だけは力いっぱい好きでいたい。
この想いを余す事なく伝えたい。
いずれは赦されて王都へ帰る彼と別れるその日がくるまで。
わたしは、彼に想いを伝え続ける。
故あって王都を追われたルークスに、凍える雪の日に拾われたひつじ。
ひつじの事を“メェ”と呼ぶルークスと共に暮らすうちに彼の事が好きになったひつじは素直にその想いを伝え続ける。
確実に訪れる、別れのその日がくるまで。
完全ご都合、ノーリアリティです。
誤字脱字、お許しくださいませ。
小説家になろうさんにも時差投稿します。
【完結】私の婚約者は妹のおさがりです
葉桜鹿乃
恋愛
「もう要らないわ、お姉様にあげる」
サリバン辺境伯領の領主代行として領地に籠もりがちな私リリーに対し、王都の社交界で華々しく活動……悪く言えば男をとっかえひっかえ……していた妹ローズが、そう言って寄越したのは、それまで送ってきていたドレスでも宝飾品でもなく、私の初恋の方でした。
ローズのせいで広まっていたサリバン辺境伯家の悪評を止めるために、彼は敢えてローズに近付き一切身体を許さず私を待っていてくれていた。
そして彼の初恋も私で、私はクールな彼にいつのまにか溺愛されて……?
妹のおさがりばかりを貰っていた私は、初めて本でも家庭教師でも実権でもないものを、両親にねだる。
「お父様、お母様、私この方と婚約したいです」
リリーの大事なものを守る為に奮闘する侯爵家次男レイノルズと、領地を大事に思うリリー。そしてリリーと自分を比べ、態と奔放に振る舞い続けた妹ローズがハッピーエンドを目指す物語。
小説家になろう様でも別名義にて連載しています。
※感想の取り扱いについては近況ボードを参照ください。(10/27追記)
冷徹義兄の密やかな熱愛
橋本彩里(Ayari)
恋愛
十六歳の時に母が再婚しフローラは侯爵家の一員となったが、ある日、義兄のクリフォードと彼の親友の話を偶然聞いてしまう。
普段から冷徹な義兄に「いい加減我慢の限界だ」と視界に入れるのも疲れるほど嫌われていると知り、これ以上嫌われたくないと家を出ることを決意するのだが、それを知ったクリフォードの態度が急変し……。
※王道ヒーローではありません
侍女から第2夫人、そして……
しゃーりん
恋愛
公爵家の2歳のお嬢様の侍女をしているルイーズは、酔って夢だと思い込んでお嬢様の父親であるガレントと関係を持ってしまう。
翌朝、現実だったと知った2人は親たちの話し合いの結果、ガレントの第2夫人になることに決まった。
ガレントの正妻セルフィが病弱でもう子供を望めないからだった。
一日で侍女から第2夫人になってしまったルイーズ。
正妻セルフィからは、娘を義母として可愛がり、夫を好きになってほしいと頼まれる。
セルフィの残り時間は少なく、ルイーズがやがて正妻になるというお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる