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第九章

魔界からの脱出

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 扉を開けた先は魔界に繋がっているとイシュタムBは云っていた。
 だけど、そこは私の知っている魔界ではなかった。

 魔界に最初に来た時は、本当に何もなくて、ただセピア色の世界が広がっているだけだった。
 それが、今はうっすらと黒い影が、魔界全体を覆い始めていた。
 その暗くなりつつある魔界の空の遠くに、何かがうごめいているのが見えた。

「ねえ…あの超キモいの何?」
「あれは…」

 それは、複数の巨大なミミズのように不気味にうごめいていて、少しずつこちらに伸びてきているように見えた。
 隣を見ると、魔王はそれを見上げて舌打ちしていた。

「イシュタムめ、失敗したのか…」
「え?何?」
「魔界もテュポーンに侵略されつつあるということだ」
「あれがテュポーン?でもテュポーンて向こうの世界で実体化してるんでしょ?どうして魔界にあんなのが…?」
「イドラの体を奪ったおかげで、向こうと魔界を自由に出入りできるようになったんだろう。あの触手で魔界から魔力を吸い上げようとしているんだ」
「それじゃあ、あれはテュポーンの触手なの?」
「おそらくな。実体化した奴はあの巨体を維持するために相当の魔力を必要とするはず。おそらく実体の方で何かあって、魔力が不足する事態にでも陥ったのだろう」
「魔界から直接魔力を吸いあげるって…超ヤバイ奴じゃん」

 私は、イシュタムが見せたテュポーンの映像を思い出した。
 確かに怪獣映画かっつーくらいに途方もなく大きかった。
 あんなのが魔界から魔力を貰って無限に活動できるとしたら、手が付けられなくなる。

「ねえ、魔界の魔力って無限なの?」
「さてな。果てがあるのかどうかは我にはわからぬが、大量に吸い上げられれば一時的に枯渇することもあるかもしれん。そうなれば魔界の生物は生きていけぬ」
「それ、大変じゃない…!イシュタムはどうして止めないの?」
「イシュタムは実体化しているテュポーンには手出しができないのだ」
「そんな…。どうにかできないの?」
「イドラの意識の底にある魔界の扉を閉じれば、テュポーンを魔界から切り離すことができるのだが…」
「あ…、魔界の扉って、あの魔法陣みたいなもののこと?」
「おまえもそこを通ってきたのだな」
「うん…」
「一緒に来たイシュタムに、その扉を閉めるように命じたのだが、どうやら失敗したようだな」

 空に浮かぶ気色の悪い触手を見上げながら、私は早く戻らなくちゃいけないと思った。
 あの後、テュポーンはどうなったんだろう。
 毒やらなにやら吐いていた気がする。誰か怪我してないといいんだけど。
 被害が出ていないことを祈るばかりだ。

「じゃあ、早く行って扉を閉めないと」
「扉は我が閉める。おまえは自分の身体に戻れ」
「え?」
「ここからなら我が戻してやれる。おまえの体は魔王府にあるはずだからな」
「そんなこと、どうして…」
「我は魔王だぞ。魔界から転移させることくらい簡単だ」
「そういうことじゃなくって!なんで私だけ戻るってことになるのよ?」

 怒っている私の頭を、魔王の手がポンポン、と軽く叩く。

「おまえは戻れ。これは命令だ。…頼むから言うことを聞いてくれ」
「何よそれ…。1人で戻るのなんてやだよ。一緒に行こうよ」
「魔界の扉を閉めるにはテュポーンの意識下に潜らねばならん。おまえがいると足手まといだ」
「う…、そういうこと言う?」

 そう云われちゃうと反論できないんだけど…。
 でもその後、彼はフッと笑った。

「だから、おまえには先に戻って、<運命操作>で我の無事を祈って欲しい」
「あ…!そういうことか」

 そうよ、体に戻れば、<運命操作>が使えるんだった。
 もし何かあっても、それで彼を助けてあげられるし、テュポーンもやっつけられるじゃない?

「うん、わかった」
「…よし、いい子だ」

 彼は、私を抱きしめた。
 私も彼の背に腕を回してきゅっと抱きしめた。

 これって意識体のはず…よね?
 でもなんだか、とても暖かく感じる。

「絶対、戻ってきてね」
「ああ」

 彼はそう云いながら、私から離れ、手のひらから小さな光を生み出した。

「トワ、自分の身体に戻りたいと願え」
「う、うん」

 彼はその光を私に向けてフッと吹いて飛ばした。
 すると、私の体―、意識全体がその光に包まれた。

「我はいつもおまえと共にある」

 そのセリフを聞いて、突然不安になった。

「やめてよ…。なんか死亡フラグみたいじゃない」

 泣きそうな私に、彼は笑いかけた。

「そんな顔をするな。地味な顔がもっと地味になるぞ」
「ひっど!!」
「クッ…冗談だ」
「も~~!こんな時に…!だから本当の姿見られるの嫌だったのよ」
「本来の姿を見られるのが嫌なのは、おまえだけではないぞ」
「…え?」
「トワ」
「何よ?」
「…おまえに会えて良かった。…」

 彼はその後も何か言葉を紡いでいたのだけど、私を包む光が大きくなっていってよく聞こえなかった。
 どうしてそんなセリフ云うのよ。
 マジで死亡フラグたっちゃう人みたいじゃん!
 そんなの…ダメなんだから!

 その直後、私の意識はそこから転移した。
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