心は誰を選ぶのか

アズやっこ

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私の手を払い魂の番の元へ歩いていくウォル。

私の目の前で私はあの時の女性のようにただ眺めている事しか出来ない…。

名前を呼んでも、泣いて叫んでも、魂の番の前では人は手も足も出ない。魂で惹かれ合う二人を誰が邪魔出来ると言うの?

だから私は獣人が嫌いなのよ

さっき私に結婚しようと言ったのは誰?

初めて愛してると言葉に出した次の瞬間、私は目の前で捨てられたのよ。

分かってた。この時がいずれくると、分かってた。だから言葉にはしなかった。心を見せるつもりはなかった。

分かってたはずじゃない

獣人のウォルには魂の番がいるって。幻と言っても幻ではないと知っていたじゃない。

何度も想像したでしょ

魂の番に向かって歩いて行くウォルの姿を。そして残される私の姿を。

そしてこれは私の最後の意地


「さよならウォル」


どうせ私の声は彼には聞こえていない。それでも別れの言葉を言いたかった。

大好きな人

愛しい人

愛してる…

でももうさよなら…


私は踵を返して模擬試合会場を後にした。

馬車までの道のり、こぼれ落ちる涙。早足で馬車に乗り込み私は声を出して泣いた。

好きになって10年。ウォル以外の男性なんて目に入らなかった。私は人、だから気付かないだけで、本当は魂の番なのかも知れないと思っていた。

お互い惹かれ合う存在

ウォルの少し男臭い香りに私は安心した。包み込むように抱きしめる温もりに幸せを感じた。

人と獣人は魂の番にはならない

幻と言われた魂の番がいるなら、人と獣人の魂の番がいてもいいじゃない。だって出会う確率は奇跡なのよ。なら人と獣人、私達はその奇跡かもしれない。

でも違った

魂の番は同じ種族の獣人。それも知っていた。でも私は奇跡を信じたかった。奇跡を信じていた。

望んだ奇跡は絶望…

今目の前で見てきたのが奇跡。私の望んだのはただの妄想。


馬車が侯爵家に着いた時には涙は枯れ果てた。真っ赤な目をさせ足早に部屋に戻る途中、


「メアリ早かったな」


今日は模擬試合で王宮の仕事が休みになったお父様は家に居た。


「お父様…」

「どうした。なぜ泣いている」

「何でもないの」

「ウォルが泣かせたのか」

「仕方がないの。ウォルは魂の番に出会ったんだから…。ウォルは悪くないわ、だってそうでしょ?誰が魂の番同士を引き離せると言うの?魂の番は獣の本能だわ、魂の叫びなの、絆なの。誰も二人を止められない。誰も二人を邪魔出来ない。

だって、私が愛した人は、ウォルは狼獣人だもの…」

「そうかで納得出来る訳がないだろ。人を愛し結婚しようとしていた男なら魂の番ぐらい振り払うべきだ」

「魂の番を前にしたらそんな事出来ないわよ」

「そうだとしてもだ。何のために結婚を許したと思う。ただでさえ人と獣人の結婚は好奇な目で見られやすい。今はまだましになったが数十年前までは日陰者のように暮らしていたんだ。親なら可愛い娘を好奇の目に晒したくない。娘には幸せになってほしい。そう願うものだ。

だけどお前達は互いを愛し合い、娘の幸せを願ったからこそ結婚を許した。だが娘を泣かせる男に嫁がせるつもりはない。お前には獣人ではない人と婚約させる。人は人と幸せになるのが一番良い」

「お父様」

「今はウォルしか思えなくても違う男性と会い話せば必ずメアリを幸せにしてくれる男性が現れる。人には魂の番なんていない。そんな幻に振り回される事はない。積み重ねた時間で愛を育んでいけば良い。

今日は疲れただろ。少し眠りなさい」


お父様は私の頭を撫でた。

私は部屋に戻りベッドへそのままうつ伏せで寝転がった。

ウォルを好きだと自覚したのは10年前。でもその前から私はウォルを好きだったと思う。

ウォルの優しさ、まだ自覚する前、私が離れないように付かず離れずの距離でいつも後ろを振り返り私を確認していた。後ろを振り返るウォルの顔が見たくて私は必死に追いかけていた。私が疲れてくると『僕疲れちゃった。もう走れない。メアリ休憩しよう?』と自分は息も上がっていないのにいつも私の様子を見ていて私を優先するの。まだ自分は遊びたくても。

庭の芝生の上で寝転がりお互い顔を見合わせ笑い合う。当時はまだ恋とか好きとか分からない年代だった。早く遊びたい、毎日会いたい、遊べる日を楽しみにしていた。次の日遊べると知った夜は楽しみでなかなか眠れなかった。

今思えばあの当時から私はウォルが好きだったんだと思う。

初めて会った時は初めて見る獣人が怖くてお母様の後ろに隠れていた。そんな私にウォルは困った顔をして挨拶をしてくれた。


『ぼくはウォル。ぼくのことはいぬだとおもってくれていいよ』

『わんちゃん?』

『わんわん』


それからウォルは手を出して


『ぼくをさんぽにつれていって』


私は恐る恐る手を出した。初めて繋ぐ獣人の手。私と同じ温もりのある手に私は安心した。

少し強引な所もあるけどウォルの優しさにウォルの無邪気さに少しづつ心を開いていった。

幼少時代、子供時代、そして大人になるまでずっと私の隣にはウォルがいた。ウォル以外の男性と積み重ねて愛を育む?そんなの無理よ。

学園に入学した時、同じ年の令息達は紳士じゃなかった。紳士もいたわ、婚約者と仲良くする令息もいた。でも婚約者がいながら遊んでる令息もいたわ。

私はウォルしか知らないから、気持ちを真っ直ぐに伝えてくれるウォルしか知らないから、令息の嘘なんて見抜けない。

これから出来る婚約者が私だけなんてどうやって見抜けば良いの?

人は平気で嘘をつく。獣人だって嘘をつくのかもしれない。

でもウォルは私に嘘をついた事はないもの…



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